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松宮園生です。
今回はすこしダークな雰囲気で。
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×月×日 月曜日 快晴
今日から教いく実習生のお姉さんがやってきました。
大学生です。
ゆかり先生とゆう名前なのだ。
かん理えいよう士だ。
まなべかおりさんにちょっと似ています。
食育の先生になるそうです。
やさしい先生だと思うし、楽しみだ。
はじめてのじゅ業もたのしかったです。
宿だいはないのがせめてものすくいだ。
<今日勉強したこと>
体にだいじな3大えいようそというのがあるのだ。
きん肉はたんばくしつ。
エネルギーはたん水化ぶつ。
いろんなはたらきのししつ。
明日は7大えいようそを教えてもらいます。
お母さんに3大えいようその話をしたら
「すごいわねー」
と感心していました。
◆◆◆
×月×日 火曜日 晴れ
朝、しょくいん室でさわぎだ!
太ったおばちゃんがきて、ゆかり先生をいじめてる!
僕はすがい君と見に行きました。
「ちょっとかわいいからって、食育をあまくみるんじゃないわよ。それになによそのかっこう。教しはジャージとスリッパでいいのよ」
と、おばちゃんが言いました。
ゆかり先生は
「ごめんなさい、ごめんなさい」
とあやまっています。
教とう先生は知らんぷりしています。
なんだろう。
おとなの事情だろう。
チャイムがなったから僕たちは教室に帰りました。
先生だいじょうぶかな。
今日も食育のじゅぎょうがありました。
<今日勉強したこと>
3大えいようそのほかにビタミンとミネラルがある。
あわせて5大えいようそだ。
人間は鉄も食べるのです。
鉄はミネラルだ。
お母さんにビタミンとミネラルの話をしたら
「鉄も食べるなんて、おもしろいねー」
と、たいへん感心していました。
◆◆◆
×月×日 水曜日 曇り
朝、しょくいん室でいち大じだ!
ふたたびだ!
太ったおばちゃんが10人くらいきて、ゆかり先生をかこんでる!
ゆかり先生が
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と泣いています。
きょうとう先生が
「まあまあ」
と言ったのに、
「あんたはだまってなさい」
と言われてふきとんでしまいました。
ぜったいぜつめいです。
「おばちゃんたち、誰。なにしてるの」
とすがい君がきいたら、
「この女の食育はにせものよ。たいせつなことを教えないで、えいようのことばかり教えている。きのうあれほどもんくを言ったのに、またえいようのことを教えるなんてねえ。それは悪いことです。この紙をお母さんに渡しなさい」
と言われました。
おばちゃんがくれた紙には、
「食育の大切さを考えるははの会」
早ね早おき朝ごはん
いただきますごちそうさまはあい言葉
家ぞくだんらん
地さん地しょう
食のたいせつさを伝えましょう。
みんなで食育をもりあげましょう!
と書いてありました。
その日は食育のじゅ業がありませんでした。
ゆかり先生が早びきしたのである。
僕は家に帰ってお母さんにおばちゃんの紙を渡したら、
「食育の大切さを考えるははの会って、なんだかしょうわのきもった母さんみたいねえ」
と、にがわらいしていました。
しょうわのきもった母さんてだれだろう?
◆◆◆
×月×日 木曜日 曇り
3げん目はゆかり先生の食育の時間でした。
きのうのおばちゃんたちが教室にはいってきて、じゅ業さんかんみたいに後ろに立ちました。
うでをくんでいます。
ゆかり先生はオドオドしています。
今日はえいようその話はしませんでした。
というのは、カルタをみんなでやったのでした。
おばちゃんたちが作ったカルタなのである。
でも少し悲しかったです。
「て」のふだを、すがい君とさかした君がとりあってけんかしました。
さかした君が勝ったので、すがい君は泣きました。
僕はさかした君よりすがい君なのに。
じゅ業が終わったあと、こわいおばちゃんたちが
「ほらね。えいようその話をするより、カルタをしたほうが子どもだちの目がキラキラしてるでしょう? これこそ食育よ」
とこばん先生にせっ教をしました。
それから、こばん先生はおばちゃんたちにどこかに連行されました。
おとなの事情だろう。
<今日勉強したこと>
日本ごには、あいうえお、のほかに、いろはにほへと、というじゅんばんがある。
カルタで勝つのには、はじめからねらうふだを決めて、ねらったふだはぜったいに取る。
お母さんにカルタの話をしたら
「で、どんなくをおぼえたの?」
「く?」
「先生がよんでくれたでしょ?」
「そんなのぜんぜんおぼえてないよ」
「食育カルタなのに、くをおぼえなかったのねえ」
お母さんはあきれていました。
カルタに勝つのにいそがしくて、くはよく分からなかったよ。
それが現実というものなのだ、あけち君。
◆◆◆
×月×日 金曜日 雨
今日も食育の時間におばちゃんたちが後ろに立っていました。
うでをくんでいます。
ゆかり先生は今日はジャージを着ています。
きのうまでよそいきのきれいな洋服を着ていました当の本人が、今日はちまよったか、ジャージで、スリッパをはいています。
今日もえいようその話はしませんでした。
おばちゃんたちに怒られるからかな。
というのも、なぜかとなると、ゆかり先生は紙しばいをしたからです。
おばちゃんたちが作った紙しばいです。
ニンジンとピーマンが旅行する話です。
すききらいをなくすために旅行する話です。
つまんなかった。
いつも見てるテレビにくらべたら、絵もへただしストーリーもたいくつだし、こういうのを子どもだましというのだ。
えいようその話がいいのにな。
お母さんが感心するようなことを勉強したいのに。
じゅ業が終わったあと、おばちゃんたちが
「それでいいのよ。やればできるじゃない。子どもだちの目がキラキラしてるでしょう? これこそ食育よ」
とゆかり先生をほめていたので、うれしかったです。
ほっとしました。
目がキラキラしてるのはだれだろう?
<今日勉強したこと>
すききらいをなくすためには、旅行するとよい。
◆◆◆
おれは日記帳を閉じた。
部屋の整理をしてたら、はるか昔、7歳のころの日記帳が出てきたのだ。
そういや、あのころ、食育って流行ってたよなあ。
やたらと食育にうるさいおばさんたちがいたよなあ。
朝ごはん食えだの、
いただきますを言えだの、
ごちそうさまを言えだの、
箸を上手に使えだの、
やかましかったなあ。
「地元の野菜は世界一安全でおいしい」
なんていうのも耳にタコができるほど聞いたなあ。
地産地消ってやつだ。
けど、隣の県にいるイトコに聞いたら、隣の県でも
「地元の野菜は世界一だ」
と言ってる食育おばちゃんがおおぜいいたようだ。
どっちが世界一なんだよ。
つーか、他の国といつ比べたんだよ。
つーか、全部の県が
「地元の野菜は世界一安全でおいしい」
んだったら、日本中すべての野菜が安全でおいしいってことになんじゃね?
お、3分たったな。
おれはカップラーメンのふたを開けた。
「あちちち」
指に湯気がかかったのだ。
ほとんど噛まずにカップラーメンを胃袋に流し込むと、こんどはコカコーラをごくごく飲んだ。
ふー。
ちょっとマンガ読も。
ちょっとだけ読んだら、こんどこそ勉強開始しなきゃな。
留年、したくないもんな。
でもちょっとだけ、マンガ読も。
ポテトチップスの袋を開けると、おれはマンガを持ったままごろんと横になった。
しかしアレだね、試験の日が迫れば迫るほど、ふだん読まない昔の日記を読んだりマンガを読んだりしていまうのは、なぜなんだろうね。
「講師になりたい人 教室を開きたい人 のための 簡単! 開講マニュアル」
開講7つ道具!から、ギャラの決め方、カルチャースクールとのつきあい方まで・・・
詳しくはこちら。
http://blog.goo.ne.jp/antiaging/e/7acb56e925c0214c7a294c71620cbb7c
★★★
松宮園生です。
第XXX回通常国会で、「地産地消絶対法」が可決されました。
与党の拍手のなか、深々と頭を下げる烏山首相。
「地産地消絶対法」
どんな法律かというと。
「ものを食べたり飲んだりするときは、半径160キロ以内で生産されたものだけを食べなさい。違反した者は、食育3年、または身土不二5年の刑に処す」
という法律です。
地産地消の心構えが足りなかった国民は震え上がりました。
「食育3年の刑」って、どんな刑なのでしょうか?
「身土不二5年の刑」ってどんな刑なのでしょうか?
よく分からないまま、
「なんだかもの凄く恐ろしい刑らしいぞ」
というウワサだけが日本列島を走りました。
なぜ半径160キロなのかというと、これはアメリカの真似です。
アメリカでは地産地消のことを
Local Harvest (ローカル・ハーベスト)
Locally Grown (ローカリー・グローン)
などと表現しますが、どこまでが Local (ローカル)かというと、カリフォルニアあたりでは
「半径100マイル」
が目安となっていることが多い。
100マイルというのは、メートル法に換算して160キロです。
なので、160キロ。
◆◆◆
この法律により、デパートなどの歳末お歳暮合戦は打撃を受けました。
遠方の人に、贈りものがしにくくなったのです。
アナタが世話になった恩人が大阪にいる。
あなたはその人に、秋田のきりたんぽ鍋セットを贈ったとします。
大阪の人がそれを食べたら…。
「地産地消絶対法」違反です。
食育3年、または身土不二5年の刑です。
インターネットで
「産地直送! おいしさをお取り寄せ」
なんて商売をしてたサイトも、アウトです。
福岡に住んでいるアナタが、沖縄の海ぶどうをネットで取り寄せて食べたら…。
「地産地消絶対法」違反でのかどで、食育3年、または身土不二5年の刑。
東京在住のアナタは、宮崎マンゴーを食べることができません。
食べたかったら、宮崎まで行け。
名古屋のアナタは、北海道産のカニを食べることができません。
食べたかったら、北海道まで行け。
…てことは、旅行業者あたりは大儲けかもしれませんね。
しかし、この法律は本来、
「住んでる近くのものを食え」
という主旨の法律です。
「遠くにでかけて、その土地の特産物を食べなさい」
という主旨ではないんだけど。
◆◆◆
スーパーマーケットも大変です。
「地産地消商品」
を揃えなければならなくなりました。
輸入品などもってのほかです。
しかしこの法律は、「売る人」ではなく「買う人」を罰する法律です。
遠隔地のものを売りたきゃ売ってもいいけど、それを食べたら法律違反だよ。
というものでした。
なので、売るほうよりも、買うほうがもっと真剣です。
買うほうは、
「このイチゴ、わたし南田伸吾が作りました」
と書いてある写真と紹介文を真剣に読み、その農場まで出かけ、南田伸吾さんが160キロ以内に実在するかどうかを確認したりするわけです。
烏山首相は、内閣府の下に「地産地消庁」という早口言葉みたいな役所を作り、スーパーマーケットで「不正=地産地消破り」が行われていないか、監視しています。
監視する人は、「地産地消ポリス」と呼ばれました。
この地産地消ポリスが各地を巡回しているのです。
飲食店も大変です。
料理を見ただけでは、地産地消かどうかを確認することができません。
そのため、地産地消ポリスが厨房を巡回し、いろいろチェックを入れています。
しかし、「地産地消絶対法」の決まりでは、違反してタイホされるのは「作る人」ではなく「食べる人」です。
なので、食べるほうは、どの飲食店が「地産地消100パーセントメニュー」になっているかを事前に調べなければなりません。
そんな状況でも外食したい、という人のために
「地産地消ミチュラン」
という本が発行されました。
◆◆◆
しかし、この法律のせいでもっとも混乱したのは意外なところでした。
新大阪駅の売店で「大阪弁当」を購入し、東京行きの新幹線に乗り込むビジネスマン。
弁当を開くのは、京都を過ぎてからです。
京都で人の乗り降りがあるので、それが終わってから弁当を開くほうが落ち着くのです。
京都を過ぎてまもなく、車掌がやってきました。
「お食事中えろうすんまへん。切符を拝見させてもらえまっか」
ビジネスマンは胸ポケットから切符を取り出します。
「どうもおおきに」車掌は切符を返しながら言いました。「ところでそのお茶、まだ飲んだらあきまへんで」
「え?」
「そのお茶、静岡産っちゅうことは分かってまっか」
「それが何か?」
「それが何かって、あんた。何いうてまんねん。それ飲んだら地産地消絶対法に違反するやないか」
「は?」
「静岡から160キロ圏内に入るまで、待たな」
「は?」
「わて、地産地消ポリスなんですわ。副業で車掌やってまんねん」
あっけにとられるビジネスマン。
「ところでそのお弁当やけど」車掌は続けます。「大阪弁当ちゃいまっか?」
「は? そうだけど?」
「そのタコヤキは、姫路で作られたもんでっせ」
「それが何か?」
「それが何かって、あんた。何いうてまんねん。それ食べたら地産地消絶対法違反やないか」
「は?」
「タコヤキ、もう食べれまへんで。ついさっき、姫路から160キロ圏を超えてもうたんやから」
「い、いや、しかし」
「しかしもなにもあらへん。地産地消絶対法を破ったら、食育3年、身土不二5年でっせ」
「いや、でも」
「気をつけんと、お客さん。東京行きの新幹線に乗るときは、大阪弁当買うたらあきまへん。名古屋弁当を買わんと」
車掌は立ち去ろうとしましたが、ビジネスマンはその裾をつかみます。
「ちょ、ちょっと待ってよ、車掌さん。さっき買ったばかりの弁当だよ。850円、払ったんだ。それが法律で食べれないなんて、そんなくだらない話があるかよ」
「たしかに、くだらない話やなあ」車掌は振りかえってニッコリ笑いました。「これ、上りの新幹線やからねえ」
(21世紀にもなって、こんなオチですみません…)
★★★
松宮園生です。
今どきの貸農園は、客は遠方の都会からたまに来て趣味的に農作業をするだけで、普段の世話は地元のスタッフがやっている、というのが多いですね。
農園にはカメラが設置され、客は作物が生育する様子を自宅でインターネットで見ることができたりします。
「もしもし。区画12番を借りてる高木だけど」
「あ、高木さん。お世話になりやーす」
「この声は、スタッフの稲田君かな」
「稲田でーす」
「そっちはだいぶ寒いかな」
「そうでもないっすー」
「今朝からインターネットで畑の様子を見てたんだけど、雑草の取り方が甘いんじゃないかと思ってね、それで電話したんだけど」
「えっ、甘いっすかー?」
「甘いってばよ。稲田君、ちょっと自分の目で見てごらん」
「は、はい。…あー、本当だー。抜いたつもりの草が、また根っこを広げてまーす。すんませーん、バイト任せにしちゃったんでー。今から全部抜きまーす」
「そうかい。悪いな。よろしく頼むよ」
「もしもし。高木だけど、稲田君いる?」
「もしもし、稲田でーす。先ほどはすんませーん。雑草はあらかた取りましたが、どっすかー?」
「インターネット・テレビで作業の様子を見させてもらったよ。大変だったね」
「仕事っすからー」
「疲れたでしょ」
「仕事っすからー」
「あのさ、害虫のボウボウムシが飛んでいるのが映っていたけど、大丈夫なの?」
「ボウボウムシ? この季節にボウボウムシはまだ早っすよー。てか、高木さん、詳しいっすねー」
「勉強しているからね。で、あれはマジでボウボウムシだったよ。だって、羽が青と白の縞模様だったし」
「羽が青と白の縞模様っすかー、たしかにそれはボウボウムシっすねー」
「ボウボウムシだってばよ。何とかしてくれよ。せっかくの野菜がダメになっちゃうよ」
「でもなんでこんな季節に…」
「知らないよ。地球温暖化かなにかじゃねーの。とにかく何とかしてくれ」
「わ、分かりましたー。フェロモン・トラップ、仕掛けまーす」
「頼むよ」
フェロモン・トラップ:
害虫のメスが発するフェロモンを使ってオスを捕えてしまう方法。
オスがいなくなることで、害虫の繁殖を防ぐことができる。
「もしもし。さっき電話した高木だけど」
「…稲田っす。今度は何っすかー?」
「はははは。何を警戒してんだよ。フェロモン・トラップを仕掛ける様子、インターネット・テレビで拝見させてもらったってばよ。お疲れさん」
「仕事っすからー」
「疲れたでしょ」
「仕事っすからー」
「ボウボウムシはトラップにかかっているかな?」
「見てきます。…まだ何もかかっていないっすねー」
「そうか。じゃああれは、ボウボウムシじゃなかったかもしれんなあ」
「ボウボウムシの季節は今じゃないっすよー、高木さん」
「そうかもしれんなあ」
「だから言ったじゃないっすかー」
「…それで調べてみたんだけどさ、昼間に見たのはボウボウムシじゃなくて、ヒラタシロムシだったんじゃないかな?」
「ヒラタシロムシすかー?」
「あれも羽が青と白の縞模様だろ?」
「そうっすけどー、ヒラタシロムシって、激レアっすよー。めった見つからないっす」
「悪いけどさ、稲田君。ヒラタシロムシにフェロモン・トラップ、仕掛けてくれないかな」
「いいっすけど、ヒラタシロムシのフェロモンはここにないっすよー」
「そう思ってね、売ってるところをインターネットで調べておいたんだってばよ。北井インターチェンジ降りたところの『アグリセンターほさき』に置いてあるそうだよ」
「北井インターって、けっこう遠いすよ」
「遠いのは分かってるってばよ。でも頼むよ、ヒラタシロムシのフェロモン、仕掛けてほしいんだ。じゃないと、野菜がやられちゃうかもしれないだろ?」
「…分かりました。今から行ってきます」
「悪いね。ありがとう」
「もしもし。高木だけど、稲田君?」
「稲田でーす。『アグリセンターほさき』行ってきました。いまトラップ仕掛けたところっすー」
「インターネット・テレビで見てたよ。ありがとう。お疲れさん。
「仕事っすからー」
「眠いだろ?」
「そうっすね。腹も減ったんで、今から晩飯を作ろうと思ってたっすー」
「それでさ。あのさ。そろそろ畑に水を撒いたほうがいいと思うんだが、どうかな」
「そうっすかー? 水はあまりやらないほうがいいんすけどねー」
「普通はそうだけど、だって、この2週間近く、雨降ってないってばよ? 心配でね」
「2週間だったら、大丈夫っすよー」
「いやいや、そうはいかないってばよ。野菜がやられたら困る。頼むよ、水、撒いてくれよ」
「…分かりましたー。明日の朝一番で水、撒きます」
「今すぐやってくれないか? 明日の朝まで待つのは心配だから」
「すみません、高木さん。オレ、めちゃくちゃ疲れて腹減ってて、眠いんで、先にメシ食って寝かせてくれません? 明日起きたら、絶対水撒きますんでー」
「それは分かるけどさ、頼むよ、野菜だって生きてるんだってばよ。乾いているときに水、ほしいはずだろ? 客が頼んでるんだから、やってくれってばよ」
「…分かりました。今から水、撒きます。撒き終わったら、高木さん、オレ、メシ食って寝ていいすかー?」
「もちろんだよ、そうしてくれよ」
「もしもし。高木だけど。稲田君?」
「…はぃ…」
「寝てた? 起こしてすまんなあ。あのね、北井インターチェンジ降りたところの『アグリセンターほさき』のことなんだけどさ、さっきインターネット見てたら、本日限定でアグリームを売ってるらしいんだ」
「アグリーム?」
「ほら、話題になった幻の肥料だってばよ。トマトの大きさが倍になったってやつ」
「はぁ…そういうの、ありましたねー」
「なんだよ、鈍いなあ。あのアグリームが売ってんだよ。前からほしかったけど、なかなか手に入らなかったんだってばよ」
「はぁ…」
「買ってきてくれないかな? で、すぐに撒いてほしいんだけど」
「はあ? いま夜中っすよー。店、しまってるっすよー」
「それがだな。稲田君。『アグリセンターほさき』は毎週火曜日はオールナイトで店やってるんだってばよ。インターネットで調べたら分かったんだ」
「すみません、高木さん。明日じゃダメっすかー?」
「だってアグリームは人気商品なんだよ。明日になったら売り切れるかもしれないってばよ?」
「そうかもしれないっすけどー」
「客が頼んでるんだから、ひとっ走り、やってくれってばよ」
「…分かりました。今から行ってきます」
「もしもし。高木だけど。稲田君?」
「…はぃ…」
「アグリームは見つかった?」
「はい、買ってきました」
「インターネット・テレビに映してよ。見たいんだ」
「パソコン立ち上げなくちゃいけないんでー、明日じゃダメっすかー? めちゃ眠いんすけど」
「いいじゃないか。ちょっと移すだけだからってばよ」
「…分かりました。ちょっと待ってください」
(数分後)
「もしもし。高木だけど。稲田君? インターネット・テレビ、映らないみたいだけど」
「やっぱそっすかー。パソコンの具合がおかしいみたいでー」
「映らないねえ」
「映らないっすかー」
「困ったな」
「プログラムがおかしいのかもしれないっすー」
「それは困ったな」
「明日、山崎が来るんで、あいつコンピューター得意なんで、あいつに直させます。そしたらすぐに画像、送りますんで」
「明日まで待てないなあ。だってアグリームを買えたんだろ。いますぐ見たいんだが」
「でも、無理っすよー。オレ、コンピューター詳しくないしー」
「…しかたがないなあ。じゃ、今からそっち行くよ」
「はぁ?」
「コンピューター詳しいんでね。今からそっち行くから、待ってて」
「はぁ? 東京から来るんですか?」
「違うよ。何言ってんだよ。きみと同じ町内に住んでるってばよ」
「はぁ?」
稲田君が唖然としていると、5分後に、高木さんが農園に姿を見せました。
(終わり)
★★★
松宮園生です。
「株式会社 食育」の花形部署といえば、「火星人接待部」でした。
文字どおり火星人を接待するのです。
火星人との交流が始まって10年。
火星人との友好を保つことは、日本だけでなく地球じたいの
重要な外交課題です。
そのため、「株式会社 食育」は国連から多額の報酬を
もらっていました。
当然のことながら、「火星人接待部」は「株式会社 食育」の
重要部門でありました。
◆◆◆
新入社員の松宮園子が配属になったのは、なんとその「火星人接待部」でした。
こんな重要な部署に新入社員のが配属されることは珍しかったので、園子は大喜び。
火星人の接待(晩餐会)は月に1度のペースで行われており、今月の晩餐会は数日後に迫っていました。
園子はそれに出席することになりました。
「接待デビュー」です。
部長が園子に1枚の紙を渡します。
見ると、晩餐会のメニューでした。
美味しそうな料理がいくつも、そこに書かれています。
「このメニューを、松宮君、あなたに読みあげてもらいますから、噛まないように練習しといて」
「わたしが読むんですか?」
「そうよ。あなたの声は火星人好みだから」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。新入社員のあなたが火星人接待部勤務になったのも、その声のおかげなんだからね」
声を評価されたのは生まれて初めての園子でした。
園子が嬉しそうな顔をすると、部長が
「水を差して悪いけど、火星人の接待はそんなに楽しいわけじゃないからね」
園子は表情を引きしめました。「まさか、セクハラとか…?」
「そんなんじゃないけど、欲求不満のたまる晩餐会になるからね、覚悟しといて」
「どういうことですか?」
怪訝な顔をする園子。
しかし部長は、
「晩餐会が始まったら、すぐに分かるから」
と言ったきり、口をつぐんでしまいました。
◆◆◆
接待当日。
晩餐会は、国連ビルの「アップル・ルーム」で行われました。
国連事務総長と数名の幹部、それから「株式会社食育」のスタッフとして園子と部長が、「地球側」に座っています。
「火星側」に座っているのは、大きな頭を何本もの触手が支えている、いわゆる典型的な火星人たちでした。
昔から絵に描かれているとおりの、タコに似たあの姿です。
簡単な挨拶の儀式のあと、晩餐会の始まりです。
…と言いたいところですが、料理が運ばれてくる気配がまったくありません。
にも関わらず、国連事務総長が、部長に向って
「じゃ、スタートしてくれるかな」
と言いました。
部長が言いました。
「松宮さん、メニューの文章は持って来たわね」
「持ってきましたけど…」
「じゃ、始めるからね」
部長がマイクを持って立ちあがりました。
「火星のみなさま。ようこそお越しくださいました。それでは、株式会社食育を代表して、松宮園子より、本日のメニューを説明させていただきますから」
園子にマイクを手渡し、部長は着席しました。
(料理が来てませんけど、いいんですか?)とひそひそ声で質問する園子。
(いいからメニューを読みなさい)応える部長。
園子は緊張したまま立ちあがりました。
「では説明します」園子が言いました。
◆◆◆
「まず前菜ですが、最高級パルミジャーノ・レッジャーノのイベリコハム巻き。パルミジャーノ・レッジャーノは1口サイズに丸くカットし、イベリコハ
ムで丁寧に巻きました。食べ方ですが、15年熟成したアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレに浸して食べていただきます。なお隠し味に樹齢200
年のスペイン産オリーブオイルをお好みで1滴、垂らしていただくと、味わいが深まります」
園子がそう言うと、火星人のあいだから「ほー」という溜息がもれました。
「次は」
と園子が言おうとした瞬間、部長が彼女を押しとどめました。
(まだ喋っちゃダメだから。10分間、時間をおきなさい)
(は? どういうことですか)
(火星人は今、メニューを味わっているんだから。10分待って、次のメニューに行きなさい)
(はあ…)
よく分からないながらも、園子は口を閉じました。
10分間の沈黙。
10分が経過すると、部長が合図し、園子の口が開きました。
「次はマッシュルームのソテーです。手のひらサイズのポルトベロー・マッシュルームは、ウェスタン・ヘムロックの原木を使って栽培されたものです。その肉
厚なポルトベロー・マッシュルームに、シチリア産のセミドライトマトと比内鶏のムースを詰めたものを、ステビア農法で有名な桂農園で栽培されたピンクガー
リックでソテーしました。油はドイツ産の香ばしいアマニ油を使用しています。たいへんお熱いので、お口に入れるときはお気をつけください」
ふたたび、火星人のあいだから「ほー」という溜息がもれました。
部長が「しー。10分間、待ちなさい」という仕草をします。
10分間の沈黙。
「スープですが」10分がたち、園子は続けます。「世界5大健康食品の1つ、インドのレンズ豆を使ったスープ、バニラ風味です。マダガスカル産のバニラビーンズを使っています。乾燥したマンゴーの皮を細かく砕いたものを少し入れたことで、複雑な味になっています」
「ほー」
10分間の沈黙。
「次ですが、日本海は富山湾でとれたホタルイカをふんだんに使った、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノです。陽光ふりそそぐ相模原台地で育った、甘い春キャベツの歯ごたえと一緒にお楽しみください」
「ほー」
10分間の沈黙。
「本日のメインは2つございます。まず魚料理。ニュージーランドはマウント・マンガヌイから直送されたクレイフィッシュの、炭火コショウ焼ケイジャン風です。コショウですが、南インドはマラバル産のホワイト・ペッパーを大粒で挽いて使っています」
「ほー」
10分間の沈黙。
「次に肉料理ですが、オーストラリアはビクトリア州バララットで育ったダウンアンダー・バッファローの、柔らかいリブアイステーキです。味つけにホースラディッシュ醤油とワカモレディップを用意してあります」
「ワカモレディップでステーキを食べるというのは、面白い組合せですなあ。ほー」
10分間の沈黙。
「本日のデザートでございますが」と園子。「カスタードクリームにメレンゲを混ぜ合わせ、フロリダはインディアン・リバー産シトラスの甘露煮を挟んだものをのせたタルトです」
「ほー」
◆◆◆
「いやあ、すばらしかった。いつもながら地球の食事は、感動的ですなあ。来月も楽しみにしておりますぞ」
火星人たちは口々に礼を言い、アップル・ルームを去っていきました。
実際には、料理は運ばれて来ませんでした。
何も食べないまま、晩餐会が終わったのです。
「株式会社食育はん、どうもおおきにな」
火星人を見送った国連事務総長が、アップル・ルームに戻ってきて言いました。
「おかげで火星の旦那連中も、えろう機嫌よく帰っていきよったで。また来月もこの調子で、よろしく頼んまっさ。ほな、わて仕事あるさかいに、ここで失礼するで」
事務総長と別れ、国連ビルを出た園子と部長。
部長が言いました。「お腹、空いたね。ラーメンでも食べて帰ろうか」
マンハッタン43丁目にあるラーメン屋で、園子は塩ラーメンを、部長はつけ麺を注文しました。
「あと、餃子もください」
「あいよ」
店員の後姿をみながら、部長が言いました。
「これで分かったでしょう。火星人の接待には、料理は出てこないから」
「ぜんぜん食べないんですか、あの人たち?」
「なに言ってるの。しっかり食べてたでしょ?」
「は?」
「あなたがメニューを読みあげたら、彼らは『ほー』って言ってたじゃない。火星人はあれで満足なんだから」
「そ、そうなんですか?」驚く園子。「つまり、言葉だけでお腹がふくれると…?」
「そう。火星人はね、言葉だけでお腹がふくれるわけ。実際に料理を作る必要がないんだから」
「そうだったんですか…」
「でもね、なおさら、言葉は手抜きできないんだからね。火星人は言葉を味わうらしいから。メニューだけは美味しそうな文章を用意しておかなくちゃいけないわけ」
「そうだったんですか…」
そこへ、塩ラーメンとつけ麺が運ばれてきました。
「じゃあ、せっかく美味しそうなメニューがあるのに、食べることができないんですね」割り箸を割りながら、園子が言いました。「火星人はそれでいいんだろうけど…」
「そう。火星人はそれでいい。でもわたしたちは、ヘビの生殺しのようなものだから」
「たしかにヘビの生殺しです!」園子は声を荒げました。「最高級パルミジャーノ・レッジャーノのイベリコハム巻き。ポルトベロー・マッシュルームのソ
テー。レンズ豆のスープ。ホタルイカとキャベツのペペロンチーノ。クレイフィッシュの炭火コショウ焼ケイジャン風。バッファローのリブアイステーキ。シト
ラスのタルト。そんなメニューを目にしていながら、何も食べることができないなんて」
「そのとおり」
「で、接待が終わったら、こんなところでショボい塩ラーメンを食べる羽目になるわけですね!」
「ショボい塩ラーメンで悪かったな、ビッチ」
太い声がしました。
園子が恐る恐る見上げると、ラーメン屋の店主が凄い形相で、包丁を握ったまま園子を見下ろしていたのでありました。
(終わり)
<参考図書>
「おいしさの表現辞典」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4490106947
あなたが松宮園生さんですか?
調査書に「気の弱そうなメタボ男性」って書いてありますが、なるほど、
そんな感じだ。
え? いや、こっちの話です。
気にしないでください。
ま、とにかく、おはようございます。
今日一日、松宮さんの特訓を担当いたしますノエル肝川といいます。
いえいえ、両親ともにベタな日本人です。
本名は肝川紀夫というんですけど、自分で勝手にノエルにしちゃいました。
この顔でノエルです。はっはっは。
自分で言ってりゃ世話ないですね。
よろしくお願いします。
さっそく、特訓を始めますよ。
本日の課題は、ターゲットを絞ることです。
ダーゲットを絞るのは、マーケティングの鉄則、基礎の基礎です。
ではターゲットを決めましょう。
そうですね、誰にしましょうか。
お。
いま横断歩道をこっちに渡ってくる大男が見えますか?
はい、目つきの悪いあの人。
ゴルゴ13を下品にしたような感じの。
あの人を食育してみましょう。
ああいうタイプは、ぜったいに、食生活が乱れていますよ。
肉ばかり食べてる。
野菜とか、全粒粉のパンとか、玄米とか雑穀なんかは食べていません。
いただきます、ごちそうさまも言わないかもしれない。
家族団らん、明るい食卓、とも無縁でしょう。
地産地消に気をつかう、なんてこともなさそうです。
栄養学も、きっと知らないな。
つまり、明らかに食育の対象です。
では、レッツ食育。
行ってきてください。
なに尻ごみしているんですか?
顔が青いですよ。
食育、食育。
怖がっていてはだめです。
同じ人間、話せば分かります。
間違ったことを言うわけではないんですから。
さ、行った行った。
さっさと行けっつーに!
◆◆◆
松宮さん、あんたね、殴られたくらいで逃げてきてどうするんですか。
ちゃんと話をしましたか?
おどおどして声をかけても、聞いてもらえませんよ。
自分の食育には、自信を持たなきゃ。
食育に自信を持つ、これ、食育セールスの鉄則です。
なにをもごもご行ってるんですか、松宮さん?
ああ、歯が折れたわけね。
いいじゃないですか、死ななかったんだから。
労災認定も出るみたいだし。
どすこい、どすこい。
じゃなかった。
どんまい、どんまい。
でもね、食育に自信があるからって、トークのテクニックで食育しようとしてはいけません。
話術とか話法ではないんです。
ハートです、ハート。
心があれば、必ず思いは届きます。
食という漢字は、人を良くするって書くんですよ。
「身土不二」とも言うでしょう?
「医食同源」とも言いますよね?
だから、心です。
食育の心は、石塚左玄。
というわけで松宮さん。
もう一度、同じあの男性にチャレンジしてきてください。
あの人の粗暴な食生活を、松宮さんのハートで改善しましょう。
レッツ食育です。
ほら、姿が見えるうちに早く追いかけないと、行方がわからなくなってしまいますよ。
必要ならノエルのヌンチャク、貸しますから。
さ、行った行った。
さっさと行けっつーに!
◆◆◆
あ、いたいた。
松宮さん、探しましたよ。
こんなところで倒れていたんですか。
情けないですねえ。
ハエがたかっていますよ。
どこか腐敗でもしてるんですか?
服装、ぼろぼろですね。
でもそのほうが、松宮さんの顔には似合ってるかな。
はっはっは。
おやおや、財布もなくなったんですか。
情けないですねえ。
被害総額は500円くらいですか?
え、左の耳が聞こえない?
いいじゃないですか。
労災でますよ。
食育するのに、左の耳はとくに重要じゃありませんし。
それはともかく、あの男性にしっかり食育を語ることができましたか?
言うだけじゃだめです。
納得させないと。
なので、あのゴルゴ13がどこまで食育を理解したか、テストしてみましょう。
マジですかって?
そりゃ、マジですよ。
これが、テスト用紙です。
全部で100問あります。
50問が選択式、50問が記述式です。
1時間半くらいあれば、書ききれるでしょう。
今晩、あの男性を訪問して、テスト受けてもらってください。
大丈夫です。
話せば分かる。問答無用。…ちがうか。
居場所が分からない?
そんな「できない言いわけ」は許しません。
大丈夫です。
あの男性の居場所は、人口衛星を使ってちゃんと突き止めてありますから。
じゃ、夜になるまで休憩しましょう。
ノエル、優しい。
◆◆◆
松宮さん、日も暮れたし、そろそろテスト、やりましょか。
じゃあ、これ持って。
問題用紙と筆記用具です。
それからこれは、さっきの男性が住んでいるところの地図です。
がんばって行ってきてください。
レッツ食育。
大丈夫。
食育の心は必ず通じます。
食料自給率を上げる第1歩。
嫌がってどうするんですか。
だらしない。
食べる前に「いただきます」というのはどういう意味か知っていますか?
「命をいただきます」
という意味なんですよ。
あ、この場面でそれを言ったら、シャレにならないか。
ノエル、失敗。
はっはっは。
ま、とにかく行ってきてください。
あの男性が80点以上とれたら、松宮さんの特訓は修了です。
80点とれなかったらどうするかって?
とれるまで繰り返し、あの男性を食育してもらいます。
さ、行った行った。
さっさと行けっつーに!
★★★
松宮園生です。
「もしもし、ハロー。これは松宮さん?」
「そうですが」
「あたしはジェフリー・ダニエルズ社の
リチャード・フォースバーグといいます」
「ジェフリー・ダニエルズ? 聞いたことがあるような、ないような…」
「はい。外資系の人材紹介会社です」
「へー、外資系ね。で、人材紹介会社が僕に何の用ですか」
「あたしたちの調べでは、松宮さんは偉そうにフリーランスなどとうそぶいておられるけれども、稼ぎが悪くていつも貧乏しているそうね。ですから、あたしの考えではあなたはそろそろサラリーマンに戻ってはどうかしら」
「し、失敬な。大きなお世話です」
「まあ落ち着いて聞いてくださいな。貧乏な松宮さんにぴったりの会社があるんです」
「興味ないですね。僕はもうサラリーマンを辞めたんです」
「そう…。食育関係の会社が、役員を募集してるんですよ。役員給与、弾むって言ってるし」
「えっ?」
「話だけでも聞いてほしかったんだけど。残念ね。ではごきげんよう」
「ちょ、ちょっと待って」
「何?」
「い、いやその。話を聞くだけなら、聞いてみてもいいかなと、思ったので…」
「そう? 感心な心がけね。さっそくと言っては急だけど、明後日の12時に、目黒に来てくださらない? サンマでもご馳走しましょう」
「は?」
「目黒はサンマが名物なのよ」
◆◆◆
「あたしがリチャード・フォースバーグです。はじめまして、松宮貧乏さん」
「はじめまして。でも貧乏は余計だよ。『松宮貧乏』というのが名前だと思われちゃうじゃん。…それにしてもあんた、日本語うまいね」
「あたし、奥さん日本人なんです」
「なるほど。だからときどき女言葉になってるのか」
「しかし意外ね」
「何がですか」
「もう少し、イケメンを想像していたものですから」
「お、大きなお世話です」
「今回ご紹介したいのは、『株式会社 食育』というところなんだけど」
「はあ」
「食育をしている会社なんですって」
「はあ。そりゃまあ、そういう会社名だったら、そうなんじゃないですか」
「その会社、日本の食育を海外に伝える事業をこれから始めるそうです。で、人材を探してるってわけ」
「なるほど。それでアメリカから帰ってきたドロンパな僕に白羽の矢が当たったわけですか」
「ドロンパ?」
「オバケのQ太郎という昔のマンガにそういうキャラがあってね」
「ま、ドロンパとやらはどうでもいいんだけど…。というわけで松宮さん。ホントはもう少しイケメンがいいんですけど、この際、松宮さんでもいいです。…面接してみません?」
「えっ、もう面接?」
「ええ。じつは『株式会社 食育』のオフィスはすぐそこにあるんです」
「そ、そうなんですか」
「あたしはここで松宮さんの帰りを待っています。今から、行ってきて頂戴」
「今から行くの? ひとりで?」
「松宮さんが来ることは伝えてあります。なにか不都合でもあるかしら?」
「あ、いや、サンマ、いつ食べるのかな、と思って…」
◆◆◆
「わが社へようこそ。あなたが松宮さんですか。わたくし、『株式会社 食育』の人事担当役員、上野と申します」
「あ、ども。松宮です」
「しかし意外ですね」
「何がですか」
「もう少し高そうな服を着ている人を想像していたものですから」
「お、大きなお世話です」
「さて松宮さん。わが社は食育をする会社でして」
「はあ」
「日本の食育は世界でもユニークなものだと聞いております。たしか松宮さんのサイトにもそう書いてありましたね(※)」
「はあ」
(※)http://www.shokuiku-pro.com/modules/tinyd1/index.php?id=1
「そのユニークな日本の食育を、世界に広める事業を始めようと考えております。松宮さんも、ない知恵をふりしぼり、微力を尽くしていただきたい」
「はあ。なんかムカつくんだけど、その言い方」
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、ひとり言です」
「さっそくですが、入社試験をいたします」
「入社試験?」
「そうです。わが社はスピードが命でしてね。すぐに試験を受けていただきます」
「そんなこと、聞いてないすよ。それに、誰も入社したいなんて言ってないのに、試験ですか?」
「またまた、ご冗談を。まあいいでしょう。よくある話です。ではさっそく試験です」
「いや、だから、誰も入社したいなんて言ってないっつーに」
「(無視して)おーい、金谷部長。試験を始めるぞー」
「どもども松宮さん、はじめまして。お名前はかねがね承っております。人事部の金谷です。本日はよろしくお願いします」
「はじめまして。あのー、いきなり試験というのはちょっと」
「心の準備がまだ、とか言うんですか? 松宮さんともあろう人が、もう。なにを僕の彼女みたいなセリフを言ってるんですか」
「は?」
「(赤面しながら)ささ、試験を始めましょう。しかし意外ですね」
「何がですか」
「もう少し、腹回りの小さい人を想像していたものですから」
◆◆◆
「では松宮さん。ここにいる金谷君と、わたくし上野が、これから松宮さんを試験いたします」
「はあ」
「まず第1問。日本の食料自給率はどのくらいでしたっけ?」
「なんだそんなことですか。日本の食料自給率はカロリーベースで4割、金額ベースだと7割です」
「もう1回言っていただけますか?」
「日本の食料自給率はカロリーベースで4割、金額ベースだと7割です」
「ではその言葉を、逆から言ってください」
「は?」
「ですからその文章を、後ろから言ってください」
「後ろから言うんですか?」
「そうです」
「えっと、すでりわ…とだすべ…くがんき…。言えるわけないじゃないですか」
「うーん、こんな簡単なのを逆から言えないようだと、戦力とは言えませんなあ」
「そんなの、食育と関係ないでしょう。あんたは言えるんですか?」
「ええ、言えますよ。すでりわななとだすーべくがんき、りわんよですーべーりろかはつりうきゅじうりょくしょのんほに」
「わ、言えた! なんなんだこの人」
「わが社の社員はみな、こうですよ。ほれ、金谷君、言ってごらん」
「はいっ。すでりわななとだすーべくがんき、りわんよですーべーりろかはつりうきゅじうりょくしょのんほに」
「わ、言えた! お、おかしいよ、この会社」
◆◆◆
「いよいよ最後の1問です」
「まだ2問目じゃねーかよ。もう最後なんですか」
「2問もあればじゅうぶんです。…では松宮さん。ここにカルタの読み札があります。すべて裏返しになっています。この中から1枚、引いてください」
「手品でもするんですか?」
「まあ、とにかく引いて」
「はあ」
「ではその読み札を表にして。そこに書いてある句を読んでください」
「読むんですか。えっと…、日本人いつの間にやらコメ忘れ」
「もう1回、読んでください」
「日本人いつの間にやらコメ忘れ」
「では問題です。この句はどこが作ったものでしょうか」
「は?」
「この句を作った団体を当ててください。これは利き酒ならぬ利きカルタと呼ばれているゲームです」
「そんなの分んねえよ」
「そうですか、分からないんですか。ふぅ」
「何だよ、その馬鹿にしたような溜息は」
「(無視して)金谷君。答えてみてくれ」
「はいっ。その句はxx農政局が作ったものです」
「正解。ほらね、松宮さん」
「何がほらねだよ。こんな試験やってられるか。いやいややらされて、それで不愉快にされちゃあ、たまんねえよ。もう帰る」
「この結果じゃ、しかたありませんね。金谷君、エレベーターまで送ってあげなさい」
「いらねーよ! てか、ここ1階なんだけど」
◆◆◆
「お帰りなさい、松宮さん。いかがでしたか」
「何してんすか、リチャード?」
「お約束のサンマを焼いていますが、何か?」
「駅前で? てか、どこからその七輪を持ってきたんだよ」
「で、面接はいかがでしたか」
「あの会社、おかしいすよ。人を馬鹿にしやがって」
「さてはコテンチンにやられましたね?」
「笑いごとじゃねえっつーに。てか、それを言うならコテンパンでしょ」
「笑ってはいません。あたし、松宮さんだったら、ぜったい簡単にクリアできると踏んだんですけど」
「それってどういうことだよ。あの会社、いつもあんな面接をするってことか?」
「そう。いつもああなの。なので、たまには落ちる人がいます」
「たまにはって。じゃあほとんどは合格してんのかい!」
お疲れさんでした。
★★★
松宮園生です。
こんな求人広告がありました。
<株式会社 食育>
気のいい仲間と楽しく食育しませんか。
勤務地:東京
仕事内容:食育
給与:応相談
賞与:あり
昇給:あり
で、応募してみたらあっさりと採用されました。
◆◆◆
「今日から戦力に加わる松宮君だ。松宮君、簡単に自己紹介を」
「松宮です。趣味は市民農園。彼女いません。よろしくお願いします!」
「パチパチパチパチ(拍手の音)」
「松宮君のデスクはそこだ。期待しているよ、頑張ってくれたまえ」
「はい、頑張ります」
「課長」
「なんだね」
「で、僕は何をすればよろしいのですか」
「食育だよ」
「はあ?」
「わが社は食育をする会社だからね」
「それは分かってますけど…」
「じゃあ早速、食育をしたまえ。そうだな、今日は代々木公園あたりで食育をしてくれるかな。庶務課で必要な資材を出してもらいなさい」
「はあ…」
◆◆◆
「あのう。庶務課はこちらですか」
「そうですよ」
「営業1課の松宮です。今日から社員になりました。さっそく代々木公園あたりで食育をしてこいと言われまして」
「じゃあ、この書類を書いてくれる? 代々木公園だなんて、寒いのに大変ね」
「あのー。『使用目的』の欄には何を書けば…」
「何でもいいのよ。ま、『食育』か『営業』って書く人が多いかな」
「じゃあ、『食育』って書いときます」
「じゃ、これ持ってって」
「これは?」
「道具カバンよ。行ってらっしゃい」
「カバンのなかには何が入っいるんですか?」
「食育の道具に決まってるじゃない」
「へ?」
「でも今は開けちゃだめ。酸化しちゃうから。現場で開けるのよ」
「酸化するんですか?」
「酸化しないのもあるけど、新人さんには酸化するほうを持ってもらうことになっているの。ほら、ぼさっとしてないで、さっさと行きなさい」
◆◆◆
「松宮君。ちょっと」
「なんでしょう、課長」
「きみねえ。食育の道具を酸化させたそうじゃないか」
「はあ、すみません」
「困るんだよ。道具は貴重品なんだからね。今度やったら給料下げるよ。これだから大学出のボンボンは困る」
「あのー」
「何だね」
「酸化しちゃったんで分からなかったんですが、あれは何だったんですか?」
「食育の道具だよ」
「いや、ですから具体的には何だったんでしょうか?」
「何を寝ぼけたことを言ってるんだ。食育の道具といったら、他になにがあるんだ。そんなことより、今日はちゃんと食育してきてくれよ」
「食育をしてこいと言われてもですね、課長、具体的に何をしたらいいんですか?」
「あのね。きみはトイレにいったら何をする?」
「それは…用を足します」
「そうだろう。それと同じだよ。食育をするといったら、食育をする以外にないだろう。さ、僕も忙しいんだ。さっさと行ってきてくれ」
◆◆◆
「松宮君。ちょっと」
「なんでしょう、課長」
「代々木公園できみが子どもたちを集めて紙芝居をしていたというのは本当かね」
「ええ、そうですが」
「何か勘違いをしていないか?」
「は?」
「そんなことをして、会社の売上は上がるのかね?」
「上がりませんが…。しかし食育をしてこいと言われたものですから…」
「あのねえ。これだから大学出のボンボンは困る。いいかね、われわれはボランティアをしているんじゃないんだ。稼いでナンボだろう」
「はあ」
「今日はちゃんと業績をたててくれよ。給料泥棒と言われたくなかったらな。さあ、行った行った」
◆◆◆
「松宮君。ちょっと」
「はあ」
「会議室で2人で話をしよう」
「はあ」
「この1ヶ月間、きみの仕事ぶりを見させてもらったがね。きみはあまり食育に向いておらんのじゃないかと思うのだが」
「はあ」
「営業成績もきみが最低だ。こんな社員は初めてだよ」
「しかし、単に食育をしてこいと言われましてもですね…」
「言い訳なんか聞きたくないんだ。きみのおかげで僕も社長からこっぴどく叱られたよ」
「いや、そう言われましても…」
「きみは食育には向いておらんよ。ほかにもっと、きみが活躍できる職場があると思うんだよね」
「く、クビということですか?」
「まあ、そういうことかな。残念だが、われわれも稼げない社員を飼っておくほどの余裕はないんでね」
◆◆◆
クビになってトボトボと歩く帰り道。
書店に立ち寄って転職情報誌を立ち読みしたら、こんな募集が載っていました。
<株式会社 身土不二>
あなたの力で、日本人の心、「身土不二」を推進しましょう!
勤務地:東京
仕事内容:身土不二
給与:応相談
賞与:あり
昇給:あり
★★★