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松宮園生です。
「食育クリニック赤坂事務所」には、
日々の食育活動にいそしむ人たちが
癒しを求めて集まってきます。
「次のかたー、木場さーん、どうぞー」
満員の待合室に、アシスタントさんの声が眠たげに響きます。
呼ばれた木場さんが、立ち上がりました。
「こんにちは。木場サカコといいます」
「こんにちは木場サカコさん。お座りください。木場さんはどんな症状でお悩みなのですか」
「2年前から自宅で親子食育料理教室を開いているんですが、このところ疲れてきちゃって」
「なるほど…。親子食育料理教室ですか。…疲れてきている原因は何だと思いますか」
「赤字が続いてるんです」
「なるほど。すごい赤字なんですか」
「いえ、それほどでもないんですけど。だいたい収支トントンで、どきどき少し赤字です」
「だいたい収支トントンで、ときどき少し赤字。…それは、木場さんにとって深刻な赤字ですか」
「そんなことはありません」
「結婚されていますか」
「はい。結婚4年目です」
「ご主人は何の仕事を?」
「貿易会社に勤めています」
「なるほど。ということは、とくに生活に困っているわけではありませんね?」
「はい、おかげさまで。主人の収入がありますし」
「貯金はありますか?」
「はい、いつか2人でゆっくりと世界一周をしたいと思ってますし」
「世界一周」
「はい。見聞を広げたいと思っています」
「なるほど。いずれにしても、木場さんは本来、生活という意味では働かなくても大丈夫なわけですね。ご主人の収入があるから」
「ええ。ありがたいことです」
「じゃあ、親子食育料理教室のほうは少しくらい赤字でもいいんじゃないですか」
「ええ。少しくらい赤字でも構わないと思ってます」
「だとしたら、疲れてきている原因は何だと思います?」
「それはさっきも申しましたように、赤字が続いているので…」
「ですけど、少しくらい赤字でも構わないんでしょう?」
「あれ? あ…、そっか…」
◆◆◆
「もう一度お尋ねします。疲れてきている原因は何だと思いますか」
「えっと…。やっぱり、赤字だからだと思います。さっきは少しくらい赤字でも構わないって言いましたけど、やっぱり赤字は嫌です」
「赤字は嫌ですか?」
「赤字は誰だって嫌でしょう」
「そうですか。僕の友人に、地震とかの被災地を訪ねてオヤジギャグ・ショーを無料でやってる人がいます。旅費から何から自腹だし、彼女はいつも赤字ですけど、全然気にしてませんよ」
「それは始めからその人はボランティアのつもりでいるからじゃないですか? てか、オヤジギャグなのに女性なんですね」
「オヤジギャグのコレクターなんです。オヤジギャグを集めるために50人の男性と交際したそうですよ」
「先生も?」
「いやいや、僕は違います」
「顔、赤くなってませんか」
「いやいや、そんなことは。…話を戻しましょう。木場さんの食育料理教室はボランティアじゃないと?」
「ボランティアなんかじゃありません」
「じゃあ、お金儲けでやっているんですか」
「とんでもない!」
「お金儲けじゃない、と」
「お金儲けじゃありません。お金儲けなんて、とんでもないことです」
「では、どういうつもりで親子食育料理教室をやってるんですか?」
「親子の絆を強めてもらって、子どもたちに食の大切さを伝えたいと思ってます」
「なるほど」
「私の教室はけっこう評判がいいんです。食べものの面白い話をしてあげると子どもたちの目がキラキラしてくるから、親御さんも喜んでくれるんです」
「なるほど」
「好き嫌いもなくなるんですよ」
「なるほど」
「先生はお子様はいらっしゃるんですか?」
「いませんが、可愛がっている姪っ子がいます」
「だったらお分かりと思いますけど、子どもって純粋ですよね」
「そうですね」
「純粋な子どもたちを、食の乱れから守らなくちゃいけません。そう思いません?」
「思いますね」
「でしょ。私が親子食育料理教室をするのは、そういう思いからなんです」
「なるほど。木場さんは子どもたちを食の乱れから守りたいと思ってやっている。その木場さんの情熱が伝わる親子食育料理教室だから、評判がいいんですね」
「はい。自慢するみたいですけど、感謝の言葉をいただいたり、お礼の手紙をもらったりするのはしょっちゅうです。本当なんです」
「そんな手紙をもらったりしたら、嬉しいでしょう」
「ええ。やってて良かったなー、って思います」
「これからも頑張りたい、って思いますか」
「思いますね」
「なのに、疲れてきていると?」
「そうなんです」
「どうしてですか」
「え? だって赤字だから」
「木場さんは、親子の絆を強めたい、子どもたちに食の大切さを伝えたいんですよね」
「はい」
「お金儲けをしたいのではありませんか」
「違います! お金儲けなんて、とんでもないです」
「親子の絆を強めたい、子どもたちに食の大切さを伝えたい。そういう純粋な思いでなさっているわけですね。そのためだったら、少しくらいの赤字はガマンできますか」
「もちろんです。そのためだったら、少しくらいの赤字は…。あ、あれ…?」
(つづく)