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「陛下、お時間でございます」
侍従長の声に、国王ヒシオ2世は憂鬱な顔をあげました。
侍従長の顔も曇っています。
侍従長の横に、総理大臣が立っていました。
総理大臣が言いました。「国家100年の計のため、軍隊を強くするため、臣民のためでございます、陛下。なにとぞ…」
「分かっておる。みなまで申すな」
「はっ」
国王が総理大臣と侍従長を従えて会食の間に入ると、そこには内務大臣、外務大臣、陸軍大臣、海軍大臣、大蔵大臣、枢密院議長など、国家の主要な面々が、直立不動の姿勢で待ち構えていました。
国王がまず着席し、大臣たちがそれに倣(なら)います。
「料理長が、陛下にメニューのご説明をしたいと申しております」侍従長が国王に耳打ちしました。
「許す。説明せよ」
侍従長の合図に従い、宮殿料理長が国王の前に進み出ました。
「申し上げます。本日のお品書きでございますが…」
料理長が説明したメニューはこうでした。
* キングダム・サラダ
* ピュージェット・サウンド風クラムチャウダー
* オマール海老のケサディーヤ ワカモレとトマトサルサで
* ロースト・プライムリブ ホースラディッシュ添え
* デザート:バニラクレームブリュレ
* コーヒー
国王は鷹揚(おうよう)にうなずき、料理長は厨房に戻りました。
ほどなく、最初の料理が運ばれてきました。
酒がふるまわれ、会食が始まりました。
◆◆◆
国王は黙ったまま食事を進めました。
口をきく臣下もいませんでした。
国王が会話を禁じたというわけではありません。
ただ、誰もが沈黙していたのです。
料理が不味かったわけではありません。
サラダは、厳格な手作り有機栽培のロメインレタスを素材に、
* 国王自身が趣味で育てたニンニク
* ウユニ塩原から取り寄せた塩
* 東インド会社がビクトリア女王に献上したのと同じコショウ
* 「南アフリカの果物王」と呼ばれるゴールドフラワー家が食べているレモンの果汁
を使ってドレッシングとしています。
クラムチャウダーは、シアトルで開かれる世界クラムチャウダーコンテストで2度優勝したプレミアム・ジェイクスのレシピを、宮殿料理長が半年かけて研究したものです。
クラム(2枚貝)は、王立海洋研究所が所有する海岸で採集されたものです。
オマール海老のケサディーヤは、シカゴにある世界でもっとも有名なメキシコ料理店のレシピを、これまた宮殿料理長が半年かけて研究したものです。
オマール海老も、クラムチャウダーのクラム同様、王立海洋研究所が所有する海域で捕獲されたものです。
新鮮なまま、捕獲して2時間後には、宮殿料理長のところに届いていました。
というわけで、どの料理も通常であれば、どんな不機嫌な人でも目尻が下がる美食のはずなのですが…。
◆◆◆
沈黙のなか、「ロースト・プライムリブ ホースラディッシュ添え」の出番がやってきました。
そのときです。
カメラマンが静かに入場してきました。
侍従長が国王に耳打ちし、硬い表情でうなずく国王。
カメラが静かに、流れるような段取りで設置されます。
設置が終わるやいなや、「ロースト・プライムリブ ホースラディッシュ添え」が運ばれてきました。
アメリカ農務省が指定する最高級のプライムビーフを用い、宮殿料理長が半年かけて開発したソースがかかっています。
ホースラディッシュは、王立農園で有機栽培されたものです。
絶妙な、ロースト肉の香りが漂います。
カメラマンは国王に向ってうやうやしく頭を下げ、それから
「5…。4…。3…」
と言いました。
放送開始までのカウントダウンです。
しかし
「2…。1…」
は声になりませんでした。
カメラマンは声に出すかわりに、2本指を立て、それから1本指とし、最後に無言(口パク)で
「お願いいたします、陛下」
と言いました。
カメラの前で「ロースト・プライムリブ ホースラディッシュ添え」を食べ始める国王ヒシオ2世。
心で泣きながら、顔では嬉しそうに食べなければなりませんでした。
国王にならい、同席の大臣たちも肉料理を食べ始めます。
「肉を食べる国王の姿」
は、カメラを通じて全国に放送されました。
この国の長い菜食主義の歴史は、この瞬間に幕を閉じたのでありました。
◆◆◆
ヒシオ2世の話はもちろんフィクションなのですが。
じつは昔、こんなことがあったそうです。
明治維新のころ。
「富国強兵」を掲げ、西洋諸国に追いつき追い越すことを目指す明治政府でしたが、大きな悩みを抱えていました。
国民の体格の問題です。
ヨーロッパの兵士はみな体が大きい。
日本の兵士は体が小さい。
これでは戦争に勝てるわけがない。
なんとかして、日本人の体格を変えなければ。
なぜ体格が違うのか。
どうしたらいいのか。
明治政府が至った結論は、
「日本人に肉を食べさせよう」
ということでした。
仏教の影響もあり、日本では歴史的に肉食はタブーとされていました。
実際には肉を食べるケースはそれなりにあったようですが、公には、肉食は「不浄である」と考えられてきました。
なので、国民に広く肉食が普及しているというわけではなかったようです。
さて、そうしたタブーを乗り越えて国民が肉を積極的に食べるようになるには、どうしたらいいのか。
明治政府は、なんと
「天皇陛下に肉を食べていただこう。そのお姿を国民に見せよう」
と考えたようです。
1872(明治5)年1月24日。
明治天皇は宮中で自ら牛肉を食べ、その姿を国民に示されました。
ヒシオ2世の話は、この歴史に触発され、それをちょっと今風に書いてみました。
「歴史のかげにグルメあり」
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