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2009.11.17 02:07

株式会社 食育 (接待編)

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松宮園生です。

「株式会社 食育」の花形部署といえば、「火星人接待部」でした。
文字どおり火星人を接待するのです。

火星人との交流が始まって10年。

火星人との友好を保つことは、日本だけでなく地球じたいの
重要な外交課題です。
そのため、「株式会社 食育」は国連から多額の報酬を
もらっていました。
当然のことながら、「火星人接待部」は「株式会社 食育」の
重要部門でありました。

◆◆◆

新入社員の松宮園子が配属になったのは、なんとその「火星人接待部」でした。
こんな重要な部署に新入社員のが配属されることは珍しかったので、園子は大喜び。

火星人の接待(晩餐会)は月に1度のペースで行われており、今月の晩餐会は数日後に迫っていました。
園子はそれに出席することになりました。
「接待デビュー」です。

部長が園子に1枚の紙を渡します。
見ると、晩餐会のメニューでした。
美味しそうな料理がいくつも、そこに書かれています。
「このメニューを、松宮君、あなたに読みあげてもらいますから、噛まないように練習しといて」
「わたしが読むんですか?」
「そうよ。あなたの声は火星人好みだから」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。新入社員のあなたが火星人接待部勤務になったのも、その声のおかげなんだからね」

声を評価されたのは生まれて初めての園子でした。
園子が嬉しそうな顔をすると、部長が
「水を差して悪いけど、火星人の接待はそんなに楽しいわけじゃないからね」

園子は表情を引きしめました。「まさか、セクハラとか…?」
「そんなんじゃないけど、欲求不満のたまる晩餐会になるからね、覚悟しといて」
「どういうことですか?」
怪訝な顔をする園子。
しかし部長は、
「晩餐会が始まったら、すぐに分かるから」
と言ったきり、口をつぐんでしまいました。

◆◆◆

接待当日。

晩餐会は、国連ビルの「アップル・ルーム」で行われました。
国連事務総長と数名の幹部、それから「株式会社食育」のスタッフとして園子と部長が、「地球側」に座っています。

「火星側」に座っているのは、大きな頭を何本もの触手が支えている、いわゆる典型的な火星人たちでした。
昔から絵に描かれているとおりの、タコに似たあの姿です。

簡単な挨拶の儀式のあと、晩餐会の始まりです。
…と言いたいところですが、料理が運ばれてくる気配がまったくありません。

にも関わらず、国連事務総長が、部長に向って
「じゃ、スタートしてくれるかな」
と言いました。

部長が言いました。
「松宮さん、メニューの文章は持って来たわね」
「持ってきましたけど…」
「じゃ、始めるからね」

部長がマイクを持って立ちあがりました。
「火星のみなさま。ようこそお越しくださいました。それでは、株式会社食育を代表して、松宮園子より、本日のメニューを説明させていただきますから」

園子にマイクを手渡し、部長は着席しました。
(料理が来てませんけど、いいんですか?)とひそひそ声で質問する園子。
(いいからメニューを読みなさい)応える部長。

園子は緊張したまま立ちあがりました。

「では説明します」園子が言いました。

◆◆◆

「まず前菜ですが、最高級パルミジャーノ・レッジャーノのイベリコハム巻き。パルミジャーノ・レッジャーノは1口サイズに丸くカットし、イベリコハ ムで丁寧に巻きました。食べ方ですが、15年熟成したアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレに浸して食べていただきます。なお隠し味に樹齢200 年のスペイン産オリーブオイルをお好みで1滴、垂らしていただくと、味わいが深まります」
園子がそう言うと、火星人のあいだから「ほー」という溜息がもれました。

「次は」
と園子が言おうとした瞬間、部長が彼女を押しとどめました。
(まだ喋っちゃダメだから。10分間、時間をおきなさい)
(は? どういうことですか)
(火星人は今、メニューを味わっているんだから。10分待って、次のメニューに行きなさい)
(はあ…)
よく分からないながらも、園子は口を閉じました。

10分間の沈黙。

10分が経過すると、部長が合図し、園子の口が開きました。
「次はマッシュルームのソテーです。手のひらサイズのポルトベロー・マッシュルームは、ウェスタン・ヘムロックの原木を使って栽培されたものです。その肉 厚なポルトベロー・マッシュルームに、シチリア産のセミドライトマトと比内鶏のムースを詰めたものを、ステビア農法で有名な桂農園で栽培されたピンクガー リックでソテーしました。油はドイツ産の香ばしいアマニ油を使用しています。たいへんお熱いので、お口に入れるときはお気をつけください」
ふたたび、火星人のあいだから「ほー」という溜息がもれました。

部長が「しー。10分間、待ちなさい」という仕草をします。
10分間の沈黙。

「スープですが」10分がたち、園子は続けます。「世界5大健康食品の1つ、インドのレンズ豆を使ったスープ、バニラ風味です。マダガスカル産のバニラビーンズを使っています。乾燥したマンゴーの皮を細かく砕いたものを少し入れたことで、複雑な味になっています」
「ほー」

10分間の沈黙。

「次ですが、日本海は富山湾でとれたホタルイカをふんだんに使った、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノです。陽光ふりそそぐ相模原台地で育った、甘い春キャベツの歯ごたえと一緒にお楽しみください」
「ほー」

10分間の沈黙。

「本日のメインは2つございます。まず魚料理。ニュージーランドはマウント・マンガヌイから直送されたクレイフィッシュの、炭火コショウ焼ケイジャン風です。コショウですが、南インドはマラバル産のホワイト・ペッパーを大粒で挽いて使っています」
「ほー」

10分間の沈黙。

「次に肉料理ですが、オーストラリアはビクトリア州バララットで育ったダウンアンダー・バッファローの、柔らかいリブアイステーキです。味つけにホースラディッシュ醤油とワカモレディップを用意してあります」
「ワカモレディップでステーキを食べるというのは、面白い組合せですなあ。ほー」

10分間の沈黙。

「本日のデザートでございますが」と園子。「カスタードクリームにメレンゲを混ぜ合わせ、フロリダはインディアン・リバー産シトラスの甘露煮を挟んだものをのせたタルトです」
「ほー」

◆◆◆

「いやあ、すばらしかった。いつもながら地球の食事は、感動的ですなあ。来月も楽しみにしておりますぞ」
火星人たちは口々に礼を言い、アップル・ルームを去っていきました。

実際には、料理は運ばれて来ませんでした。
何も食べないまま、晩餐会が終わったのです。

「株式会社食育はん、どうもおおきにな」
火星人を見送った国連事務総長が、アップル・ルームに戻ってきて言いました。
「おかげで火星の旦那連中も、えろう機嫌よく帰っていきよったで。また来月もこの調子で、よろしく頼んまっさ。ほな、わて仕事あるさかいに、ここで失礼するで」

事務総長と別れ、国連ビルを出た園子と部長。
部長が言いました。「お腹、空いたね。ラーメンでも食べて帰ろうか」

マンハッタン43丁目にあるラーメン屋で、園子は塩ラーメンを、部長はつけ麺を注文しました。
「あと、餃子もください」
「あいよ」

店員の後姿をみながら、部長が言いました。
「これで分かったでしょう。火星人の接待には、料理は出てこないから」
「ぜんぜん食べないんですか、あの人たち?」
「なに言ってるの。しっかり食べてたでしょ?」
「は?」

「あなたがメニューを読みあげたら、彼らは『ほー』って言ってたじゃない。火星人はあれで満足なんだから」
「そ、そうなんですか?」驚く園子。「つまり、言葉だけでお腹がふくれると…?」
「そう。火星人はね、言葉だけでお腹がふくれるわけ。実際に料理を作る必要がないんだから」
「そうだったんですか…」
「でもね、なおさら、言葉は手抜きできないんだからね。火星人は言葉を味わうらしいから。メニューだけは美味しそうな文章を用意しておかなくちゃいけないわけ」
「そうだったんですか…」

そこへ、塩ラーメンとつけ麺が運ばれてきました。

「じゃあ、せっかく美味しそうなメニューがあるのに、食べることができないんですね」割り箸を割りながら、園子が言いました。「火星人はそれでいいんだろうけど…」
「そう。火星人はそれでいい。でもわたしたちは、ヘビの生殺しのようなものだから」
「たしかにヘビの生殺しです!」園子は声を荒げました。「最高級パルミジャーノ・レッジャーノのイベリコハム巻き。ポルトベロー・マッシュルームのソ テー。レンズ豆のスープ。ホタルイカとキャベツのペペロンチーノ。クレイフィッシュの炭火コショウ焼ケイジャン風。バッファローのリブアイステーキ。シト ラスのタルト。そんなメニューを目にしていながら、何も食べることができないなんて」
「そのとおり」
「で、接待が終わったら、こんなところでショボい塩ラーメンを食べる羽目になるわけですね!」

「ショボい塩ラーメンで悪かったな、ビッチ」
太い声がしました。
園子が恐る恐る見上げると、ラーメン屋の店主が凄い形相で、包丁を握ったまま園子を見下ろしていたのでありました。

(終わり)

 

 

 

 

 

<参考図書>

「おいしさの表現辞典」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4490106947

おいしさの表現辞典

 

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