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松宮園生です。
「松宮の出身地ではないか?」
という疑惑のあるテケテケ村。
こないだ、機会があってテケテケ村にある古い文献を
ひもといてみると、昔の裁判記録を見つけました。
今回はそれを紹介しましょう。
◆◆◆
400年ちょっと前。
=戦国時代の終わりごろ。
テケテケ村は、キリスト教の村でした。
フランシスコ・ザビエル率いるイエズス会の宣教師たちが、この村の布教に成功していたそうです。
ある年のこと。
イナゴの大群が発生し、稲を食いつくしてしまいました。
怒った村人たちは、宣教師に相談しました。
宣教師は言いました。
「イナゴを裁判にかけましょう」
「は?」
「イナゴを裁判にかけ、神の裁きを受けさせるのです。ヨーロッパでは時々やっていますよ」
「イナゴの裁判ですかい?」
「イナゴもそうだし、バッタやネズミも裁判にかけます」
宣教師は「召喚状」を書き、村長に手渡しました。
「これを、イナゴに渡してきてください」
「は?」
「裁判に出頭するようにという、イエズス会からの召喚状です」
「はあ…。しかし、どのイナゴに渡してきたらいいんですかい?」
「主犯格のイナゴに渡してきてください」
「主犯格つっても…」
「ではこうしましょう。イナゴが群れになっているところに出向いて、召喚状を読みあげてくるのです。あとは彼らのほうで代表者を選ぶでしょう」
「はあ…」
宣教師がマジメに淡々と話すので、村長は反論できずに召喚状を受け取ってしまいました。
で、まだイナゴがうろうろしている田んぼの前で、召喚状を読みあげたのです。
「よく聞け。神の意にそぐわない行動をするイナゴ諸君! 貴君らの裁判が行われる。明日の夕刻、村の広場で行われる臨時法廷に出頭せよ」
◆◆◆
翌日の夕刻、村の広場で臨時法廷が開かれました。
開始10分前の臨時法廷の様子は、こうなっています。
* 周囲(傍聴席)には村人が集まっています。
* 宣教師が裁判長の席に座っています。
* 村長が原告席にいます。
* 被告席は空席です。
* 被告席の隣には、まだ若いべつの宣教師が座っていました。
「あの方はなぜあそこにいるんですかい?」
村長の問いに、裁判長の宣教師が答えました。
「彼は被告のための弁護をするのです」
「は?」
「裁判は公正に行われなければなりません。なので、イナゴにも弁護人がつくのです」
10分がたちました。
「裁判を始めます」裁判長が言いました。「では村長、訴状を読みあげてください」
「は?」
「昨日、訴状を書きなさいと言ったでしょ。書かなかったのですか」
「あ、はい。書きました。これのことですかい。では、えへん、読みます。わたしはイナゴを訴えます。イナゴどもは許可なく村の田んぼに入り込み、稲を食い荒らしました。このままでは村に餓死者が出るかもしれません。許せんです。神の裁きをお願いいたします」
「次は被告人」と裁判長。「おとなしく神の裁きを受けますか? いいわけがあるなら申し立てなさい」
しーんと静まりかえっています。
「被告人のイナゴは欠席ですか?」
返事がありません。
(あったらこえーけど)
すると、弁護人の若い宣教師が立ちあがりました。
◆◆◆
弁護人が言いました。
「裁判長。イナゴが来れないのには理由がありまして」
「なんですか、その理由というのは」
「どうやらその、ここに来る道が分からなかったようで」
「村の広場に来るように伝えたはずですが?」
「ですが彼らは、別の村から飛んできたものですから、この村の地理には詳しくないのです」
「なるほど。それはそうですね」
なるほどじゃねーだろ、と思ったアナタ。
16世紀のテケテケ村には、そんなツッコミをする村人はいませんでした。
「ではしかたがない」裁判長は言いました。「誰か、迎えに行ってイナゴをここに連れてきなさい。それまでしばし休廷します」
村長の指示で、村人の1人が田んぼからイナゴを1匹、取ってきました。
イナゴを布袋に入れて逃げないようにし、その布袋を被告席に置きます。
イナゴが中で暴れて、ゴソゴソ音がしています。
こうして、法廷は再開されました。
裁判長がおごそかな口調で言いました。
「ではイナゴよ。おとなしく神の裁きを受けますか? いいわけがあるなら申し立てなさい」
布袋がゴソゴソしている以外は、しーんと静まりかえっています。
「被告人。黙秘権というわけですか?」
弁護人の若い宣教師が立ちあがりました。
「このイナゴは主犯格ではありません、裁判長。ですので、答えられないのです」
「では主犯格はどこにいるのですか?」
「分かりません。このイナゴにも、主犯格が誰なのか分からないと思います」
「しかたがありませんね」裁判長は言いました。「ということは、欠席裁判をせざるを得ないということになりますが」
「やむを得ません」と弁護人。「慈悲深いお裁きを、お願いいたします」
◆◆◆
慈悲深いお裁きを、ということでしたが…。
結局、判決は
「イナゴよ、新聖なる裁判を欠席したからには神妙に聞け。汝(なんじ)らを破門に処す」
というものになりました。
テケテケ村のあちこちに立札が立てられ、イナゴが破門になったことが伝えられました。
破門ってことは、それ以前のイナゴは信者だったんかい、と思ったアナタ。
16世紀のテケテケ村には、そんなツッコミをする村人はいませんでした。
「ざまあみろ、イナゴどもめ。破門になりやがった」
喜ぶ村人たち。
しかし同時に、「破門」という言葉に、あらためて恐れを感じました。
イエズス会の信者にとって、破門とは、
「神様に破門される」
ということです。
神様に破門されるのです。
これは、
「もはや救いはなく、地獄に行くしかない」
ということを意味しています。
生きとし生けるものにとってはサイアクな処罰です。
死刑のほうが、まだマシなのかもしれません。
それほど恐ろしい判決が、イナゴに対して下されたわけです。
判決が下りて数日後。
稲を食べつくしたイナゴは、一部はもはや食べるものを失って餓死し、残りは次の田んぼを求めて別の村に去っていってしまいました。
いずれにせよ、テケテケ村からイナゴは消えました。
村人は、「破門のせいでイナゴが消えた」と考えました。
イエズス会の宣教師たちも、本気でそう思いました。
こうして、イナゴ裁判は終結し、刑は執行されたのでした。
◆◆◆
以上、テケテケ村にあった記録をもとに、ちょっとチャラけた感じで書きましたが…。
じつを言いますと。
害虫を裁判にかけるということが、中世のヨーロッパでは普通に行われていました。
有罪になった害虫が、破門されていたというのも事実。
裁判のときには弁護人がちゃんとついていたというのも本当です。
驚いたことに、有能な弁護人のおかげで無罪になるケースも実際にあったようです。
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