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松宮園生です。
このコラムでベジタリアンのことを時々書いていますが、
僕自身は立派なベジタリアンというわけではありません。
なるべく野菜をたくさん食べるようにはしていますが、
こないだはトンカツ食べちゃったし、その前はロサンゼルスの
「ローリーズ」でプライム・リブを食べる夢を見ました。
ホースラディッシュを山のように塗って、ミディアムレアに焼いたプライムリブを食べるのです。
そんな僕はベジタリアンというより、
「ベジタリアン・ウォッチャー」
というほうが、たぶん当たってます。
さて、ベジタリアンの反対語をご存知ですか?
「ノン・ベジタリアン」
というのが普通ですが、たまに
「プレデター」
と言ったりもします。
映画
「エイリアン vs プレデター」
のプレデターです。
本来はライオン、トラ、ヒョウ、チーターなどの
「狩をする肉食動物」
の意味ですが、転じて
「肉をもりもり食べる人」
の意味にも使われます。
◆◆◆
先日、
American Journal of Clinical Nutrition
という医学雑誌に、
「ベジタリアン(菜食主義者)の骨は、プレデターより弱い」
という記事が載りました。
オーストラリアとベトナムとの共同研究のようですが、それによると
「ベジタリアンの骨密度はプレデターより5%低い」
ことが分かったそうです。
さらに、ビーガン(動物系食品を一切食べない完全菜食主義者)の場合、6%も低かったとのこと。
おや、そうなのか。
そう思って関連情報を探してみたら…。
ついこのあいだの4月、
Journal Osteoporosis International
という医学雑誌に、
「ベジタリアンもプレデターも骨密度は同じだ!」
という研究結果が載っていた。
しかもそれ、同じくオーストラリアとベトナムとの共同研究でした。
どっちやねん。
<参考図書>
「ベジタリアンの医学」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4582852629
松宮園生です。
アメリカ独立記念日(7月4日)には全米でさまざまな
イベントが行われますが、そのなかで有名なものの1つが
「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い大会」 。
1916年に始まった由緒ある大会だそうです。
日本でも報道されているのでご存じの方も多いと思いますが、
過去には日本人が何度も優勝しています。
「なぜ体の細い日本人が優勝できるのか」
というテーマで、科学者が論文を書いたほどです。
(参考)
http://www.ifoce.com/news.php?action=detail&sn=39
この大会、2007年、2008年と日本人は優勝を逃していますが、今年も2位だったようです。
◆◆◆
大食い競争や早食い競争のことを、英語では
Food Fight (フード・ファイト)
といいます。
パイ投げ合戦のようなものを Food Fight という場合もあります。
食べものどうしが戦争をする、という Food Fight もあるみたいです。
(YouTube 動画)
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=e-yldqNkGfo&feature=related
(ハンバーガー軍が敵陣に攻め入る図、だそうです)
これ、食べものを粗末にしているような感じでもあり、見ただけではよく意味の分からない
動画ですが、製作者に言わせると
「第2次大戦以降にアメリカが行った戦争を皮肉った、風刺たっぷりの文学作品」
ということらしい。
◆◆◆
大食いにせよ、早食いにせよ、パイ投げにせよ、Food Fight という言葉はあまり立派な言葉ではなさそうに感じる方もおられるかもしれません。
ところが、Food Fight にはもう1つ別の意味があります。
「体に良いものを食べ、健康を保ち、社会での厳しい競争に勝ち抜く」
という意味に使われることがあるのようなのです。
どの程度ポピュラーに使われているのかどうか、よく分かりませんが、この場合は、なかなか食育的な使い方だと言えそうです。
ちなみに、この意味で Food Fight を実践している人が口にする「食育的な」食べもののことを
「パワーフード」
「スーパーフード」
と言ったりします。
健康な人が、より健康になるためにとる食事、といったニュアンスのようです。
<参考図書>
「スーパーファストフード」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4795238367
松宮園生です。
ご存じのように、カリフォルニアには日本語を話す人が
たくさんいます。
日本食のレストランもゴマンとあります(※)。
「ロサンゼルスにある日本食レストラン向けに、日本の食材を供給する専門会社」
というのもありまして、なかなか繁盛しております。
(※)全米にある日本料理店の数は約1万店(2007年現在)なので、「ゴマン」は言いすぎか…。
僕の好きな店の1つに
「ミスターシュガー」
というところがありました。
こじんまりとした店です。
シュガー(砂糖)というのは単純なシャレで、店主の名前が「佐藤さん」だからそういう名前になっています。
佐藤さん → ミスターサトウ → ミスター砂糖 → ミスターシュガー
ちなみにこの佐藤さんには、20歳年下の美人の奥さんがいます。
名前通り、甘い生活を送っているのでしょうか。
「ミスターシュガー」は日本風洋食屋でした。
要するに
カレーライス
ハヤシライス
エビフライ定食
カニクリームコロッケ定食
チキンライス
ビーフシチュー
あたりがメニューに載っているような店です。
「ミスターシュガー」が開店した当初は、日本人客ばかりでした。
エビフライだの、カニクリームコロッケだのという、これら「洋食」というやつは、「洋食」と呼ばれる、じつは日本の料理です。
長崎の「トルコライス」みたいなものにいたっては、郷土料理とさえ言えるくらいです。
これらは日本人のために日本人が開発した料理です。
(洋食が一般化したのは大正時代と言われています)
なので、アメリカに住んでる日本人にとっては、故国日本を思わせる懐かしい料理なわけです。
一方、アメリカ人には馴染みのない料理でした。
アメリカにはエビフライもカニクリームコロッケもありません。
なので、「ミスターシュガー」が開店したころ、
「お、また日本料理屋がオープンしたのか」
と思ったアメリカ人が店に入ってみると、イメージしていた日本食とは全然違うものが出てくる。
かといって、アメリカで慣れている料理が出てくるわけでもない。
なんだかよく分からない、不思議な料理が出てくる。
たいそう戸惑ったようです。
というわけで、初めの頃はなかなか客が増えなかったのでした。
そんな「ミスターシュガー」だったので、いわゆる日本食ブームの恩恵を受けることはあまりなかったようです。
それでも真面目に頑張った佐藤さん。
最近はそこそこ人気が出てきたらしく、ときどきは混むこともあったりします。
僕はもっぱらランチタイムによく行きました。
そんなある日のこと。
白人の若者が1人、ヒョコッと店をのぞきこんで言いました。
「おじさん、ランチタイムは何時まで?」
キッチンにいた佐藤さんは答えました。「2時までやってるよ」
「ああそう。じゃ、また来るよ」
そう言って若者は去っていきました。
壁時計に目をやると、まだ12時前でした。
偵察役だったのかな。しばらくしたら仲間を連れて戻ってくるつもりかな。
佐藤さんはそう思ったようですが、その日は結局、若者は戻ってきませんでした。
数日たったころ、同じ若者がまた店に顔を出しました。
「混んでるねえ」彼は言いました。
事実、この日の「ミスターシュガー」はごった返していました。
「今日も2時までやるの?」
若者は周囲の喧噪のなか、佐藤さんに聞こえるように大声で言いました。
佐藤さんも大声で答えました。
「今日は3時まで頑張るかな。悪いがいまは見てのとおり満席だ。2時くらいには空いてくるから、その頃おいでよ」
「分かった。そうする」
言い残して若者は去っていきました。
でも彼は戻ってきませんでした。
さらにその翌週。
ランチタイムでしたが12時前とはいえ客はちらほらでした。
そこに例の若者が現れました。
「空いてるね」彼は言いました。「こんなでも2時までやるの?」
佐藤さんはムッとした表情で
「2時までやるさ。空いてっけど、たまにはこんな日もあるよ」
と言い返します。
若者はあわてました。
「気を悪くしたらごめんなさい。そんなつもりはまったくないんだ。ただ、今日は何時まで開店してるのか知りたくて」
「いつもどおり2時までやるさ。質問ばかりしてないで、食べてってくれよ」
佐藤さんはそう言いましたが、若者の姿はすでにもうありませんでした。
ミスターシュガーの常連客で、日本人の筒井君という留学生が、たまたまそこにいました。
「佐藤さん。何あれ?」筒井君が聞きました。
佐藤さんは首を横に振りながら、「あいつさ、顔だけ出して、閉店時間だけ質問して、食べずに帰ってくんだよ。これで3度目」
「ふうん。変なやつ」
「顔を出してから何をしているんだろうな」佐藤さんは不思議に思いました。「そうだ筒井君、悪いけどあいつの後、つけてみてくれない? いまあんたが食べ終わったオムライス、お代は払わなくていいからさ」
タダメシにつられた筒井君。
さっそく若者のあとをつけました。
しばらくして筒井君はニヤニヤしながら帰ってきました。
佐藤さんは尋ねました。「あいつの行き先、分かったかい?」
「分かったよ」筒井君はあいかわらずニヤニヤしながら答えました。「パイン通り992番地って、ひょっとして佐藤さんの家?」
<参考書籍>
「アメリカ日本食ウォーズ―寿司、豆腐、枝豆、日本酒…いまアメリカでは日本食が大ブーム!」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4751105523
松宮園生です。
僕がサラリーマンだったころの上司に、こういう人がいました。
ラーメン好きで、コショウ好きでした。
「へい、お待ちど!」
てな感じで運ばれてきたラーメン。
彼はまずコショウをかけます。
喋りながらかけます。
延々とかけつづけます。
そのうちラーメンの表面が濃いチャコールグレーに染まるわけですが、そうなって初めて、食べはじめます。
コショウじゃないけど、こんどは醤油の話。
アメリカにも吉野家がありまして。
学生なんかにわりと人気です。
ここでよく見かけるのが、ライスに醤油をかける人です。
それもちょこっとかけるのは分かります。
そうぢゃないんです。
ドボドボとかけます。
喋りながらかけます。
醤油が波打つくらいにかけます。
「イクラの醤油漬け」ならぬ「ごはんの醤油漬け」が出来上がります。
これをうまそうに食べるわけです。
アメリカの寿司屋にもそーゆーのがいます。
上等のスーツを着たエグゼクティブ風の中年男性。
しかし彼の醤油皿にはキ★コ★マンがなみなみと…。
指で弾いたらこぼれそうなくらい、なみなみです。
横から水平に観察すると、表面張力でまん中が盛り上がっています(※)。
(※) この状態にはなぜか名前がついてまして、
「クラウントップ」
というそうです。
この人は握り寿司をこの醤油皿にたっぷり浸します。
醤油は少しこぼれますが、お構いなしです。
で、たっぷり醤油をすった握り寿司を、うまそうに食べるわけです。
書き忘れました。
この人の醤油皿はもうひとつあり、そこにはワサビが盛られています。
クラウントップどころの騒ぎではありません。
山盛りです。
そんなに使うんかい、と思うのですが、使うらしい。
握り寿司にそのワサビをどっさり載せます。
大丈夫かな。
ま、ワサビの品質にもよりますが…。
で、ワサビどっさりの握り寿司を、たっぷり醤油に浸してうまそうにかぶりつく。
「どっさり野菜のたっぷりスープごはん」
は食べたいけど、
「どっさりワサビのたっぷり醤油寿司」
はちょっとなあ。
みんながみんな、こういう食べ方をするわけではありませんが、よく目撃されている食べ方です。
醤油メーカーさんも痛し痒しだろうなあ。
そんな醤油の使い方はしてほしくないだろうし、でもそのおかげで醤油の売上はアップするだろうし…。
<参考図書>
「スシエコノミー」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4532353017
松宮園生です。
(前回のあらすじ)
小判大介君は天道ゆかりさんと恋に落ち、
農業を始めると同時に結婚しました。
天道ゆかりさんには、結婚を急ぎたい理由がありました。
娘を支配しようとする母親からの逃亡でした。
母親は、ゆかりさんが農家と結婚することにもひどく反対してたのです。
◆◆◆
「私たちの結婚に反対してるんだから、新居まで遊びにくるはず、ないよねー」
ゆかりさんはそう考えていました。
事実、しばらくは母親から何の音沙汰もありませんでしたし、ゆかりさんが母親に連絡することもありませんでした。
ゆかりさんと大介君の2人は、ある意味、安心してイチゴ栽培に没頭しました。
しかし逃亡は長続きしませんでした。
ある日とうとう母親が、2人の住むテケテケ村までやってきたのです。
母親は、何ごともなかったかのような顔で、ふたたび娘を支配しようとしました。
新婚夫婦の「愛の巣」(←書いてて恥ずかしくなる表現ですが)に乗りこみ、細かくチェックを入れはじめました。
ゆかりさんの服。食器。家具。読んでいる雑誌。
あれもこれもケチをつけて回りました。
そのうち大介君のほうにもケチをつけだします。
大介君はわりと今風の青年でございまして、ゆかりママが想像していた農家のイメージとはだいぶ違っていました。
大介君のスタイルはこんな感じ。
ゆかりママが描いていた農家のイメージはこんな感じ。
しかしそれはそれで気にくわなかったらしく、ゆかりさんの母親は大介君に嫌味をいいはじめました。
僕ならこのへんでキレるところですが、キレなかった大介君は立派です。
彼はニコニコと、ゆかりママに接していました。
家のなかのチェックを終えると、母親はティータイムにしたいと言いました。
ゆかりさんは勇気をだして言いました。
「ママ。ティータイムもいいけど、その前に見るものがあるんじゃない?」
「外のビニールハウスのことだったら、興味ありません」察しのよい母親でした。「虫はきらいです」
「娘夫婦が一生懸命にイチゴを作ってるのよ。見てくれてもいいじゃない。そういうところを見てほしいのに」
ゆかりさんと母親は、ビニールハウスを見る見ないで口論しました。
結局、娘の剣幕に母親が珍しく折れて、3人はイチゴを育てているビニールハウスに向かいました。
異変が起きたのはそのときです。
ビニールハウスの入口付近でたまたま草を食んでいた山羊のメリーが、突然、ゆかりさんの母親の頭を後ろ足で蹴ったのです。
メリーはおとなしい山羊のはずでしたが、虫のいどころが悪かったのでしょうか?
ゆかりママは打ちどころが悪く、そのまま帰らぬ人となりました。
◆◆◆
告別式の案内は、当時東京にいた僕のところにも届きました。
告別式はテケテケ村で行われることになっていました。
仕事をいくつかキャンセルし、僕はテケテケ村に向かいました。
東京から7時間もかかりました。
意外にも告別式には大勢の参列者がいました。
ゆかりさんと大介君は、テケテケ村に移り住んでまだ日が浅いです。
ゆかりママは東京から来ています。
この2つを考えると、テケテケ村で告別式をして、参列者が集まるとはとても思えません。
なのでこの人数は不自然でした。
もうひとつ、妙なことがありました。
ゆかりさんと大介君は参列者から次々と声をかけられていたのですが、
女性の参列者は決まってゆかりさんに声をかけ、ゆかりさんは必ずうなずき(=首を縦にふり)、なにか答えていました。
男性は決まって大介君に声をかけ、大介君は必ずかぶりを振り(=首を横にふり)、なにか答えている様子でした。
何の話をしているのでしょう?
さすがにその日はゆっくり話しかけるわけにはいかなかったので、僕はテケテケ村に一泊し、翌朝、大介君を訪問することにしました。
翌朝、大介君のビニールハウスをのぞくと…。
早朝から大介君が歩きまわっていました。
畝(うね)を作っているみたいでした。
昼間はハウスのなかが耐えがたい暑さになるらしく、作業は早朝が多いのだそうです。
僕は彼が作業の手を休めるのを待って、昨日の疑問を口にしました。
すると大介君は言いました。
「あんなにたくさんの人が来るなんて、僕も驚いてます。でも女の人たちは僕のことを胡散臭そうにジロジロ見るばかりで、ぜんぜん話しかけてくれなくて。でもゆかりに対しては同情してくれてるみたいで、『お母様、お気の毒ねえ』なんて言ってくれて、ゆかりもうなずいてお礼を言ったりしてました」
「そっか。それでゆかりさんは何度もうなずいていたわけか。でも男性はみんな、きみ(大介君)に話しかけてたみたいだけど?」
「そうなんです、松宮さん。村の男の人はみんな僕に好意的で、こう言ってくるんですよ。『大変だったね。これからは仲良くしようや、小判ちゃん』。小判ちゃん、て呼ばれてるみたいです」
と、大介君は少しうれしそうに言いました。
「村に溶けこめそうだね」
「はい。義母が亡くなったのは悲しいことですけど、友達が増えました。これで仕事しやすくなるといいんですが」
「きみに話しかけてた男性陣のことだけど、きみは首を振って頼まれごとを何度も断っているようにみえたけど、あれはなに?」
「あれはですね」大介君は答えました。「みんなから、山羊のメリーを何日か貸してくれって言われてたんです。でも断るしかありませんでした。年内は予約でいっぱいになっちゃってて…」
<参考図書>
「やらなきゃ損する農家のマーケティング入門」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4540033204