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太陽と空気と水に愛される、松宮園生です。
この「しとちゃん」シリーズは、とある市役所につとめる熱血食育漢、
しとちゃんが主人公です。
しとちゃんは、ココリコの田中さんに少し似ています。
それはともかく、市の食育推進計画を任され、七転び八起きの青年しとちゃん。
そんなしとちゃんの活躍を、彼に赤い糸を感じる先輩職員の目を通して描きます。
◆◆◆
(前回までのあらすじ)
チメシを使って街おこしキャンペーンを始める隣の市に対し、
「こっちの食文化を盗んだ」
と怒り心頭のしとちゃん。
隣の市に対抗するために、しとちゃんが立ちあがります。
前回→ 「しとちゃん その8」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/09/part8.html
◆◆◆
反撃に燃えるしとちゃん。
隣の市に対抗し、こっち(=しとちゃん)も「チメシのイベント」を開くことにしました。
問題は、食育に冷ややかな市長が認めてくれるかですが…。
しとちゃんが市長室に飛び込んでみると。
「またアポ無しで来やがって」
と、はじめはカンカンだったようです。
ところがしとちゃんの説明を聞くなり、
「何。お隣がひとの文化を盗んだだと? 許せん。よしわかった。しとちゃん、徹底的にやれ」
なんと市長のお墨付きが出たのでした。
どうやら、市長どうし、仲が悪いというか、ライバルのようです。
◆◆◆
「チメシ食育プロジェクト」
が立ち上がり、しとちゃんがリーダーに就任。
リーダーとなったしとちゃんは、市内の食育系市民団体から実行メンバーを募りました。
そう言うと聞こえは良いのですが、市の職員でしとちゃんを手伝おうという人がいなかったので、市民団体に声をかけたのです。
なんにせよ意気揚々のしとちゃん。
まず、隣の市よりも美味しいチメシを作ることを考えます。
チメシは握り飯の一種です。
米と、具と、海苔が勝負。
食育系市民団体から派遣されたメンバーの、腕の見せどころです。
米は、県産のアキアズマを使うことにしました。
隣の市がハルノウミを使っているという情報が入ったからです。
アキアズマ 対 ハルノウミ。
相撲か。
アキアズマ出荷組合は大喜び。
アキアズマのキャラクター、「アズマ君」の着ぐるみをイベントに貸し出してくれることになりました。
具は、メンバーのあいだで様々な意見が出て収拾がつかなかったので、あまりこだわらないことにしました。
隣の市もこだわっていないようでしたので。
海苔は、敵が中村崎の海苔を使っているので、こちらは北野伊の海苔を使うことにしました。
このニュースを聞き、喜んだ北野伊から大量の海苔が送られてきました。
◆◆◆
次に取り組んだのは、チメシの歌を作ることでした。
国語と音楽の先生(地元の中学校)に作詞作曲を依頼しました。
チメシ3ヶ月分がギャラ代わりです。
こうして出来上がった曲は
「シング・チメシ・ソング」
と名づけられました。
ポップ系です。
隣の市が和風に
「チメシ音頭」
を作ったので、こっちは洋風にしたのです。
「シング・チメシ・ソング」
は、歯の浮くような英語フレーズが随所に散りばめられた、ものすごく恥ずかしい歌詞なのですが、曲をつけると不思議に恥ずかしさは和らぎます。
CDを発行することになり、市の少年少女合宿団がレコーディングに取り組みました。
◆◆◆
歌ができたら、次はチメシのキャラクター作りです。
お隣さんは、「チーメン君」という男の子キャラを作っているようです。
「だったら、こっちは女の子だ」
息まくしとちゃん。
制作を地元の美大生にでも頼もうとしたのですが、しとちゃん自身が子どものころ図画工作が得意だったらしく、自分でやると言い出します。
その日、しとちゃんはキャラクターを作るために徹夜しました。
わたしは夜食とコーヒーを用意しました。
翌朝、できたキャラクターが、
「チメちゃん」。
グロテスクなわけでもなく、爽やかなデザインでした。
が、その代わり、どこにでもあるような姿に仕上がっています。
徹夜して、これかい。
「平凡じゃない?」
わたしが指摘すると、しとちゃんは首をかしげて
「そうかなあ」
と言いました。
自分では満足しているみたいです。
◆◆◆
こうした準備を、しとちゃんは2週間でやってしまいました。
「なかなか、やるねえ」
課長が、初めてしとちゃんを褒めました。
しとちゃんが猛スピードで取り組んだのにはわけがあります。
隣の市の「食育チメシ祭」に、同じタイミングでイベントをぶつけようとしたのです。
実際には準備がじゅうぶんには間に合わず、ズバリ同じ日にぶつけることはできませんでした。
隣の市の「食育チメシ祭」は土曜日に。
しとちゃんの「チメシ食育フェスタ」は日曜に行われることになります。
ところで、しとちゃんは準備をできるだけ秘密に進めようとしていました。
しかし、情報というのは漏れていきます。
スパイが、しとちゃんの動きを察知し、ある日、電話で牽制をかけてきました。
「忠告しておくが、チメシ・フェスタは諦めたほうがいい。さもないと、上にチクるぞ」
そんな電話でした。
しとちゃんは、その忠告を無視しました。
で、スパイは上(県庁)にチクリます。
「隣どうしの市がチメシを巡って骨肉の争いを始めそうだ」
という情報をききつけた県庁。
しとちゃんは課長と一緒に呼び出されてしまいます。
「大丈夫ですよ。では行ってきます」
不安げに見送るわたしに向って、しとちゃんはウィンクをしました。
あまりにスピードの速いウィンクだったので、わたし以外の人には、それがウィンクだったとは分からなかったようです。
◆◆◆
その夜。
市役所職員御用達のバー「ゴマーシオ」でレモンハートのソーダ割りを飲みながらしとちゃんを待っていると。
しとちゃんが意気揚々と入ってきました。
背があまりに高いせいで、天井のミラーボールに頭をぶつけながら、わたしのテーブルにやってきたしとちゃん。
オカマのマスターに
「僕も同じものを」
と注文します。
しとちゃんはお酒には詳しくないので、いつも「僕も同じものを」なんですけどね。
ちなみに、なぜこんな店にミラーボールがあるのか、よく分かりませんけど。
「県庁、どうだったの」
「チメシを諦めろと言われました。隣りどうして同じネタで勝負してもしょうがないだろ、ということみたいです」
「それで何て返事したの」
「チメシはこっちが本家なんだから、諦めるべきなのはあっちです、と答えました」
「それでどうなったの」
「隣の市のやつが来てまして、『先にチメシに唾(つば)をつけたのはこっちなんだから、あんたが遠慮すべきだ』と言われましたよ」
「それで?」
「椅子を蹴って、あかんべえ(←死語)をして帰ってきました」
「威勢がいいのねえ。でもお願いだから、県庁とは喧嘩しないでね」
そんなわけで、ついに、両市で
「血で血を洗うイベント合戦」
が始まったのでした。
(つづく)
Think Globally, Act Locally (※)な松宮園生です。
「松宮さんの日本食育大学ってどこにあるんですか。
ネットを調べても出てこないし、電話帳にも載ってないし、本屋の大学受験コーナーに言っても何もありません。
知り合いに聞いたら、魔界にあんじゃねーの、と言われ
ました」
こんな質問をたまに受けます。
ま、気にしない、気にしない(笑)。
さて、このあいだ、その日本食育大学の構内で熱く口論をしている学生の男女をみかけましてね。
なんの口論をしてたかというと…。
キャベツが豊作で価格が暴落して、売れないからって畑に捨てられる。
収穫されずに残った大量のキャベツを、トラクターが潰している…。
そんなシーンを、テレビなんかで見たことありますよね。
あれについて口論をしてたようなんです。
男のほうが言いました。
「あれは酷(ひで)ぇよ。食べものを捨てるなんてありえねー。捨てるくらいなら、1個1円とかで配れればいいじゃん。肥料代の足しにはなるんじゃねーの。おれはムカツイたね」
女のほうが言いました。
「キャベツを捨てているとおっしゃいますけれども、土に返しているわけざんしょ。そのほうが肥料代が浮くざんすから、生産者から見たらまだマシなんざます」
男のほうがムッとした表情で言い返します。
「ホントにそうか? 仮にそれにしたって、せっかく作ったものを食べないで捨ててんだぜ。もったいないにもほどがあるじゃんか」
女のほうが負けずに答えました。
「人間にとってはもったいないかもしれませんけれども、他の生き物がその捨てたキャベツを食べるのですから、いいざます」
すると男が、
「だってそのキャベツ、トラクターに潰されてんだぜ。どの生き物が食うってんだよ」
すると女が、
「土の中の微生物にとって、御馳走になるざます。もったいないというのは人間だけの視点ざます。人間が食べようと、微生物が食べようと、地球にとっては同じざます」
すると男が、
「ぬかしおったなー」
すると女が、
「口で勝てないからって、怖い顔をしても無駄ざます。暴力をふるったら警察を呼ぶざますからね」
こんな激論を戦わせていたのでした。
皆さんは、どう思いますか?
◆◆◆
僕は、「今でも『ざます言葉』を使う人がいるんだなあ」と、驚きましたねえ。
スネ夫のお母さん以外にも、いたんだ。
いやー、驚いた。
「ざます言葉」をリアルで聞けるなんて…。
長生きはするものです(ジジイか)。
(※)Think Globally, Act Locally
「地球規模でものを考えながら、目の前のことに全力を傾けること」
ただしこれには2つ解釈があります。
a) 小さなことに取り組むにも、心は大局を考えている
b) 壮大なことを言ってるわりには、やることがちっちゃい(泰山鳴動して鼠一匹)
ようするに、ものは言いようというわけです。
農業や田舎暮らしに興味のある方は是非のぞいてみてください。
「プチ農業スタイルを知的に応援するオンラインストア」
http://astore.amazon.co.jp/agriwellness-22
人生ときどきハラハラ、松宮園生です。
この「しとちゃん」シリーズは、とある市役所につとめる
熱血食育青年、しとちゃんが主人公です。
しとちゃんは、ココリコの田中さんに少し似ています。
それはともかく、市の食育推進計画を任され、
孤軍奮闘するしとちゃん。
そんなしとちゃんの活躍を、彼に赤い糸を感じる先輩職員の目を通して描きます。
◆◆◆
何百年も前の戦乱のころ。
戦いに敗れた武士が、逃げて逃げてある村にたどり着いた。
村人は腹を空かせた落武者に握り飯を与えた。
その握り飯があまりに旨かったので、落武者は元気百倍。
再び戦場に戻り連戦連勝。
ついに一国の主となる。
主、つまり殿様は、自分に力をくれた握り飯を
「勝ち飯」
と名付ける。
それが時代を経て「か」の音が外れ、今では
「チメシ」
と呼ばれている。
◆◆◆
「なにそれ。悪いけど、そんなに面白い話じゃないような気がするんだけど」わたしは小声で言いました。「それに、チメシなんて聞いたことないし」
「うーん、やっぱりそうですか」うなだれるしとちゃん。「もう少し探してみます」
しとちゃんにつきあって、わたしは図書館に来ています。
食べものに関してこの地域の昔話を調べ、食育に生かそうというのです。
でもなかなかピッタリの昔話が見つかりません。
昼間を図書館で過ごし、市役所に戻ると、
「無断外出はするなと言ったろう。ちゃんと仕事しろ」
課長の叱責が飛びました。
◆◆◆
ところが、数日後。
デスクで新聞を広げていたしとちゃんが、
「ああああ」
と情けない声をあげました。
「どうしたの」
「やられたー」
新聞には、こう書いてありました。
「第4回、市民食育祭。今年のテーマはチメシ」
本文には、チメシについての説明が詳しく書かれていました。
xx市は、隣の市です。
川向う(東側)にあります。
その隣の市が、チメシのイベントをやろうとしているのでした。
「ちきしょー。チメシはこっちのネタだぞ。人のネタを取るなんて、許せない」
しとちゃんはウウウウと唸りながら(犬か)、受話器を取ると、隣の市に電話をかけました。
◆◆◆
隣の市に文句を言おうとしたしとちゃんでしたが、電話は案の定たらい回しにされ、挙句の果てに軽くあしらわれてしまいます。
怒りの収まらないしとちゃん、椅子にかけてあった上着をむんずとつかむやいなや、勢いよく立ち上がり、
「直談判してきます」
ピューっと立ち去ってしまいました。
「おいこら、しとちゃん。勝手に外出しちゃいかんと言っとるだろうが。おい、聞こえてんのか」
課長が追いかけるように叫びます。
しかし、音速より早足のしとちゃんには、その声は届きません。
◆◆◆
その夜。
市役所職員御用達のバー「ゴマーシオ」でモスコミュール(←懐かしい)を飲んで待っていると、しとちゃんが入ってきました。
頭から湯気が上がっています。
しとちゃんは背が妙に高いので、湯気はバーの天井に届き、そこで雲のようになりました。
「おかえり、しとちゃん」
「あの人たち、許せない」
「直談判どうだったの」
「じつは…」
しとちゃんの話によると。
しとちゃんが隣の市に乗り込んだところ、市役所職員のほかに、地元の大学教授が待ち構えていたそうです。
その教授が主張するには、
殿様がチメシを食べた村は**川の東側にあるのじゃ。
**川の東側は、つまりわが市(xx市)の領土であるぞ。
そういうわけだから、チメシはこっち側(xx市)のものじゃ。
しとちゃんとやら、納得したら、さっさと帰れ。
「それで、すごすごと帰ってきたの?」
「まさか」しとちゃんは珍しくムッとした表情をしました。「証拠を見せろと迫りましたよ。そしたらその教授、なんだか古ぼけた巻物を出してきて、証拠はこれだ、ここに書いてある、そう言うんです」
「で、そう書いてあったの?」
「さあ。昔の文献ですから、草書っていうんすか、にょろにょろした文字ばかりで読めませんし」
「それでどうしたの?」
「チメシは譲らない、とタンカを切って帰ってきました」
しとちゃんがビールのグラスをあまりに強く握ったので、ひびの入る「ピシ!」という音がわたしにも聞こえました。
◆◆◆
翌日、しとちゃんとわたしは午前中を図書館で過ごしました。
チメシの所有権が隣の市ではなくこっちにあることを、証明する本を探すためです。
市の郷土史家が書いた本が見つかりました。
ひもといてみると、チメシについて書かれている箇所が見つかりました。
そこでは、
「殿様がチメシを食べた村は**川の西にある」
となっています。
しとちゃんが安堵の溜息をつきます。
「やっぱりそうだ。チメシはこっちの食文化だ。隣の市は関係ない」
「そうよね」
「勇気がわきました」にっこり笑うしとちゃん。
「がんばって」
わたしは彼の頭を優しく撫でました。
市役所に戻ると、
「しとちゃん、君ね。無断外出はするなと何度言ったらわかるんだね」
課長にガミガミ叱られました。
課長の小言がようやく終わり、席に戻るしとちゃん。
彼はわたしに向って親指を立てました。「負けませんよ。いまから攻勢に出ます」
「攻勢?」
「はい。チメシは、絶対こっちのものです」
食育戦士しとちゃんの、逆襲が始まるのでした。
(以下次号)
故郷は遠くにありて思うもの、松宮園生です。
このコラムを古くから読んでくださっている方から
メールをいただきました。
「メキマンの話はどうなっているんだ。最後まで
責任もって書け」
という内容でした。
痛いところを突かれて青ざめる松宮。
そういえば、長いことメキマンのことを書いてないなあ。
というわけで、久しぶりにメキマンの話を書こうと思います。
まずは復習編。
メキマンのついての基礎知識を…。
◆◆◆
現在の僕はフリーランスで仕事をしています。
が、数年前まで、中途採用でテケテケ商事というところでサラリーマンをしていたことがあります。
テケテケ商事は食品の貿易会社でしたが、なんだか地味なところで、腕章をつけて仕事をする社員がいっぱいいたのを覚えています。
あまりの地味さに、最初は戸惑いました。
「腕章は、テケテケ商事マンの基本ですよ」
先輩社員の下田さんが、悲しそうに微笑しました。
六本木でブイブイ言わせてた(←死語)僕が、腕章かよ。
でも僕も和を尊ぶ日本人の端くれです。
みんなに馴染もうと考え、「マイ腕章」を探しに伊勢丹メンズ館に行きましたよ。
そしたら
* ペイズリー柄(ロルフラーレン)
* ギンガムチェック(ガップ)
* 龍虎柄(アパクロンピー&フィッチ)
がありまして、さんざん悩んだ末、龍虎柄にしました。
そしたら、次の日から
「テケテケ商事のドラゴン」
「テケテケ商事のタイガー」
という獰猛なニックネームを社内で頂戴してしまいます。
しかし僕の小粒な仕事っぷりは早々にばれてしまいます。
「なんだ。中途採用だっつうからどんなに仕事のできる人間かと思ったら、全然ドラゴンとかタイガーとかとはかけ離れているやんか」
勇ましいニックネームも数日で立ち消えてしまいました。
代わりに、
「テケテケ商事のタツノオトシゴ」
「テケテケ商事のニャンコ」
というニックネームが定着いたしました。
◆◆◆
そのテケテケ商事、今どきIT環境の悪いところでした。
(例)
* パソコン(デスクトップ)は2人で1台
* OSは、さすがにウィンドウズ95ではありませんでしたが、98でした
* メモリ800メガ
* ハードディスク容量3ギガ
* インターネットには繋がっておらず、通信は社内LANのみ
貿易会社がこれかよ、とロビンソン・クルーソーも嘆く昭和ぶりです。
で、出社してデスクトップを立ち上げると、まずウィンドウズ98が立ち上がるわけですが、その後に
「メキマンが来る」
というメッセージが画面にでかでかと表示されるのです。
「メキマンが来る」
メキマン?
「メキマンって、誰ですか? ていうか、何ですか?」
僕は先輩社員の下田さんに聞きました。
若いころは相当のニキビ面だったんだろうなあ、と想像してしまう顔の下田さん。
その下田さんは「メキマンが来る」を数秒間みつめていましたが、
「お気の毒ですが、分かりません」
と残念そうにいい、張子の虎のように首をふりながら男子トイレに行ってしまいました。
ま、お気の毒と言われるほど気に病んでるわけじゃないんだけど。
◆◆◆
「メキマンが来る」
毎回、このメッセージがパソコンの画面に現れました。
どういう仕組みでそうなるのか分からないのですが、必ずそうなる。
これは僕にあてがわれたパソコンだけじゃなくて、社内の他のデスクトップも同じでした。
「これ、何とかならないんですか、消せないんですか。うざいんですけど」
と下田さんに文句を言うと、下田さんは「メキマンが来る」を数秒間みつめていましたが、
「お気の毒ですが、デフォルトでそうなっているので、何ともなりません」
と侘(わび)しそうにいい、張子の虎のように首をふりながら男子トイレに行ってしまいました。
デフォルトって、あんた…。
ちなみに、あばた顔(アバターではない)の下田さんは水産会社から転職してきた人です。
そのせいか、彼の腕章は、
「鰯」「鰹」「鰻」「鮪」「鯛」「鰊」
といった魚の漢字が散りばめられたものでした。
寿司屋の湯飲みじゃないんだから…。
話を戻します。
それにしても
「メキマンが来る」
って、誰が来るんだろう?
龍虎の腕章をした純真な僕は、悩みつづけました。
妙だったのは、社内の誰に聞いても教えてくれなかったことです。
というか、誰も答えられませんでした。
◆◆◆
メキマンの意味がわからないまま、日々が過ぎました。
3年後、僕はフリーになる決心をし、テケテケ商事を退職することになりました。
テケテケ商事に勤務する最後の日、僕は社内の主だった人たちに挨拶まわりをしながら、もう一度メキマンの意味を聞いてまわりました。
やっぱり誰も知りませんでした。
「皆さん、誰も気にならないんですか?」
送別会の席でその質問を投げると、役員に昇進した下田さんが、
「いやあ、まあ、気にはなってるんですけどねえ」
と淋しそうにいい、張子の虎のように首をふりながら男子トイレに行ってしまいました。
てなわけで、とうとう謎はとけないまま、僕のテケテケ商事での3年間は終わったのであります。
メキマンの謎は、いまでも解けていません。
ただ、ひょっとしたらメキマンというのは
「メキシコ産のマンゴー」
という意味なんじゃないか、と今では思うようになりました。
「メキマンが来る」
というのは、
「メキシコ産のマンゴーが日本に輸入される」
という意味なのかもしれません。
証拠はありませんが…。
武士は食わねど高楊枝、松宮園生です。
♪
眠らない21世紀人の皆さん、今晩は。
日本食育大学准教授、松宮園生がお送りするラジオ番組、
「真夜中の食育」
の時間がやってまいりました。
今夜もキレずにおつきあいください。
「真夜中の食育(第1回)」はこちら。
http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/04/post_135.html
…では、番組にいただいたメールを順に読ませていただきます。
◆◆◆
「松宮先生こんばんは。チャコといいますのよ」
こんばんは、チャコさん。
「ふだんは主人に内緒でフードマイレージの練習をしていますわ」
フードマイレージの練習って、何?
しかもなぜ内緒で?
「日本って、フードマイレージが世界一大きいんですわね。それもダントツに大きいって知りました。ショックですわ」
そのようですね。
「でもね、不思議なことに気がつきましたのよ。2000年の日本のフードマイレージは5000億トン・キロメートルという数字だそうなのですけれども、2001年になるとこれが9000億トン・キロメートルになっているみたいですの。ほぼ倍ですわよね。どうしてたった1年のあいだに倍になったのかしらん。先生はご存じじゃありません?」
おや、そうですか。
調べてみましょう。
…あ、ほんとにそうだ。
2000年の日本のフードマイレージは5000億トン・キロメートル。
2001年の日本のフードマイレージは9000億トン・キロメートル。
倍近くになってる。
ななな、なんでだろう(←死語)。
「それにね、もう1つ不可思議なことがありますのよ。食べもののフードマイレージが大きいと文句を言われますけれども、人間が飛行機に乗ったマーレージは大きいほうが優遇されますわね。どうしてなんでしょう?」
それは航空会社に聞いてください。
では次のメール。
◆◆◆
「松宮先生、いつも楽しく番組を聞いちょります。ムラちゃんと呼んでもらいたい。職業は、観光バスの運転手しちょります」
ムラちゃん?
村井さんかな、村田さんかな、村野さんかな。
「滝田ムラグジリンという名前なので、ムラちゃんと呼ばれちょります」
ファーストネームかい!
てか、なに人のハーフなんですか、ムラちゃんは?
「噂によると、松宮先生は日本の食料自給率が低くてもいっこうに構わんちゅう意見の持ち主のようですが、そうなのでござりますか」
ちょ、ちょっと。
そんな噂、どこから出たんですか?
いつそんなことを言った?
その話にはトラウマがあるんだから(※)、やめてくださいよー。
(※)食料自給率トラウマについては→ 「自給率ラプソディ」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/03/post_128.html
さ、さっさと次のメール行きましょう。
◆◆◆
「残暑お見舞い申し上げます。元ミス・マッコウクジラ、米光(よねみつ)です。びみょーな名前ですけれど、石油会社の回し者ではありませんからねっ」
それを言うなら出光(いでみつ)だろ!
…失礼、つい習性でツッコンでしまいました。
(マッコウクジラのところはツッコまなくていいんかい)
「松宮先生は食育をテーマにした人ですよね。そのくせ自分では食育の現場にあんまり立たないそうですね。食育は現場で起きているのに、ご自分は会議室にいるとか。…それってありなんですか? 何かおかしいと思います。そんなことで良いのでしょうか?」
あー。
うー。
そんなことで良いと思っているわけではないんですが、人には向き不向きというのがありまして。
僕は料理がまったく出来ませんので、食育料理教室みたいなのは無理なんです。
誰かのアシスタントをするにも、役に立ちません。
子どもの前で「食べものの大切さ」とか「(命を)いただきます」について分かりやすく楽しく話すのも不得手。
食育カルタとか食育紙芝居とかを活用した教室をするのも苦手です。
「健康のためにはどんな食事をしたらよいか」という話を大人の前でするというのも、僕なんかよりずっと立派に話す人が大勢います。
そういう人たちにお任せしています。
農場体験は嫌いじゃないのでたまには参加しますけど、自分が人に教えられるようなものではありません。
こないだコンニャク畑の草むしりをしたら、やり方がガサツだというので叱られてしまいました。
おまけに次の日はモモの筋肉が張っちゃうし。
孤食がどうとか家族団欒(だんらん)がどうとか、そういう話も僕なんかよりずっと立派に話す人が大勢います。
てか、僕は嫌われ者ですので、自分が孤食やっちゃってますし…。
「食の安全」とか「食料自給率」について話すのは好きなんですが、そういうのってなんか政治批判みたいになりがちだし、自分で街頭演説するのもちょっとね。
佐久間象子じゃないんで(※※)。
アメリカの食育はどうなっているかという話をするのも大好きで、話したくてウズウズしているんですが、そんなの聞きたい人、少なそうだし…。
(※※)佐久間象子の街頭演説については→ 「食育至上主義人民共和国 その3」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/11/3_18.html
なので、現場のほうはご容赦いただいております。
ていうか、現場のほうが僕を必要としていないみたいで(苦笑)。
トホホではございますが、しょうがないので、会議室のほうで開業しているしだいでございます。
会議室で何を開業しているかって?
いや、自分でもよく分からないんですけど、現場で活躍されている方々がときどき、茶飲みにやってきます。
うだうだ僕と喋っているうちに、疲れがとれて帰っていくみたいです。
御隠居か。
最後のメール、いきましょっか。
◆◆◆
「松宮さん、こんばんは。ボクは食育怪獣ギロンガ。おもに知多半島付近で暴れてるヨ」
そ、そうですか…。
いや、なんというか、勇ましいことですね。
「ちなみにボクの本名は西垣恭子。恭子は今年26歳ネ!」
女性かい。
しかも大人かい!
「最近さー、浮気農家のソイビーンさんとか、流しの料理人ラザフォードさんはどうしてんのー。ていうか松宮さんのブログにめっきり出なくなったじゃん。喧嘩でもしたの? 心配なのよネ」
心配していただいてありがとうございます。
せっかくの質問コーナーですのに、そんな質問でよいのですか?
まあ、お答えしますと、僕はもう日本に帰ってきておりますので、ソイビーンやラザフォードと遊ぶことは少なくなりました。
たまにメール交換はしてますけどね。
アイダホにいるソイビーンは、作っているトウモロコシの値段が上がって大喜び。
もっと儲けたいのか、けしからんことに周囲の農地を買占めしようとしています。
さらにけしからんことに、農地を広げても自分で働こうとしない。
移民したてのメキシコ人を雇ったりして、テメーは奥座敷でネット株式投資をやったりしてます。
若いころのジョージ・ルーカス監督に少し似ているラザフォードは、相変わらずアラスカの奥地にいます。
インディアンが経営する会社から給料をたんまりもらい、季節労働者のための食育をしています。
女性リスナーの皆さん、ラザフォードは独身でたくさん貯金もしているようですよ。
ただ、未確認ですがゲイかもしれませんので、事前によく確認されることをお勧めします。
なお、確認作業を僕にやれと言われても、それはお断り申し上げます。
◆◆◆
♪
エキサイティングな時間はあっという間でしたね。
これでギャラがもっと良ければ、言うことなしなんだけどな。
ギャラはともかく、
「真夜中の食育」
今夜はここまで。
日本食育大学准教授(自称)、松宮園生がお送りしました。
ではまた来週のこの時間に、お会いしましょう。
バイナラ (←死語)。
♪
つらいときこそ笑顔を忘れない松宮園生です(笑)。
「食育は英語で何というの?」シリーズ。
今回のテーマは、
「食品に点数をつけて、選びやすくする」
です。
◆◆◆
ひと口に「食品に点数をつける」つっても、
* 健康に役立つ度合いを点数にするのか
* フードマイレージや地産地消の度合いを点数にするのか
* 美味しさを点数にするのか
* 安全を点数にするのか
さまざまな切り口がありそうです。
人間でいうと…。
有名大学を卒業しているからといって、必ずしも優れた人であるとは限りません。
有名大学を卒業しても犯罪に手を染めてしまう人がいます。
有名大学を卒業していなくても、世の中の役に立つ素晴らしいことをしている人は大勢います。
つまり、「有名大学」という切り口は、いろんな切り口のほんの1つにすぎません。
「食品に点数をつける」ことも同様です。
どれか1つの切り口で良い点を取っても、他の切り口で良い点が取れるとは限りません。
たとえば、バナナは栄養豊富な果物だと言われます。
しかしほとんどのバナナは海外(中南米や東南アジア)から運ばれてくるので、フードマイレージは大きい。
そんなバナナを、「食育派日本人」であるアナタは食べるべきなのか、食べてはいけないのか。
難しいですね。
そういう難しさがあるのですが、それはそれとして。
「食品に点数をつける」
にはどんな例があるのか、いくつかご紹介します。
◆◆◆
まずは、「ウェイト・ウォッチャーズ」。
アメリカで有名なダイエット法の名前なのですが、同時に会社の名前でもあります。
誕生(創業)してから半世紀近くになるという、由緒ある会社です。
ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場しています。
僕の知るかぎり、ダイエットの会社で株式を上場している会社(=上場会社)はここだけなんじゃないでしょうか。
ウェイト・ウォッチャーズについては→ 「風林火山ダイエット その2」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/09/2_20.html
ウェイト・ウォッチャーズはある数式を使って食品に点数をつけています。
* カロリー
* 脂肪の量
* 食物繊維の量
を使った、少々複雑な数式です。
なんと彼らはその数式で特許を取りました。
で、ウェイト・ウォッチャーズの会員になるとこの数式を与えられ、計算をしながら食品を選んでいくわけです。
食べたものの合計点がある水準を超えないように、管理していきます。
そうやって、体重というかBMIを落とします。
ウェイト・ウォッチャーズは
* スパーマーケットで売られているいろんな食品
* 全国チェーンのレストランで出てくるメニュー
* マクドナルドやウェンディーズで売られているメニュー
などに点数をつけ、会員に発表しています。
また、独自のレシピを開発し、点数をつけて会員に発表しています。
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次は ORAC (オラックまたはオーラック)。
体内に「フリーラジカル(活性酸素)」と呼ばれるものが増えると、体が酸化すると言われています。
要は、体がサビるわけです。
体が酸化する(サビる)と老化が進むと言われています。
というわけで、老化を防ぐためには「フリーラジカル」を減らさなくてはなりません。
このことは、アンチエイジングに興味のある方ならたいがいご存じと思います。
「フリーラジカル」を減らす物質のことを「抗酸化物質」といい、たとえば
* ビタミンC
* ビタミンE
* コエンザイムQ10
などが「抗酸化物質」に該当します。
さて、食品によってはこの「抗酸化力」が強かったり、弱かったりします。
ORAC とは、食品の「抗酸化力」を測る指標です。
今から5年前(6年前だったかな?)にアメリカで開発されました。
日本ではまだあまり知られていませんが、アメリカでは食品メーカーが自分のところの商品の ORAC をさかんに測定しています。
測定した結果、よい数字だったら売上が伸びると思っているからです。
ちなみに、ORAC の値の高いお菓子はチョコレート。
野菜だったらアーティチョーク。
それから豆類。
果物だったらベリー類。
このへんが ORAC で見た場合の優等生のようです。
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最後は、ONQI。
読み方はよく分かりません。
特に凝らずに、
「オー・エヌ・キュー・アイ」
と読むのがいいように思います。
ONQI は、食品に100点満点で点数をつけようという米国のプロジェクトです。
* タンパク質・炭水化物・脂肪
* ビタミン・ミネラル
* 食物繊維・フィトケミカル
など30種類の要素を勘案し、100点満点で評価されます。
5年ほど前にプロジェクトが始まりました。
科学者や医師・栄養士などが集まって「点数化」が進められています。
今年(2008年)の秋ごろ、つまり今ごろですけど、一部の食品店で「点数のついた食品」がお目見えするらしい。
忙しい買物客のために、食品のヘルシー度がひと目で分かるようにしよう、というのが、このプロジェクトの目的です。
この評価法によると、こんな点数がつけられています。
* イチゴ:100点
* ホウレンソウ:100点
* オレンジ:100点
* リンゴ:96点
* バナナ:91点
* 大西洋産のシャケ:87点
* アーモンド:82点
* ホタテ:51点
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以上、3つの「食品に点数をつける」アメリカの事例を紹介しました。
お気づきかもしれませんが、3つとも、
「栄養にフォーカスして」
点数をつけていますね。
栄養だけって、何となく「片手落ち」な感じがしませんか。
われわれ日本人がもし同じようなことをやろうとしたら、栄養だけでなく
* フードマイレージや地産地消
* 郷土の食文化を理解するのに役立つかどうか
* 農業を応援するのに役立つかどうか
など、いろんな要素を勘案して点数をつけたがるのではないでしょうか。
(そんなことが可能かどうかは別として)
これは日本とアメリカの「食育」の違いにも起因しています。
日本の食育にはさまざまな概念が含まれていますので、単純に「栄養」では終わりません。
これに対し、アメリカでは、食育というともっぱら「栄養」がテーマになります。
食料自給率の高いアメリカでは、あまり農業の活性化とかフードマイレージとかをうるさく言う傾向がありません。
なので、食品に点数をつけるときも、アメリカでは「栄養」に焦点が当たるわけです。
日米の食育の違いについては→ 「食育とは」
http://www.shokuiku-pro.com/modules/tinyd1/index.php?id=1
松宮園生です。
(前回のあらすじ)
魅力的な怪力女性、田口弥生の姉は、なんとあの
「剛腕の管理栄養士」、佐久間象子でした。
田口弥生の話では、佐久間象子は食育に興味を失い、
無気力になっているという…。
(前回→http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/08/2_30.html)
◆◆◆
まさかね。
だって無気力な佐久間象子って、
「チョコレート味の流しそうめん(ミョウガつき)」
と同じくらい、ありえない感じなんだけど。
「その、どんなふうに無気力なんですか?」
「姉は、世の中の人たちの食育がダメだ、なっていないといつも文句を垂れていたんですけど」田口弥生は言いました。「最近ではそうでもないみたいで。文句を言わなくなりました」
「よかったじゃないですか」
「全然よくありません」
「というと?」
「姉は生き甲斐を失ったんです」
「生き甲斐を失った? おっしゃる意味がよく分からないんですけど」
「ついこの間までは飽食の世の中だったでしょ。日本の食料自給率が何パーセントかなんて騒ぐのは一部の人だけで、誰も気にしなかったですよね」
「ま、確かにそうでしたね」
「地産地消なんて言葉も、誰も知らなかったし」
「そういえば、僕も生まれて初めて地産地消という言葉を聞いたときは、なんだかダサイ言葉なあと正直思いました」
「分かります、それ。わたしもそうだったもん」ニッコリ笑う田口弥生。「そのころの姉は、世直しをするのに燃えてました。食生活がちゃんとしてない男性をボコボコにするのを楽しみにしてたんです」
「佐久間象子、やっぱりこぇぇ…」
「怖い姉でした」
「妹さんが言うと、よけい怖いですね。…そいえば思い出しました。僕も、ボコボコにされたっけ」
(佐久間象子に僕がボコボコにされたいきさつについては →「朝ごはんラプソディ」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2010/10/2112_1.html)
「でも、それが今ではどうでしょう」田口弥生は続けました。「食品偽装の問題は起きるわ、餃子に農薬が入るわ、穀物が不足するわ、食料品の値段が上がるわで、世の中は変わっちゃいました」
「なるほど」
「今じゃ、サラリーマンも口を開けば自給率を心配するし、OLも居酒屋に行けば地産地消の話題。にわか『食料自給率評論家』や『地産地消が趣味な人』が増えたみたいで」
「ふーん。そんなもんですかねえ。でも、それならそれで、よかったじゃないですか。お姉さんが望んだ時代がやってきたんでしょ」
「そうなんですが、でも相変わらず、世間の人は姉の言うことに耳を貸しません」
「どういうこと?」
「姉がふだんから主張していたことを、マスコミが言うようになりました。そしたら、マスコミの言うことには世間の人も耳を貸すんですけど」
「同じことをお姉さんが言っても、耳を貸さないということですか?」
「そうなんです。時代が変わったのに、食育といっても注目されるのはにわか勉強のタレントばっかり。昔から食育を唱えていた姉に注目は集まらず、姉の不満は、解消されませんでした」
ま、世間の人の気持ちは分からないでもないな…。
田口弥生は力なく笑いました。「食育の女帝になりたかったのに、マスコミが姉のお株を奪ってしまったもんですから、姉も立場がなくって」
「そうですか…」
「マスコミのせいで日本中に『にわか自給率評論家』が増えました。その結果、ボコボコにできる男性の数が減りました。姉はそれで生き甲斐を失ったんです…」
「はあ…」
「優等生が増えて、いじめ甲斐がなくなったというか…」
「無気力の理由って、それかい」
ふと、田口弥生は黙りみました。
乱れた髪に、袖が破れたブラウスに、潤んだ瞳に、上気した顔。
(なぜ袖が破れているのかは、前回を参照ください。僕のせいではありません)
そんな田口弥生が、僕のほうに身を乗り出してきました。
「わたし、どうしたらいいでしょう? あんな無気力な姉、見てられません…」
かすかに匂う、フェロモン系の香水。
「なんとかならないでしょうか」
そう言って、彼女は僕の手を握りました。
ボキボキボキボキ!
激痛が走り、僕はふたたび悲鳴をあげました。
◆◆◆
「あたしったら、またやっちゃった。ごめんなさい!」
そう言いながら、田口弥生は自分のブラウスの、もう片方の袖の下半分をビリビリと破りました。
包帯みたいにしたかったのでしょうか、それを僕の腫れあがった手に巻きつけます。
巻きつけられながら、僕は勇気を出して言いました。
「あなたの心配な気持ちは分かりますが、こればっかりは本人が自分で解決するしかないんじゃないですか?」
「そこを何とか助けていただきたいんです。姉に会っていただけませんか」
「会う?」僕は椅子のまま後ずさりしました。「いや、それはちょっと」
手に巻かれた「包帯」が、中途半端にほどけて垂れ下がります。
「今の姉なら、無害です」迫る田口弥生。
「いや、無害とかそんな問題じゃなくて」逃げる僕。
「わたしが、こんなに頼んでもダメですか?」
「そう言われると困るんだけど…」
田口弥生の目に、みるみる涙が。
「じゃあもう結構です」涙目の田口弥生は、僕に迫るのをやめ、立ち上がりました。
勢いで、椅子が後ろに倒れ、大きな音がしました。
「松宮さんて、冷淡なかたなんですね。もういいです。さいなら」
彼女は踵(きびす)を返すと、オフィスのドアを蹴るようにして開け、大股で出て行きました。
2つあった蝶番(ちょうつがい)の片方が外れ、ドアが傾きました。
「ちょっと待って」
僕はあわてて後を追いかけます。
「弥生さん。ちょっと待ってください!」
階段を駆けおり、彼女に追いすがり、その手をつかもうとしたそのときです。
巡回中だったのでしょう、警官が通りかかりました。
◆◆◆
僕は瞬時に固まってしまいました。
田口弥生は、髪が少し乱れ、感情が昂ぶって上気した顔をしており、涙を浮かべ、なによりブラウスの袖が両方とも破れています。
僕の手から、その一部が垂れ下がっています。
田口弥生は去ろうとしており、僕は追いかけようとしています。
そこに、おまわりさん登場。
凍りついた僕の脳裏に、
「いいわけ無用の説明地獄」
という言葉が何度もエコーしました。
(「エレファント・ウーマンの憂鬱」 終わり)