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2010.01.25 20:32

スローライフ・ラプソディ

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松宮園生です。

「スローフード」とか「スローライフ」という言葉が人々に
支持されるようになってだいぶ年数がたったように思います。
それっぽい飲食店もいろいろ誕生していますね。
しかし、その一方で「ファーストフード」のお店は根強く残っているし、
「我が社はスピード経営じゃ。スローライフなんて言う社員はいらん」
と息巻く会社もたくさんあります。
つまり、日本の大都市あたりはスローなものとファーストなものが混在している感じです。

そんな傾向が激しくなった未来の日本を想像してみました。

◆◆◆

20XX年のある日。
長いことオーストラリアに住んでいた柴山純夫さんでしたが、日本に帰国することになりました。
本人はもっとオーストラリアにいたかったのですが、いろいろ事情があったようです。
そのへんの事情に深入りするのはやめておきましょう。

数年ぶりに成田空港に到着した柴山さん。
入国審査で役人からこんなことを言われました。
「ファーストライフとスローライフ、どっちに入国しますか?」
「は?」
「いや、ですから、ファーストライフとスローライフ、どちらかを選んでください」
「選ぶんですか? 意味が分からないのですが」
「飛行機の機内で説明があったはずですがね。今の日本は、ファーストライフ地域とスローライフ地域に分かれているのです。両者のあいだを行き来するときは、パスポートが必要です」
「し、知らなかった…」
「柴山さんは、今晩はどこにお泊りですか?」
「はあ。これから住むためのアパートを探すんですけど、探しているあいだは池袋の西急ホテルに泊まる予定です」
「それでしたら、ファーストライフ地域になりますね」
言いながら、入国審査官は柴田さんのパスポートに「FAST」というハンコを押しました。

入国審査と税関をパスして先に進むと、大きな電光掲示板に
「ファーストライフの方はこちら」
「スローライフの方はこちら」
と表示されているのが目につきました。
その指示に従ってファーストライフのほうに進むと、東京の都心にむかう電車が待っていました。

いきなりこんなアナウンスが流れました。
「東京行き特急ウサインボルト2号は間もなく発車です早く乗ってください間に合いませんよ切符がまだの方は急いで買ってください切符売り場は改札の隣りにありますあと30秒で出発しますカウントダウンを始めます30、29、28…」
ものすごい早口のアナウンスでした。
その場にいた人々が津波のように切符売り場に押し寄せます。
SUICAやPASMOを持っている人々は全力疾走で改札を抜けてゆきます。
柴山さんはわけもわからずに切符を買い、周りの人々の真似をして電車に向かってダッシュしました。
「7、6、5…」カウントダウンが続きます。「3、2、1、ドアが閉まります危ないからもう乗らないでください乗り遅れた人は3分後に次の便が出ますからそれに乗ってください」

さりげなく4が飛ばされています。

バシュ!
自動ドアがものすごいスピードで閉まりました。
なんとか間に合った柴山さん、吊革にぶら下がってぜーぜー息をしています。
「次の便が3分後に出るんだったら、こんなに慌てなくていいじゃん」
息が荒いにも関わらず、そんなツッコミを思わず口にしてしまうところが、さすが柴山さん、余裕です。

なんて余裕をかましている場合ではありませんでした。
電車が、5Gくらいの加速で走り始めたのです。
柴山さんの体は、持ってきたカバンもろとも、後方に転がっていきました。
同じように転がっている乗客が、ほかにも大勢いました。

柴山さんが入った「ファーストライフ地域」では、何もかもがこんな具合でした。
お腹が空いたので池袋駅前の回転寿司店に入ると、なんとテーブルがF1レースのようなスピードで回っています。
柴山さんの好物のイクラの軍艦巻きが見えたので手を出したのに、出したときには皿は遥か彼方に走り去っていきました。
他のお客さんはどうしているかというと、ものすごいスピードで皿をつかんでいます。
まるで、カメレオンが素早く舌を出して昆虫を捕まえるような、そんなスピードです。
「これは練習をしないと、食事もできないぞ…」
焦る柴山さん。
さらに恐ろしかったのは、ほとんどのお客さんが入店してから1分くらいで満腹になって出て行ってしまうことでした。

缶コーヒーを買おうと自動販売機の前に立つと…。
ガチャン!
お金も入れていないのに、コーヒーが出てきました。
柴山さんが茫然とその場に立っていると、自動販売機から自動音声で
「早くお金を入れてください入れてくれないと警察を呼びますよあと10秒で警察を呼びます10、9、6、5…」
「また数字を飛ばしてる!」と文句をいいながら、柴山さんは慌ててお金を入れました。

西急ホテルのフロントでは、ホテルマンがこんなことを言いました。
「いらっしゃいませお客様チェックアウトでしょうか?」

◆◆◆

「だめだ。こんなところにいたら死んでしまう」
柴山さんは西急ホテルに泊まるのをやめ、その場でまわれ右をしました。
「スローライフ地域に移動しよう」
そう思ったのです。

ホテルの外に出ると、偶然、「スローライフ地域行き」のバスがありました。
「乗るの載らないの?乗るなら急いで乗ってお客さんぐずぐずしてると出ちゃうよ」
と、運転手が柴山さんに声をかけました。
柴山さんは大急ぎでバスに乗り込み、言いました。「スローライフ地域行きのバスなのに、運転手さん、あんたはずいぶん性急なんじゃない?」
「ここはファーストライフ地域ですからこちらの法律にしたがっていなくちゃいけないんですところでパスポートはお持ちですか」
運転手は昔のカセットテープを早回ししたような声で答えました。

柴山さんがパスポートを見せると、運転手は今度は「SLOW」というハンコを押しました。

バスはまたもや5Gで加速し、高速道路でもないのに時速110キロで都心を爆走しました。
それでも後続のクルマにどんどん追い抜かれています。
10分後に、バスはスローライフ地域に入りました。

とつぜん、バスが停止しました。
運転手が、今度は妙に間延びした声で
「スローライフ地域に到着しましたよー。ここから先は徒歩になりまーす。気が向いたら降りてくださいねー。中にいたければ明日の朝までだったらいてもいいですよー」
運転手自身が今度は大あくびをし、帽子を顔に載せて居眠りを始めました。
柴山さんはあきれましたが、西急ホテルをキャンセルしたせいで今晩泊まるホテルがないことを思うと、朝までバスにいられるのは大助かりです。
風呂には入れませんが、贅沢は言えません。
柴山さんもひと眠りすることにしました。
オーストラリアからの長旅の疲れが、どっと出てきました。

ぐっすり眠った翌朝、さわやかな気分でバスを降りた柴山さん。
とりあえず何か食べようと周囲を見回すと、意外なことにハンバーガーショップが停留所の近くにありました。
「おやおや、スローライフ地域なのにハンバーガー売ってんだ」
他に選択肢もなかったため、とりあえず入ってみると…。
「いらっしゃいませ、こんにちはー」可愛らしい女性の店員が、笑顔で柴山さんを迎えました。「何になさいますかー?」
ちょっと赤くなった柴山さんでしたが、「じ、じゃあ、この100%オーガニック・ダブルサイズ・バーガーをください」
肉も、バンズ(ハンバーガーのパンのこと)も、レタスも、調味料も、すべて厳選された材料で、かつオーガニックにこだわったものだと、メニューには書いてありました。
店員はふたたびにっこりし、
「はーい。ありがとうございまーす。ではお会計、920円になりまーす」

ダブルサイズで、すべてオーガニックだと思えば、920円もまあ、なんとか納得感があります。
柴山さんが920円を支払うと、店員が番号札を渡してくれました。
「この番号札をお持ちになって、お待ちくださーい。お呼びいたしますからー」

「さすがはスローフードだな。ハンバーガーも、ちゃんとオーガニックになってるし」
スローライフ地域がすっかり気に入った柴山さん。
受取った番号札を握りしめ、近くのテーブルに向かいました。
透明な窓から柔らかな朝日が、腰かけた柴山さんの背中に降り注いでいます。

◆◆◆

番号が呼ばれたのは、2日後のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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