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松宮園生です。
近所の野球クラブで4番ピッチャーをしている小学生のマツオ君。
練習の帰りに、コーチに呼ばれました。
コーチのかたわらに、背の高い男の人が立っています。
「マツオ。この人はな、この人はな」コーチが言いました。「プロ野球のスカウトの人だ」
マツオ君は目を丸くしました。
「えっ僕がプロ野球? 小学生なのに、いいんですか?」
早合点するマツオ君に、コーチは苦笑い。
「そんなわけねーだろ。でもな、スカウトさんが言うには、おまえには素質があるんだってよ。今のうちに目をつけて、青田買いをしたいらしい」
「あおたがい?」
「稲がまだ実らないうちに、田んぼを買うことだ」
「でもうちには田んぼなんかないよ」
「いや、それはたとえ話でな。要するに、若いうちに唾(つば)をつけておこう、というわけだ」
「知らない人の唾なんて嫌だよ。汚いじゃん」
「いや、これもたとえ話だから。おまえ、学校でちゃんと国語の勉強してんのかよ」
「だってコーチ、コーチはいつも、学校の勉強なんかしててもいい大人にはなれないって、言うじゃん。いつも言うじゃん」
「屁理屈こねんじゃねえ、このクソガキ」
「まあまあまあ」スカウトの男性が言いました。「とにかくマツオ君、将来プロ野球選手になりたくないかい」
「なりたーい」
「だったら、今のうちから食事に気をつけなくちゃいけないよ。僕はスカウトの中でも食育担当でね。きみのお母さんに会いたいんだけど、おうちまで案内してくれるかな」
「いいともぉ!」
「すみませんな、倉本さん」コーチが心からすまなそうに言いました。「こいつ、平成生まれの小学生のくせに、ギャグセンスが昭和なもんで…」
◆◆◆
ドアチャイムを鳴らすと、マツオ君の母親、園子さんが玄関に出てきました。
倉本さんは名刺を差し出しながら言いました。「倉本と申します。プロ野球のスカウトをしておりまして」
「まあ…。わたしなんかでいいのかしら」
頬を染める園子さん。
「なんでやねん。違うよ、母さん」倉本さんの大きな体に隠れていたマツオ君が飛び出します。「僕のことを言ってるんだよ」
「なんだ、そうだったのね」
倉本さんは苦笑しながら言いました。「お母さん、お宅のマツオ君には素質があります。ぜひ立派なプロ野球選手に育ってほしいのです。そのお手伝いにやって来ました」
「まあ、そうですか。主人が聞いたら大喜びしますわ。…で、お手伝いをしていただくというのは、どういうことでしょうか? うちはそんなにお金はないので、高い学校とかにはやれないんですけど…」
「ご心配なく。学校は変わらなくて結構ですし、野球もいまの野球チームで練習していただければ十分です。僕が気にしているのは食育です」
「はあ?」
「スカウトマンとして、マツオ君の食育をしに参りました」
「食育ですか」
「はい、食育です」
園子さんは少し機嫌を損ねたような顔をしました。
「ふうん、食育ね。でもわたし、こう見えても佐久間象子先生のもとで食育プリーチャー1級の資格を取ったんですのよ。あなたに教わることはあまりないんじゃないかしら」
倉本さんの柔らかな物腰は変わりませんでした。
「そうですか。食育プリーチャー1級とは、なかなか手強いですね。あれは稽古が厳しいと聞いてます。そうですか。1級ですか」
「ま、それほどでも」
自慢げに鼻をひくひくさせる園子さん。
「じゃあ僕の出る幕なんかは、ないかな。参考までに教えてください。ご家庭では、どんな食育をなさっているんでしょうか」
「食育プリーチャー1級として、当然のことをしています」
「といいますと?」
「早寝早起き朝ごはん。いただきますごちそうさまは愛言葉。語り合おうその日のでき事食卓で」
「3つとも内閣府の食育標語ですね。その通り実行しているということですね?」
「それだけじゃありませんわ。まごはやさしい、ははきとく。三角食べに口内調味」
「はあ、なるほど」
「それからね、バランスを保って3:1:2弁当法を実行しています」
「はあ」
「それから、家のなかには地産地消とフードマイレージのポスターが貼ってありますのよ」
「なるほど。さすが、佐久間象子直伝の食育プリーチャーだけありますね」
「1級です」
鼻をひくひくさせる園子さん。
「たいへんお見それしました。僕の負けです」倉元さんは頭を深々と下げました。「確かに僕なんかの出る幕はありませんね。すごすご退散いたします。じゃ、マツオ君、またね」
爽やかに、マツオ君に手を振る倉本さん。
去っていくスカウトマンの後姿を見ながら、
「勝ったわ」
つぶやく園子さんなのでした。
◆◆◆
翌日。
倉本さんの携帯電話が鳴りました。
「もしもし」
「あのう。及川マツオの母ですけど。昨日はたいへん失礼しました」
「といいますと?」
「主人に叱られました。せっかくスカウトが来て世話を焼いてくれると言ってるのに、つまらん食育勝負なんかで追い返してどうすんだ。カモがネギしょってやってきているのが、分からんのか、と言われまして」
苦笑する倉本さん。
「それで、倉本さん、あらためてマツオの食育をみていただきたいのですが…」
「いいですよ」
「ほ、ほんとですか。ありがとうございます」
「そのかわり、お願いが2つあります」
「なんでしょう」
「1つめのお願いは、マツオ君にプロ野球の試合を見せたいのです。連れて行っていいですか」
「それはもう、ぜひお願いします。マツオも喜びます。2つめは、なんでしょう」
「2つめは、お母さん、あなたにもプロ野球の試合に来ていただきたいのです。構いませんか?」
「はあ…? でもわたし、結婚してますし…。でも、こんなわたしでよければ…」
苦笑する倉本さん。「いえ、デートのお誘いではありませんから」
「そ、そうですよね。わたしったら」
「マツオ君と一緒に、来てほしいのです」
「わかりました。では参ります」
「じゃあ決まりだ。あとでチケットを送りますから、必ず来てください。これも食育です」
「試合を見に行くのが、食育なんですか?」
「そうです、食育です。詳しくは球場で説明します」
(野球の試合を見るのがなぜ食育なのか? 次号に続く)
<参考図書>
「野球食Jr.」
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「サッカー食」
http://astore.amazon.co.jp/shokuikuprodu-22/detail/4583037570