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2008.09.05 08:39

エレファント・ウーマンの憂鬱 その3

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松宮園生です。 

前回のあらすじ)
魅力的な怪力女性、田口弥生の姉は、なんとあの
「剛腕の管理栄養士」、佐久間象子でした。
田口弥生の話では、佐久間象子は食育に興味を失い、
無気力になっているという…。

(前回→http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/08/2_30.html

◆◆◆

まさかね。
だって無気力な佐久間象子って、
「チョコレート味の流しそうめん(ミョウガつき)」
と同じくらい、ありえない感じなんだけど。

「その、どんなふうに無気力なんですか?」
「姉は、世の中の人たちの食育がダメだ、なっていないといつも文句を垂れていたんですけど」田口弥生は言いました。「最近ではそうでもないみたいで。文句を言わなくなりました」
「よかったじゃないですか」
「全然よくありません」
「というと?」
「姉は生き甲斐を失ったんです」
「生き甲斐を失った? おっしゃる意味がよく分からないんですけど」

「ついこの間までは飽食の世の中だったでしょ。日本の食料自給率が何パーセントかなんて騒ぐのは一部の人だけで、誰も気にしなかったですよね」
「ま、確かにそうでしたね」
「地産地消なんて言葉も、誰も知らなかったし」
「そういえば、僕も生まれて初めて地産地消という言葉を聞いたときは、なんだかダサイ言葉なあと正直思いました」
「分かります、それ。わたしもそうだったもん」ニッコリ笑う田口弥生。「そのころの姉は、世直しをするのに燃えてました。食生活がちゃんとしてない男性をボコボコにするのを楽しみにしてたんです」
「佐久間象子、やっぱりこぇぇ…」
「怖い姉でした」
「妹さんが言うと、よけい怖いですね。…そいえば思い出しました。僕も、ボコボコにされたっけ」

(佐久間象子に僕がボコボコにされたいきさつについては →「朝ごはんラプソディ」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2010/10/2112_1.html

「でも、それが今ではどうでしょう」田口弥生は続けました。「食品偽装の問題は起きるわ、餃子に農薬が入るわ、穀物が不足するわ、食料品の値段が上がるわで、世の中は変わっちゃいました」
「なるほど」
「今じゃ、サラリーマンも口を開けば自給率を心配するし、OLも居酒屋に行けば地産地消の話題。にわか『食料自給率評論家』や『地産地消が趣味な人』が増えたみたいで」
「ふーん。そんなもんですかねえ。でも、それならそれで、よかったじゃないですか。お姉さんが望んだ時代がやってきたんでしょ」
「そうなんですが、でも相変わらず、世間の人は姉の言うことに耳を貸しません」
「どういうこと?」
「姉がふだんから主張していたことを、マスコミが言うようになりました。そしたら、マスコミの言うことには世間の人も耳を貸すんですけど」
「同じことをお姉さんが言っても、耳を貸さないということですか?」
「そうなんです。時代が変わったのに、食育といっても注目されるのはにわか勉強のタレントばっかり。昔から食育を唱えていた姉に注目は集まらず、姉の不満は、解消されませんでした」

ま、世間の人の気持ちは分からないでもないな…。

田口弥生は力なく笑いました。「食育の女帝になりたかったのに、マスコミが姉のお株を奪ってしまったもんですから、姉も立場がなくって」
「そうですか…」
「マスコミのせいで日本中に『にわか自給率評論家』が増えました。その結果、ボコボコにできる男性の数が減りました。姉はそれで生き甲斐を失ったんです…」
「はあ…」
「優等生が増えて、いじめ甲斐がなくなったというか…」
「無気力の理由って、それかい」

ふと、田口弥生は黙りみました。
乱れた髪に、袖が破れたブラウスに、潤んだ瞳に、上気した顔。
(なぜ袖が破れているのかは、前回を参照ください。僕のせいではありません)
そんな田口弥生が、僕のほうに身を乗り出してきました。
「わたし、どうしたらいいでしょう? あんな無気力な姉、見てられません…」
かすかに匂う、フェロモン系の香水。
「なんとかならないでしょうか」
そう言って、彼女は僕の手を握りました。

ボキボキボキボキ!
激痛が走り、僕はふたたび悲鳴をあげました。

◆◆◆

「あたしったら、またやっちゃった。ごめんなさい!」
そう言いながら、田口弥生は自分のブラウスの、もう片方の袖の下半分をビリビリと破りました。
包帯みたいにしたかったのでしょうか、それを僕の腫れあがった手に巻きつけます。

巻きつけられながら、僕は勇気を出して言いました。
「あなたの心配な気持ちは分かりますが、こればっかりは本人が自分で解決するしかないんじゃないですか?」
「そこを何とか助けていただきたいんです。姉に会っていただけませんか」

「会う?」僕は椅子のまま後ずさりしました。「いや、それはちょっと」
手に巻かれた「包帯」が、中途半端にほどけて垂れ下がります。
「今の姉なら、無害です」迫る田口弥生。
「いや、無害とかそんな問題じゃなくて」逃げる僕。
「わたしが、こんなに頼んでもダメですか?」
「そう言われると困るんだけど…」

田口弥生の目に、みるみる涙が。

「じゃあもう結構です」涙目の田口弥生は、僕に迫るのをやめ、立ち上がりました。
勢いで、椅子が後ろに倒れ、大きな音がしました。
「松宮さんて、冷淡なかたなんですね。もういいです。さいなら」
彼女は踵(きびす)を返すと、オフィスのドアを蹴るようにして開け、大股で出て行きました。
2つあった蝶番(ちょうつがい)の片方が外れ、ドアが傾きました。

「ちょっと待って」
僕はあわてて後を追いかけます。
「弥生さん。ちょっと待ってください!」

階段を駆けおり、彼女に追いすがり、その手をつかもうとしたそのときです。
巡回中だったのでしょう、警官が通りかかりました。

◆◆◆

僕は瞬時に固まってしまいました。

田口弥生は、髪が少し乱れ、感情が昂ぶって上気した顔をしており、涙を浮かべ、なによりブラウスの袖が両方とも破れています。
僕の手から、その一部が垂れ下がっています。
田口弥生は去ろうとしており、僕は追いかけようとしています。

そこに、おまわりさん登場。

凍りついた僕の脳裏に、
「いいわけ無用の説明地獄」
という言葉が何度もエコーしました。

(「エレファント・ウーマンの憂鬱」 終わり)

 

 

 

 

 

 

 

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