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松宮園生です。
ある日、こんなメールが来ました。
<メールここから>
松宮園生様。
突如、毎回お世話です。
わたくしは安徽省から住んでいる中国の崔石と申し上げます。
一生懸命金持ちなので農業を利用していますが、お友達日本から
お友達の名前を聞きましたメール初めて驚きすみません。
よろしくお願いどうぞいたしますか?
本題としては日本では農業カモですが安徽省は農業アヒル強力が大問題します。
ぜったい日本にアヒル強力ですが、もともと日本は歴史アヒルだと人は言う、でも21世紀日本人はカモ強化です。
万全ですが侵略できませんのでターゲット上海日本人アヒルが侵略すべき方法を相談メールよろしくどうぞ。
報酬ともどもよろしくください。
携帯電話お返事つながりしだい待つ示す崔石、安徽省。
<メール終わり>
なんとなくものすごく漠然と言いたいことが想像できる気がしますが、でも全然よく分かりません。
しかもこれ、
「金(報酬)よこせ」
と言ってるんでしょうか?
ど、どうしよう…。
無視しようかな。
びくびくしていたら、メールが来た翌日、電話がかかってきました。
「もしもし松宮?」
「はあ」
「中国の崔石と思います。日本語、松宮は足手まといで中国語話すか?」
「中国語はできません」
「したがって日本語便利ですか? よござんす電話そうしましょう。勉強日本語5年です。それはそうですが昨日のメール読んだりできますか」
「メール読みました。よく分からないんですが」
「農業アヒルです。農業アヒルで、安心安全。食べもの日本人食べたいですね? 安徽省は農業アヒル強力です」
「はあ」
「お金ばらまいたらわたくし安徽省有名です。安徽省農業経済部長お金ばらまいて農業アヒル強力です」
「はあ」
「松宮ががんばって農業アヒル日本人みんな納得する侵略したい。安徽省アヒル優秀な育成大規模です」
「アヒルを、日本に輸出したいんですか?」
「それ全部で不十分です。安徽省の農業アヒル強力を使って日本の農業強力、わたくしは大事にします」
「アヒルだけでは不十分ですか?」
「もともと歴史は日本のアヒル詳しく知ってませんか?」
「歴史?」
「その通りです。それ2回言っても大丈夫です。稲作だけ違う喜びます。長く走る自給率喜びあわせます」
だ、ダメだ。
脳が溶けてしまいそうです。
「ちょ、ちょっと待ってください」僕は言いました。「たいへん失礼ながら、崔さんの日本語はさっぱり分かりません。英語じゃだめですか?
「英語。オーケー。勉強英語1年お金ばらまいたら使う」
この崔とかいう人物はそれから英語らしい言葉でで何やらまくしたてましたが、やっぱり全然理解できませんでした。
聞き取れたのは、「ダック(アヒル)」「ジャパン」「シャンハイ」この3語だけです。
「すみません、英語も分かりません」僕は言いました。「日本語、ちゃんと話せる人に通訳してもらってください。失礼ですけど、崔さんの日本語は日本語のようで日本語ではないです」
「ちゃんと通訳あたらしく話しますか?」
「お願いです。通訳を雇ってください」
「でもわたくし勉強日本語5年お金ばらまいた使います。優秀日本語先生言いました」
「日本語の先生って、どんな人だったんですか?」
「日本語先生シャーメイ熱心学びます。シャーメイこのあいだ日本長かったら留学かもしれない」
そうか。
崔さんあんた、留学生から日本語を教わったわけね。
お金ばらまくんだったら、日本人から日本語習えばよかったのに…。
なんて言ってもしかたがないので、僕は崔さんに
「通訳をやとって、あらためて電話してこい」
という意味の要望をやっとの思いで伝え。電話を切りました。
でもよく考えたら。
中学・高校と日本人の教師に英語を習った僕の英語って、アメリカ人が聞いたらこんなふうに聞こえるのかなあ。
とほほ。
◆◆◆
1か月ほとたったころ、崔さんから電話が来ました。
「安徽省から崔石です。沙汰ですね。松宮話しますか?」
「松宮です」
「覚えている通訳良好です。線に載ります」
線に載ります?
オンラインと言いたかったのかな。
「もしもし。ヤマナカと申します」
女性の声に代わりました。
日本人だ、よかった。
ほっと胸をなでおろし(←死語)ながら、
「マツミヤです。通訳よろしくお願いします」
「いえあの、通訳したら300ドルくれるっていうので受けたんですけど」ヤマナカさんは戸惑ったように言いました。「分かったのはそこだけで。崔さんの中国語、なに言ってるかさっぱり分からなくて…」
(以下次号)
<参考書籍>
「日本の食と農 危機の本質」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4757140991
松宮園生です。
ラザフォードというアメリカ人がいまして。
長年の悪友です。
流しの料理人をしています。
ラザフォードと僕の出会いは、このようなものでした…。
◆◆◆
あれはもう10年ちかく昔のこと。
アメリカ西海岸、オレゴン州ポートランドからクルマで1時間、とあるインディアン・リザベーション(アメリカ先住民の町のこと。住民は税金が優遇されています)を訪問した帰り道。
さびれた国道沿いにポツンとレストランがあり、こんな看板がついていました。
「お客様のあらゆる注文に応じます。応じられなかったら、500ドル差し上げます」
「マジかよ…」
そう呟いた僕は、ちょっとイジワルな気持ちになって店に入りました。
500ドル、もらっちゃお。
ウェイトレスがやってきました。
「お元気?」
「元気だよ」
「ご注文は何になさいますか?」
「どんな注文でもいいの? 看板見たんだけど」
「はい」
「じゃ、遠慮なく。日本の加賀野菜のサラダ、旬のもの限定で。ポルトガルのガレー船(クラゲの一種)を刻んだものをサラダに散らしてくれる? あと、シーラカンスのチャウダー。白でね。アフリカ象の耳のステーキをレアで。それからライ麦パンを」
そう言ってから、ライ麦パンだけ注文が平凡だったな、と思いましたが、面倒なのでそのままにしておきました。
ウェイトレスは注文を書き込むと、厨房に引っ込みました。
すると、ほとんど間髪を入れず、
「チクショー! なんだと!」
と大声で叫びながらオーナーシェフが厨房から飛び出してきました。
この男が、ラザフォードだったのです。
彼はバン!と音をたてて、僕のテーブルに100ドル札を5枚、たたきつけました。
「今日はあんたの勝ちだよ、日本人」ラザフォードは言いました。「だがよく覚えておけ。いいか、オレの店がライ麦パンを切らしたのは、この10年で初めてのことなんだからな」
<おすすめの1冊>
「おうちカフェのつくりかた」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4903363074
松宮園生です。
日米ともに個人個人ではさまざまな人がいて
バラエティに富んでて、
「日本人はこうだ」
「メリケン(※)はこうだ」
なんて決めつけるのは難しい。
(※)メリケン=アメリカ人のこと
しかし平均的日本人と平均的メリケンとを比べると、こと
「商売っ気があるかないか」
という点では平均的メリケンのほうが商売っ気があるように思います。
どちらが正しいとか勝っているという意味ではなく、単に経済活動に対する構え方が違う。
■平均的日本人
精神的な豊かさを大切にする国民性でしょうか、経済活動をケイベツする傾向があります。
「稼ぐ」とか「金儲け」とかの言葉にネガティブなイメージがあるのがそれを象徴しています。
ちょっと極端な言い方をすると、
「稼いだ=なにか正当ではない手段で不労所得を得た」
「金儲けをした=自分が利益を得た=代わりに誰かが不幸になった」
ようなイメージがつきまとっています。
平均的日本人は「不労所得」をよしとしないところがあり、真面目にコツコツ働くことが美徳と思われたりします。
日本の貿易黒字が大きいのはその表れです。
「誰かを不幸にしないと自分が利益を得られない」
これは「ゼロ・サム・ゲーム」と呼ばれます。
一方の利益(プラス)と他方の損失(マイナス)を足すとゼロになる状況が「ゼロ・サム・ゲーム」です。
平均的日本人は、経済=ゼロ・サム・ゲーム だと無意識に感じているような気がします。
日本の義務教育では「お金の稼ぎ方」を学ばせてくれません。
なぜなら、お金を稼ぐことは決して「人として立派なこと」ではないと考えられているからです。
ところが、社会人になったら急に「お金を稼げ」と会社や上司から言われ尻を叩かれるので参りますね。
僕自身、そのギャップに戸惑った1人です。(←ただ学生時代に遊んでただけだろ)
■平均的メリケン
「不労所得」というと、たとえば不動産を貸して賃貸収入を得たり、株式相場や商品相場で利益をあげたり、特許権収入や著作権収入を得ることを言いますが、平均的メリケンはこの「不労所得」に対する抵抗がありません。
アメリカの貿易収支は巨額の赤字なのに、資本収支が巨額のプラスになっているのはその表れです。
「金儲け」を英語にすると money-making (マネーメイキング)になります。
使い方にもよりますが、普通、この言葉にはネガティブなイメージはあまりありません。
商品やサービスを提供し、相手に満足してもらい、その正当な対価としてお金を受け取る、くらいの意味です。
「相手が満足し、自分が対価を受け取る」
これは「ゼロ・サム・ゲーム」ではありません。
両者とも、なにかを得ているからです。
平均的メリケンは、経済=ゼロ・サム・ゲーム だと思っていません。
ですので、物質的豊かさを求めることに何の罪悪感も持っていません。
他の国は分かりませんが、英米では早くから「お金の稼ぎ方」を学びます。
で、日本みたいな新人研修をしなくても、ごく自然にビジネスマンになってゆきます。
医者なんかもお金の稼ぎ方がしっかり身についてて、僕の友人の内科医、マイケル・チイタッタ先生も、人気のある医者であると同時にしっかりビジネスマンです。
「ルールを守ってお金を稼ぐこと」は善とされています。
「お金の話をすること」は職業にかかわらず善とされています。
多くの場合、成功した事業家は社会の尊敬を受けます。
以上が、日本とアメリカの違い。
くりかえしになりますが、どちらが正しいとか勝っているという意味ではなく、単に経済活動に対する構え方が違うわけです。
◆◆◆
で、これを両国の農業にあてはめてみると。
お金(経済活動)に対する両国の構え方の違いは、農業にも表れているように思います。
例えば産地直売所(英語でいうとファーマーズ・マーケット)。
■日本の産地直売所
(といっても産地直売所にも優劣いろいろありますので、平均的な話をします)
僕の知るかぎり、多くの産地直売所は本質的にはただの「商品置場」です。
倉庫みたいなものです。
農家さんは並べたいものをテキトーに並べ、隣近所と価格競争をしながら、顧客が買いにくるのを待っています。
「直売だから、きっと商品の品質がいいに違いない」
なんとなくそう思っている顧客を、ただ無造作に待っているわけです。
とはいえ、「努力して大きく稼ごう」とは思っていません。
その証拠に、高く売ろうとはせず、あっさり値下げします。
値下げしてなにが悪いの? と言われそうですが、いえ、べつに悪くはありません。
農家さんも、安く販売してお客さんが喜んで、まあいっかと思って家に帰るのですから。
「自分は利益を度外視してこの作物を作っている。食べてくれる人たちに喜んでほしいから」
みたいなセリフもよく聞きます。
で、あとで「産直は儲からねえ」とブツブツ文句を言う。
世間や政治に文句を言う。
■アメリカのファーマーズ・マーケット
(これも平均的な話をします)
アメリカのファーマーズ・マーケットは多くの場合「ビジネス」です。
* 商品の魅力を表現するにはどうディスプレイしたらよいか
* より多くの人に来てもらうにはどうPRしたらよいか
つまり「マーケティング」を真剣にやっています。
会場のたたずまいなんかも懸命に工夫しています。
セールストークも練習しています。
出店農家が協力して共同プロモーションなんかもよくやってます。
アンケートなども何度も行い、顧客がなにを望んでいるのかを調べています。
楽しさを演出するイベントもいろいろ企画しています。
「自分は利益を度外視してこの作物を作っている。食べてくれる人たちに喜んでほしいから」
なんて考え方はまったくありません。
「食べてくれる人が喜んでくれたなら、利益を得るのは当然」
と思っています。
てゆうかむしろ、
「利益は、食べてくれる人が喜んだ証拠」
だと考えています。
「良いものを安く」とは考えていません。
「良いものは高く」と考えています。←ここが日本と大きく違うところです。
これも、日米どちらが正しいとか勝っているという意味ではなく、単に経済活動に対する構え方が違うわけです。
◆◆◆
とはいえ、なんとなく「メリケン礼賛」みたいな文章になってしまいましたね。
あー恥ずかし。
いえ、決してメリケン農業のほうがいいというわけではないのですが、こと「商売」という意味ではメリケンのほうが徹底しています。
それだけの話です。
逆に、メリケン農業にはなくて日本の農業にあるものがあります。
「熱意」というやつです。
メリケン農家さんはビジネスマンですので、農業をビジネスとしてやっています。
日本は必ずしもそうではありません。
日本の農家さんにとって農業は人生哲学みたいなところがあって、
* 文化
* 伝統
* 生きかた
* 収入源
この4者が人それぞれの割合で絡みあっています。
ですので、日本には「農業を熱く語るオニイサン」が大勢います。
「農業を熱く語る集会」なんかもよく開かれます。
メリケン農家が農業を熱く語るのはあまり聞いたことがありません。
金儲けの計画を熱く語る農家はいますが。
↑
「金儲けの計画を熱く語る農家」
と聞いて
(なんかヤな人だなあ)
と感じたあなたは、ヤマトダマシイ度、高いです。
<参考図書>
「やらなきゃ損する農家のマーケティング入門」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4540033204
松宮園生です。
(前回のあらすじ)
スカウトマン倉本さんに導かれ、プロ野球の試合を見にきた
マツオ親子。
選手たちの体の大きさに圧倒され、ふつうの食事では
あんな体になれないことを実感するのでした。
前回→ 「食育スカウトマン 中の巻」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2009/05/post_190.html
◆◆◆
試合開始の時間が迫る球場に、次々と観客が入ってきました。
徐々に興奮が高まってきます。
マツオ親子と倉本さんは、一塁側の内野席に3人並んで座席を予約していました。
「さて」着席するなり、倉本さんはアタッシュケースを開きました。「体を大きくするための食育というのがあります。母親向けに特別にプログラムされた食育ボンバー養成講座を受講していただければ、間違いありません」
「食育講座? だって倉本さん。わたしは佐久間象子先生直伝の食育プリーチャー1級の資格を持ってるんですよ。なんでまた、食育講座を受けなくちゃいけないんですか」
「それはですね、お母さん。さっきも言ったように、『メタボ食育』や『栄養士食育』では体が大きくならないからですよ」
「はあ…」
「こんな食育カルタの句があります。『健康は和食と笑顔腹八分』」
「あ、それ知ってます。たしか『下関ぶちうま食育カルタ』のなかの一句ですね。趣のある素敵な句だと思います」
「よくお分かりですね」倉本さんは目を丸くしました。「食育カルタの出典を当てるなんて、古典をぜんぶ暗記している平安時代の貴族みたいだ」
「佐久間先生に鍛えられましたから」
まんざらでもない表情で鼻をひくひくさせる園子さんでした。
しかし倉本さんは厳しい表情になり、言いました。
「お母さん。『健康は和食と笑顔腹八分』の句は忘れてください。くどいようですが、これでは体が大きくなりません。腹八分ではまったくダメです。いままでの食育の考え方を捨て去ってください」
「はあ…。じゃあ、どうしたら…」
「その答えが、食育ボンバー養成講座なのです、お母さん。食育ボンバー養成講座のモットーは、『食べることもトレーニング』。漫然と食べるのではなく、トレーニングしているつもりで食べるのです」
「漫然と食べてはいけないのは、食育プリーチャー1級も同じですよ。ちゃんと命に感謝して、しっかり味わいながら、家族団欒で食べるんですから」
「食育ボンバーから見ると、それは漫然と食べてるのと同じです。ひたむきさが足りない」倉本さんは辛抱強く言いました。「体を大きくするには、胃を大きくしなければなりません。少食では体が大きくならない。腹八分でもダメです」
「はあ」
「胃を大きくして、栄養豊富なものをたくさん食べる。たくさん食べてたくさん運動し、体を大きくするのです」
「はあ」
「食育ボンバー養成講座では、どうやって子どもにたくさん食べさせるかを学びます。満腹でもう食べられない、という状態で、もう1口、食べさせるのです」
「え、そんな。それって残酷じゃないですか」
「残酷かどうかは、考え方によりますね」倉本さんの目は真剣です。「満腹状態で、もう1口、というのは確かに辛い。だから『食べることもトレーニング』だと申し上げている。こうやって体を大きくし、プロ野球選手に育てていくんです」
「はあ」
「ライオンが獲物の肉を食べているところを想像してください。あんなふうにガツガツ食べるんです」
「はあ」
「猛獣のごとく集中してガツガツ食べます。テレビをみながらだらだら食べてはいけません。食事中にテレビを見ないという点では、食育プリーチャーの主張と似てるかもしれませんがね」
「ふとります おやつのたべすぎ テレビっこ…」
「なんですか? それもどこかのカルタの句ですか」
「大阪は高槻市のオフィシャル食育カルタです」
「よく知ってますねえ」
「食育プリーチャーですから」
ふたたび鼻をひくひくさせる園子さんでした。
高槻市 食育かるた
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/oshirase/syokuikukaruta2.html
しかし倉本さんはすぐに厳しい顔に戻りました。
「それはともかく、『食べることもトレーニング』です。そのかわり、食育ボンバーには地産地消もフードマイレージもいただきますも家族団欒も関係ありません。ライオンはそんなものは気にしない。大事なのは栄養と量です。大きく、強くなるために食べる。分かりますか」
「はあ」
倉本さんはマツオ君に話しかけました。「なあ、マツオ君。プロ野球選手みたいに大きくなりたいかい?」
手をあげるマツオ君。「なりたーい」
「たくさん食べるって、誓えるかな」
「誓うよ」
「じゃあ、食育ボンバー養成講座、受けてくれるかな?」
「いいともぉ!」
「いいともぉ、じゃないでしょ!」お母さんがツッコミました。「平成生まれのくせにギャグセンスは昭和なんだから、この子は」
ていうか、講座を受けるのはマツオ君じゃなくてお母さんじゃね?
マツオ君が返事してどうすんだっつーの。
「まあまあ。そういうわけですから、お母さん」倉本さんは満足げにうなずきながら、アタッシュケースから書類を取り出しました。「食育ボンバー養成講座の受講申込書です。受講料は6万8000円プラス消費税。ここに必要事項を書いて、ハンコを押してください」
「は、はあ。でも…」
「なにを迷っているんですか。マツオ君を立派なプロ野球選手にするためですよ。たったの6万8000円で息子さんがプロ野球選手になれるんだったら、母として迷うことはないはずです」
「は、はあ」申込書を受けとる園子さん。
「このボールペン、使ってください」
「は、はあ」記入を始める園子さん。
「そこ、カタカナで書いてください」
「カタカナですか」
「そうです。あ、全角じゃなくて、半角でお願いします」
手書きなのに全角とか半角とかあるのかよ!
◆◆◆
こうして、倉本さんの口車に乗り、食育ボンバー養成講座を申し込んだ園子さん。
結局、倉本さんはスカウトマンというより、講座のセールスマンだったようです。
はたして園子さんは、立派な食育ボンバーになれるのか?
息子マツオ君はプロ野球選手になれるのでしょうか?
その驚きの結末は、次号にて!
(以下次号。いまマツオ君は小学6年生なので、次号は10年後くらいに書きます)←そういうの、ありかい!
<参考図書>
「アスリートのための栄養・食事ガイド」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4804111344
松宮園生です。
以前、「食の世界のスーパーパワー その1」で、
「戦後長いあいだ日本の学校給食がパン食だったのはカーギルの
インボーかも?」
と書きました。
あくまで噂ですが。
「食の世界のスーパーパワー その1」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/04/1_5.html
インボーかどうかわかりませんが、日本の農業が化学肥料を使い始めたのはメリケンのせいだという説があります。
ちなみに、メリケンというのは僕がアメリカ人を指すときに使う言葉です。
日本が無条件降伏し、マッカーサー元帥率いるGHQ(ほぼメリケン軍)が進駐してきたとき…。
(以下、食事中の話題にはふさわしくない内容が含まれています)
◆◆◆
マッカーサー 「コンコン(ノックの音)。入るぞ」
日本政府 「今日は何の用すか? こっちは敗戦処理で忙しいんだから、手短に頼みます」
マッカーサー 「それは敗戦国の態度ではないな。…まあよい。今日は食糧の話をしにきた」
日本政府 「はあ」
マッカーサー 「お前は軍隊出身ではないから知らぬかもしれぬが、軍隊にとって最も大切なものは何だか分かるか」
日本政府 「そりゃ、ミサイルとか爆弾とかじゃないんですか」
マッカーサー 「違う。兵器ではない」
日本政府 「じゃあ、軍艦とか戦車とか、戦闘機とか?」
マッカーサー 「それも違う。答はな、兵士が食べる、食べものだ」
日本政府 「食べものですか」
マッカーサー 「戦いを始める前に、兵糧(兵士の食糧)の補給ルートをしっかり確保することが何よりも重要なのだ。古今東西、歴史を通じ、兵糧の確保に失敗して戦闘に勝てた例は少ない」
日本政府 「はぁなるほど。だからあんたがたは、本国から山のように食糧を運んできているんすね」
マッカーサー 「そのとおり。ソ連や中国といつ戦うことになるか分からぬからな。ただし、本国から運んでいるのは缶詰が多いのだが」
(マッカーサーが日本にいたのは今から60年も前ですが、そのころすでに缶詰は一般的なものになっています。ちなみに缶詰は19世紀初頭、つまり今から200年前に発明されたもので、度重なる遠征で兵糧不足に苦しむナポレオン軍が、最初に使用したと言われています)
マッカーサー 「それでだ。今日は農村の視察をしたいと思ってやってきた。どこか案内せよ」
日本政府 「今からですか」
マッカーサー 「今からだ」
日本政府 「いいスけど、視察してどうするんすか?」
マッカーサー 「野菜を買う」
日本政府 「野菜?」
マッカーサー 「わが米軍兵士どもに、野菜を食わさねばならぬ」
日本政府 「アメリカ人も野菜を食うんですね」
マッカーサー 「正直言うとけっこう野菜嫌いが多いのだが、野菜不足は体に悪い。無理にでも食べさせようと考えている」
日本政府 「その気持ちは分かります」
マッカーサー 「缶詰ではなく、新鮮な野菜を食べさせようと思う。このへんの農家から野菜を買いたいのだ」
日本政府 「それ、マジですか?」
マッカーサー 「なにか問題でもあるのか?」
日本政府 「いや、別に…」
マッカーサー 「米軍が金を出して買おうというのだ。日本にとってもドルが手に入るから、よい話ではないか」
日本政府 「そうすね。じゃあ案内します。おいら、クルマがないんで、元帥のクルマでいいすか?」
◆◆◆
日本政府 「このへんが農村地帯なんですけど」
マッカーサー 「我が国の農場とはずいぶん違うな」
日本政府 「へえ。そうですか」
マッカーサー 「あそこで親しげに手を振っている男は?」
日本政府 「やつは日本政府と契約している農家ですよ」
マッカーサー 「あそこでなにをやっておるのだ?」
日本政府 「肥やしを捲いてます」
マッカーサー 「コヤシとは?」
日本政府 「肥料のことです」
マッカーサー 「なるほど。で、肥料には何を使っておる?」
日本政府 「人間のウ●チですね」
マッカーサー 「なぬ?」
日本政府 「人間のウ●チです、元帥とか、おいらの」
マッカーサー 「なんだと。…それを、畑に捲いておるのか?」
日本政府 「はあ」
マッカーサー 「ああやって、ヒシャクですくって、かけておるのか?」
日本政府 「はあ」
マッカーサー 「し、しかし、そんなことをしたら、野菜にもかかってしまうではないか」
日本政府 「まあ、そうなりますね」
マッカーサー 「そんなことしたら、食べれないだろうが?」
日本政府 「洗えば?」
マッカーサー 「それは理屈ではそうかもしれぬが…」
日本政府 「なんか問題あります?」
マッカーサー 「たいへん困る。アメリカ人は野菜をサラダで食べるのだぞ」
日本政府 「あのねえ、元帥。あんたが飲みたい飲みたいとやかましいから、今日の朝食にお出しした野菜ジュース、材料はあの男から買いましたぜ。うまかったでしょ」
◆◆◆
マッカーサー元帥が気絶しているあいだに、篤農家の人からこんな話を聞いたので紹介します。
その当時、日本の農業は「肥やし」を使うのがふつうでした。
「肥やし」は、たくさんの量を必要としました。
そのため、農家の人たちは人がおおぜい住んでいる住宅地まで、はるばる「それ」を集めに行ったのです。
農村と住宅地はかなり離れていたので、まる1日かかる仕事でした。
彼らは早く起き、荷車に樽を積み、日が昇るより先に出発します。
「汲みとり」をするためです。
東京近郊の農家の場合、青山、赤坂、四谷、といったところ(昔のムード歌謡によく出そうな地名)が目的地だったようです。
農家は「汲ませてもらう立場」だったので、「汲みとり料」を払っていました。
で、汲みとり料を払い、樽を満杯にした帰り道。
重くなった荷車を、疲れたからだで何キロも何キロも曳くのはたいへんでした。
そんな彼らを手伝うために、農家の子どもは学校が終わるとすぐ、その足で父親を迎えにいったといいます。
帰ってくる父と途中で合流し、親子で荷車を曳きました。
もうすぐ太陽が沈みます。
肥料の確保のために、こんな重労働をしていたわけです。
◆◆◆
気絶から目を覚ましたマッカーサー元帥の命令により、進駐メリケン軍は本国アメリカから大量の化学肥料を買いつけ、日本の農家に売り始めましたとさ。
その後、化学肥料が普及した結果、
* 「肥やし」を使わなくなり、日本の生活環境が全体として衛生的になりました。
* 「汲みとり労働」が不要になりました。
化学肥料にも問題はいろいろありますが、この2点は、よかったことの部類に入ると言えるかもしれないなあ。
<参考図書>
本当は危ない有機野菜―リサイクル信仰が生み出す「恐怖の作物」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4198626715