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吹きつける21世紀の風、松宮園生です。
◆◆◆
新宿区オタク橋交差点。
新宿区でありながら、このあたりには場末(ばすえ)の
雰囲気たっぷりの飲食店が、軒を並べている。
不必要にアブラっこいラーメン屋とか。
常連しか入らないくせに、常連たちは漫画を読むことに夢中で、
おたがい口をきくこともない定食屋とか。
「中華料理 ほっけ」
は、そんな店の1つである。
中華料理なのになぜ「ほっけ」なのかは不明だ。
いや、ツッコむのはやめておこう。
なにしろ、いま僕は、その「中華料理 ほっけ」で餃子定食を食べているのだから。
聞いたこともない歌謡曲が次々、有線で流れてくるのを聞きながら…。
まだ宵の口なので、客は僕ひとりである。
しかしほどなく、次の客がやってきた。
大学生っぽい。
きっと地元のビンボー学生であろう。
かつては僕もビンボー学生だった。
しかし彼と僕には大きな違いがある。
彼がビンボーなのは学生のあいだだけかもしれない。
大学生は座るなり、店のオヤジに天津丼を注文した。
「あいよ」オヤジが応え、1分後にチンという音がし、天津丼が運ばれてきた。
そのときである。
色褪せたダウンジャケットのポケットから、大学生があるものを取り出した。
最新機種の、デジカメである。
似合わねえ…。
しかし驚くのはまだ早かった。
大学生はデジカメで、天津丼を撮ったのである。
撮り終わると、何事もなかったかのように、食べはじめた。
◆◆◆
キレイなベジ系お姉さんが、世田谷区自由が丘かいわいのマクロビ・レストランに入り、出てきた料理をデジカメで撮る。
そういうシーンはよく見かける。
だが、ビンボー学生が、新宿区オタク橋の中華料理屋で、出てきた天津丼をデジカメで撮るというのは、どういうことか?
いぶかしく思っていると、今度は数人の疲れ気味サラリーマンがどやどやと店に入ってきた。
とりあえずビールを頼み、それからヤキソバと餃子とエビチリを注文した。
すると…。
疲れ気味サラリーマンたちも、ポケットやカバンからデジカメを取りだしたではないか。
で、さっきの大学生と同じように、ヤキソバと餃子とエビチリを撮影したのである。
通りかかった店のオヤジに、僕は質問した。
「みなさん、デジカメで何やってるの?」
「ああ、あれね」オヤジは面白くもなさそうに言った。「ブログにアップするんだってさ」
「ブログに?」
「そうだよ。フードコーディねえちゃんたちが、よくやってるあれだよ。流行ってるんだよ? 知らないのアンタ?」
このオヤジ、フードコーディネーターのことを「フードコーディねえちゃん」って言いやがった。
いや、このさいツッコむのはやめておこう。
「流行ってるって? 大学生とか、サラリーマンとかがこんなことするのが、流行ってるの?」
「そうだよ」平然と答えるオヤジ。
「知らなかった。そんなのが流行っていたなんて…。いやしかし、だからって、こんな店の料理をデジカメに撮ってどうすんのかな?」
「てめえ、いま何て言った。こんな店だと」
しまった、と僕は思った。
だが、もはや手遅れである。
オヤジの顔が、「風神雷神図」の風神のようになっている。
いや、雷神でも同じことなんだけど。
「この野郎」オヤジは怒鳴った。「人の料理にケチつけやがって。出てってくれ。さっさと出てけ」
「分かったよ。出てくよ」僕は茶を飲んで立ちあがった。「いくら?」
「なんだとてめえ。金払うだと? てめえの金なんか受け取れるか。目障りだからすぐ出てけ」
というわけで、僕は「中華料理 ほっけ」を追い出されてしまった。
よく考えたら、タダ飯が食えてトクしたんじゃね?
◆◆◆
帰宅してから、ネットで「中華料理 ほっけ」を検索してみた。
そしたら驚いたね。
「中華料理 ほっけ」の天津丼を、ブログにアップしてるやつが本当にいた。
さっきの大学生に違いない。
「谷岡重次郎のハッピーハッピーシェイク」
そんな題名のブログである。
モスグリーンを意識したエコっぽいデザインだ。
あの学生、谷岡重次郎って名前だったのか。
明治時代かい。
ほかにも、「中華料理 ほっけ」の料理をアップしているブログが見つかった。
「高田馬場プチトマト」
という、カラフルなブログである。
料理の画像の下に、こんな文章がついている。
「昨日の夜はオフィスのみんなで『ほっけ』っていう中華料理の店に行ってきましたよー。エビチリがすっごくおいしかったです。明日は会社でぶらぶら予定。帰りにペットショップに寄ってまんまるフェレットに触ろうっと」
…。
怖いもの見たさで、もうすこしネット検索してみた。
すると、こういうことが分かった。
ブログに料理をアップするのが、そこらじゅうで流行っていたのだ。
オヤジの言ったとおりだった。
しかも、くたびれサラリーマンとか、下町風おっちゃんとかが、そんなことやってる!
ブログにアップされているのも「中華料理 ほっけ」だけではなかった。
「ライスカレー やすらぎ亭」
「定食屋 びびんば」
「うどんそば立ち食い ケンケン」(片足で立つんかい)
そんな、西麻布あたりには絶対なさそうな店が、対象になっていたのである。
ブログの題名も、コメント不能なのが揃っていた。
「筋肉ダイニング きらきら男の花ごはん」
「ドデンゴさんちの場末めし」
「髭もじゃ中原鉄幹のきれい生活」
「メタボ系 新橋ビューティ・ブログ」
◆◆◆
翌日。
昨夜の衝撃的な発見でおちおち眠れないまま、僕は新宿西口をふらふら歩いていた。
どどばしカメラの前を通りかかって、また驚いた。
「料理ブログ専門デジカメ」
というコーナーがあったのだ。
どこがどう、料理ブログ専門なのかは分からないが、高級感あふれるデジカメが、ところせましと並んでいた!
しかも、角刈りサングラスのいかついオヂサンとかが、いまどきセーターを肩にしょったりなんかして、売場をうようよしている…。
いつの間にこんなことになったのか?
日本は大丈夫か?
呆然と立ちすくむ、僕なのであった。
(第2巻につづく)
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