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2009.01.21 22:53

食育クリニック赤坂事務所 食育講師編

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人生最後の日は月面で迎えたい、松宮園生です。

 


「食育クリニック赤坂事務所」には、日々の食育活動に
いそしむ人たちが、癒しを求めて集まってきます。

「次のかたー、中森はるなさーん、どうぞー」
満員の待合室に、アシスタントさんの声が眠たげに響きます。
呼ばれた中森さんが、立ち上がりました。

「先生、お久しぶりですわね」
「久しぶりじゃの、中森さん。こないだ『月刊マイ食育』に
インタビュー記事が出てたのう。読みましたぞ」
「まあうれしい。先生に読んでいただけるなんて。…てか先生、
どうして『ご隠居言葉』なんですか?」
「いやあ、時代小説の読みすぎで、感化されてしもうた。まあ気にせんでくれ。で、今日はいかがなされた?」

「それが…。『月刊マイ食育』の編集部から食育の講師の仕事を紹介されたんですけど」
「ふむ?」
「すっごく怪しいんです。この週末に食育講座が予定されているのに、まだ講師が見つかっていないんで、助けてやってくれっていう話なんですけど」
「それは確かに怪しい。週末まであと何日もないというのに、講師が見つかっておらんとは」
「でしょ? 怪しいですわよね」

「怪しいのう。依頼者はどこのだれ兵衛(べえ)じゃ?」
「××県にある広告代理店だそうですの。住宅メーカーが主催するモデルルームの展示会で食育講座をするんですって」
「××県? ずいぶん遠いのう。しかしますますヘンじゃ。地元にも講師になれる人がいくらでもいるだろうに、わざわざ東京の出版社に問い合わせてくるとはのう」
「ヘンですわよねえ。なにかの国際的な陰謀でしょうか」
「たしかにヘンじゃのう。国際的な陰謀では全然ないと思うがな」

「その住宅メーカーを担当している広告代理店から、『月刊マイ食育』に問合せがあったようなんです。『大至急、講師を紹介してくれ』って」
「それでそなたに白羽の矢が立ったわけじゃな」
「ええ。でも怪しすぎです」
「こんな直前になるまで講師が見つかっていなかった理由とか、わざわざ東京の出版社に問合せをした理由は、聞いたかぇ?」
「聞いたんですけど、あやふやな答えしか返ってこなくて…」
「ふーむ。言いにくい理由のようじゃな。すでに講師が決まっていたのが、何らかの事情でトラブった。その噂が地元で広がり、地元で講師ができる人は全員、代役を断った、とも考えられる」

「それにね、先生。怪しいのはそれだけじゃないんです。講座で何を話したらいいのって尋ねたら、『テーマは何でもいいです。お任せします』っていうんですよ」
「それならもっけの幸い、好きに話せばよろしい」
「まあ、他人事(ひとごと)だと思って、先生ったらもう。『何でもいいです。お任せします』ていうのが、一番困っちゃうのよ」
「冗談、冗談。左様(さよう)、何でもいいというのが一番いかん。ターゲットは決めねばならん。子どもの前で話すのか、家族づれに向けて話すのか、年配の方のために話すのか、で、内容も話し方も変わるからのう」
「でしょ? ターゲットが曖昧なまま講座を開くなんて、プロのすることじゃないですわよね。異常です。怪しすぎです。やってられません」

「たしかに怪しい。で、中森さんはこの老いぼれになにを相談したいのじゃ?」
「はい。講師料をいくらで請求しようかと悩んでおりまして…」
「怪しい怪しい言うといて、引き受けるんかい」

◆◆◆

後日。

自家製マクロビ弁当を、セオリーどおりに「三角食べ」していると、アシスタントの声が。
「先生、中森はるなさんから電話ですよー。なんだか怒ってますー」

「もしもし」
「あ、先生? 中森です。いま××県にいるんです。住宅メーカーの食育講座に向かってるんですけど」
「おお、例のやつじゃな」
「駅まで迎えにくるって言われたのに、ぜんぜん来ないんです。電話しても出ないし。おまけにここ無人駅だから、待合室もないんです」
「それは大変じゃな」
「こんなに寒いのに、外で待ちぼうけです。トイレもないんですよ! どうしてくれるんですか」

「え? わし?」
「だってJRに電話したのに、取り合ってくれないんですもん」
「JRに電話?」
「待合室もトイレもない無人駅を作ったのは、JRの責任でしょ。先生、どうしてくれるんですか」
「いや、わしはJRではないのじゃが…」
「なにわけのわからないこと言ってるのよ。先生なんて大嫌い」

電話が切れました。

しばらくすると、再びアシスタントが。
「先生、中森はるなさんから電話ですよー。なんだか怒ってますー」

「もしもし。迎えの車は来たかね?」
「ええ、来たことは来たんですが、人を待たせといてごめんなさいの一言もないんですよ。ニヤニヤしているだけで。人を馬鹿にしてる」
「ふうむ」
「おまけに現場に着いたら、老人会のイベントだったんです」
「ほう」

「ほう、じゃありません、先生。『子どもを持つ若いお母さん向けに話してくれ』って言われてたのに、ふたを開けてみたら老人会だなんて」
「ぜんぜん話が違うではないか」
「そうなんです。あと30分で講座が始まるんですけど、急いで内容を考えなきゃ。わたし、どうしたらいいか」
「こ、困ったのう」
「ほんとですよ。もう、ぐだぐだです。どうしてくれるんですか、先生」

「え? わしの責任?」
「だって『月刊マイ食育』に電話したって取り合ってくれないんですもん。だから先生に文句を言うしかないじゃないですか」
「いや、そんなこと言われてもじゃな…」
「先生なんて大嫌い」

電話が切れました。

◆◆◆

しばらくすると、再びアシスタントが。
「先生、中森はるなさんから電話ですよー。なんだか怒ってますー」

「もしもし。あと5分で講座が始まるのではないかぇ、中森さん?」
「そうなんですけど、先生、頼んでおいた食材が、届いてないんです」
「なぬ?」
「広告代理店の人に文句を言ったら、『食材の注文なんていただいてましたっけ?』なんてニヤニヤしてとぼけるんですよ。信じらんない」

「それで、どうするつもりじゃね?」
「講座のスタートを遅らせてもらって、今から買出しに行ってきます。歩いて10分のところにスーパーマーケットがあるそうなんです」
「歩いていくのかね?」
「だって使える車が出払っちゃってて、ないんですって。こんな寒いのに、歩きなんていや!」

「誰かに買いに行かせればいいのではないかぇ?」
「だって、誰も手伝ってくれないんですよ…」
「困った相手じゃのう」
「もうこんな人たちとは仕事をしたくありません。どうしてくれるんですか、先生」

「え? わしの責任?」
「だって『月刊マイ食育』に電話したって取り合ってくれないんですもん。自分で何とかしろって答えるばっかりで。だから先生に文句を言うしかないじゃないですか」
「いや、そんなこと言われてもじゃな…」
「先生なんて大嫌い」

電話が切れました。

しばらくすると、再びアシスタントが。
「先生、中森はるなさんから電話ですよー。なんだか怒ってますー」

「もしもし。食材は買えたかね」
「買えましたけど、先生、量が多すぎて運ぶの大変だったのよ。両手にこんなに抱えて、ふらふらしながら10分も歩かされて。指は痛くなるし。わたしを軽くみないでほしいわ」
「いや、軽くはみとらんが…」
「体重は軽いのよ。…そんなことはどうでもいいの。先生はいいわよね、暖かい部屋に座ってるだけで、患者が来るんだから」
「おいおい、そんなところを攻撃されても…」
「なんでわたしだけこんな目に遭わなきゃいけないの」

泣きだす彼女。

「先生がちゃんとアドバイスくれないからこんなことになるんじゃないの」
「いや、そ、そう言われてもじゃな」
「わたしだってこんなの引き受けたくなかったわよ。でも引き受けないと、『月刊マイ食育』さんに迷惑がかかるんじゃないかと思って、気が進まなかったけど仕方なく受けたのに…」
「それは『月刊マイ食育』も悪い」
「だいたい先生もなによ。時代小説か何か知りませんけど、その喋りかた、なんとかしなさいよ! バカじゃないの?」

電話が切れました。
ついに講座が始まったらしく、それきり、中森はるなさんからの電話はありませんでした。

◆◆◆

パニック状態と戦いつづけた中森はるなさん…。

ところが妙なもので。
老人会向けに行われた中森はるなさんの食育講座は、たいへん評判がよかったそうです。
「すばらしい先生だ」
「また中森先生に来てほしい」
そんな声があがり、老人会の代表が、中森はるなさんに会うために××県を出発しました。

一方、中森はるなさんはその夜、自宅で熱を出しました。
イベントを企画した広告代理店があまりに杜撰(ずさん)だったのと、寒空のなかをバタバタさせられたためです。
寝込んでしまった中森はるなさん。
老人会の代表が自分を探しているとも知らずに、天井を見上げながら、やり場のない悔しさと怒りに涙を流しつづけるのでした。

 

 

 

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