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あらかじめ言っときますけど、今日はオチは
ねーけん。
よしなしごとを、つれづれ日記風に書きます。
◆◆◆
ある医学博士の先生が、ワークサイト・ヘルス・
プロモーションの勉強会を不定期にやってまして。
僕もメンバーでたまに参加していました。
たいがいは教室みたいなところでやっていたのですが、今回は都内のある旅館で行われました。
泊まりではなく、日帰りです。
(夜の10時が、チェックアウトタイムでした)
いまどき少ない20世紀風情のひなびた和室で、「食事つき+ビールつき+風呂つき」の癒しチック勉強会となりました。
ワークサイト・ヘルス・プロモーションについては→
「食育は英語で何というの? その4」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/04/_4.html
旅館のことがだいぶ気に入ったので、すこし紹介すると…。
東京のこのへんには「知る人ぞ知る旅館」というのがいくつかあるらしく、ここもそうでした。
女将の話によると、
* 最近、ある有名な映画の撮影の舞台になった
* 漫画家がときどき逃げてくる(何から?)
* いま北京で戦っている某有名オリンピック選手が、こないだ精神修養のために泊まりにきた
…なのだそうです。
↑
こんなことを自分の手柄のように嬉しそうに書く僕も、恥ずかしながらミーハー(死語)ではある。
しかし女将の話でもっとも印象に残ったのはこのセリフでした。
「ウチはxx大学が近くにあるせいで、受験生がよく泊まりにきます。最近の受験生はアレルギーのひどい子が多くて。食事を出すのが大変なんですよ。だって食事のせいで受験に失敗したなんて、絶対嫌でしょう?」
テレビで食物アレルギーの話題が出るときは、もっぱら子どもが出てたけど、大学受験生のような年齢でもそうなのか。
僕が受験生のときはアレルギーなんて誰も騒いでいなかった。
今の受験生は、アレルギーがあるのが普通?
それはともかく、なかなか癒される旅館でしたし、値段もなかなか癒されるレベルでしたので、個人的にもまた来ようと思った僕でした。
◆◆◆
この旅館から歩いて10分くらいのところに、あるお寺がありました。
じつをいうと、僕は昭和の終わりごろ、その近所に住んだことがあります。
故郷のテケテケ村を脱出して、東京に移り住んだ、最初の場所でした。
そこには2年くらい、いました。
なぜそんな場所を選んだかというと、お寺の墓掃除のバイトをするためです。
人手不足のおり、時給が高く、なかなか実入りのよいバイトでした。
毎日やると、結構なお金になりました。
なぜ人手不足かというと、そのお寺にはあるお姫様のお墓がありまして、このお墓の掃除を手抜きすると死ぬからです。
そういう呪いがかかっていました。
歴代の「掃除人」がこのバイトにチャレンジし、あたら命を落としていました。
…という噂があったものですから、不人気なバイトだったわけです。
田舎からぽっと出の僕みたいな、世間知らずじゃないかぎり、やりたかないですよね。
というわけで、死と隣り合わせの墓掃除は僕の思い出の1つとなっています。
思い出はもう1つありました。
「クコ爺(じじい)」
です。
お寺の近所に
「クコ爺」
と呼ばれる老人が住んでいました。
木造の古い一軒家に住んでいたのですが、玄関前に
「クコは世界を救う」
と書いたどでかい看板を立て、さらに家の外壁を
「クコを甘くみるな」
「クコをなめるな」
「人の世はクコに始まりクコに終わる」
といった貼り紙で埋めつくしていたので、
「クコ爺」
と呼ばれていたのです。
クコというのは、薬草の一種のあのクコです。
実は食用です。
クコ爺はしかし、クコを販売しているわけではありませんでした。
これだけクコを宣伝しているわけだから、クコを売っていると思いますよね普通?
ところがクコを買いにこの玄関をくぐると、
「なにやつじゃ。勝手に人の家に入ってきおって」
「いえ、あの、クコを買いにきたんですけど」
「そんなものウチにはない。不法侵入にならんうちにとっとと帰(けえ)れ」
と追い出されてしまいます。
だったらクコ爺は何のためにあれほどクコの味方をしていたのでしょうか?
なにを主張したかったのでしょうか?
誰にも分からぬまま、世は21世紀を迎えてしまいました。
以上、回想シーンでした。
◆◆◆
旅館での勉強会は夕方のスタートでした。
早めに現場に到着した僕は、足をのばし、かつて住んでいたあたりを散策してみることにしました。
超久しぶりに例のそのお寺の前を通り…。
中をのぞくと、どこかの若造が必死の形相で墓掃除をしています。
箒の動きにあわせて、砂煙があがっています。
おー、やっとるやっとる。
死ぬなよー。
懐かしさがこみあげてきます。
しかし昔と同じだったのはそこまでで、周囲の景観は、ずいぶん変わっていました。
なんだか違う町に来たようです。
「クコ爺はどうしてるかな」
クコ爺のいたあたりに足を向けてみると、そこにはもはや一軒家はありませんでした。
コンビニになっていました。
クコ爺は何のためにあれほどクコの味方をしていたのでしょうか?
なにを主張したかったのでしょうか?
ある意味どーでもよかったこの疑問は、とうとう解かれることなく、すべてがコンビニ化してしまったのでした。
時の流れをしみじみ、感じたものです。
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