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松宮園生です。
理由(わけ)あって、過去に一度だけ、食い逃げ
をしたことがあります。
ま、食い逃げと言いきれるどうかはビミョー
なんだけど。
今回はそれを、カミングアウトします。
聞いてくだせえ。
学生のころだったと思います。
仲良くなりかけていた女の子と食事(夕食)にいくことになりました。
背伸びして流行りのレストランを予約したのですが、行ってみたらなぜか予約が入っていなかった。
焦りましたが、仕方がありません。
レストランと言い争いをしても解決しないし、そんなキャラでもないし、言い争いしてたらせっかくのデートも気分台無しになるし。
それより、彼女に「応用のきかないやつ」と思われないように、素早く次の手を打たなきゃ。
焦る頭脳をむりやり回転させ、近くに飛び込みで行けそうな店がないか記憶を辿ります。
すると、女の子のほうが助け船をだしてくれました。
「前から行きたかった店が近くにあるの。行ってみない?」
僕の失敗を優しくカバーしてくれる、ありがたい提案でした。
◆◆◆
その店は繁華街から奥に入った、住宅街の一角にありました。
1階から上がマンションになっている建物の、地下がフレンチ・レストランになっていたのです。
客の入りもほどよく混んでおり、第1印象は悪くありませんでした。
「素敵なところね」
彼女も満足げです。
メニューを見ながら何にしようか彼女と相談しているとき。
ふと見回すと、客数がさっきの半分くらいになっていました。
いつの間に去っていったのか、全然気がつきませんでした。
メートルというのかギャルソンというのか分からないけど、給仕の人がやってきました。
「ご注文は決まりましたか? メニューについて、なにか御質問ありませんか?」
料理に詳しくない僕はとくに質問を思いつかなかったのですが、彼女は質問をしていました。
どんなソースを使っているかとか、そういう質問だったと思います。
注文は、彼女がてきぱきと決めてくれました。
そのあとソムリエがやってきて、ワインの説明をしました。
こっちは学生ですので、あんまり予算もありません。
それを正直に話すと、ソムリエのほうでコストパフォーマンスの良い白ワインを勧めてくれました。
なんというワインだったかは聞かないでください。
さっぱり頭に残っていないので。
「オーダーする」という緊張の手続きを終え、ふとあたりに目をやると…。
客が、すっかりいなくなっていました。
彼女と僕の、2名だけです。
心なしか、照明も弱くなっているようでした。
◆◆◆
白ワインが運ばれてきました。
「テイスティングしますか?」
とソムリエが聞いてきました。
あまりよく分からなかったので、どうしようかと思っていると、
「わたし、やってみたーい。いい?」
またもや彼女が助け舟を出してくれました。
ほっとしました。
その後すぐに前菜が運ばれてきました。
ワインを持ってきたソムリエと、前菜をもってきたメートル(またはギャルソン)が立ち去ったあと、彼女が言いました。
「ねえ、なんだか静かすぎない?」
たしかに静かでした。
さっきまでかかっていたBGMが、もう流れていないのです。
遠くに見える厨房からも、音は聞こえてきませんでした。
おまけに、一段とまわりが暗くなったような気がします。
「でも、このテリーヌ、すごくおいしい」
前菜をひと口、口に入れた彼女が、嬉しそうにいいました。
その言葉が、僕にはなんとも救いでした。
ですが、そのあとは会話もなく。
周囲の静けさに気押されたかのように、2人は黙々と前菜を食べました。
フォークやナイフが皿と触れ合う音だけが、やけに響きました。
せっかくのデートも、雰囲気がおかしくなってきました。
気分をもりあげようと気の利いたことを言いたかったのですが、そんなセリフが出るわけもなし。
ときどき顔を見合せて、目が合ったらニコッと笑うくらいしか、コミュニケーションはありませんでした。
そのうち、目を合わせても彼女は笑わなくなりました。
このデートは失敗だ…。
僕は覚悟(←何の覚悟?)を決めました。
前菜を食べ終わったころ、メートル(またはギャルソン。まあどっちでもいいけど)が次の料理を運んできました。
どこからかソムリエも現れて、残り少なくなったグラスに白ワインを注ぎ足していきました。
メートルとソムリエが去ると、ふたたび静寂が訪れます。
あたりはいっそう暗くなりました。
天井の照明は消えていました。
テーブルの上にはキャンドルが立てられているのですが、このテーブルのキャンドルだけに火がついていました。
要は、これが唯一の灯りだったのです。
◆◆◆
「なんか変だね。暗いね」
僕が思い切って口を開くと、彼女も黙ってうなずきました。
「もう少し、明るくしてもらおうか」
それを店員に伝えたかったのですが、見回しても誰もいません。
奥に引っ込んでしまっているようです。
店員を呼ぶために立ち上がろうとする僕を、彼女が止めました。
「いいの。どこにも行かないで」
「え?」
「お願いだから、ここにいて」
驚いたことに、彼女の声は、震えていました。
半腰だった僕は、椅子に座りなおしました。
沈黙。
さっきから、彼女の様子がどうもおかしい。
「どうしたの? 気分でも悪いの」
首を横に振る彼女。
沈黙。
しばらくして、彼女が口を開きました。
「ねえ」
「うん?」
「わたしのこと、好き?」
「え?」
「答えて」その声は、まだ震えていました。「わたしのこと、好き?」
唐突な質問にあっけにとられました。
いきなり告白タイムか?
「答えて。お願いだから、答えて」
「う、うん」僕は答えました。「まあ、好きじゃなかったら食事に誘わないし…。誘ったということは好きだということで…」
よくある少年漫画の主人公みたいな「あたふたした」セリフです。
すると彼女が言いました。
「わたしもあなたのことが好き」
「え?」
「あなたのことが好き」
「まじ?」
このデート、失敗したと思ってたらそうじゃなかった…。
「だから約束してくれる?」
「約束?」いきなり両想いになった喜びを感じながら、でも不安な面持ちで「どんな約束?」
「何があっても、わたしを置いていかないって、約束して」
「どうしたの」
「早く約束して。何があっても、わたしを1人ぼっちにしないって、約束して」
その声は涙声に変わっていました。
「わ、分かったよ。約束する」僕は言いました。「約束するよ」
「絶対? 絶対約束だよ」
「うん。絶対、約束だ」
すると、彼女は自分の足元のほうを指さしました。
「テーブルの下、どうなってるか見てほしいの」
「テーブルの下?」
「いいから、見て」
キャンドルの光が届いているのはテーブルの上だけです。
テーブルの下は真っ暗でした。
僕はキャンドルを持ち、2人の足元を照らしました。
目をこらすと…。
床から2本の腕が伸びて、彼女の両足を掴んでいるのが見えました。
◆◆◆
それからどうなったかは記憶があいまいです。
人通りのない夜の住宅街を、泣きわめきながら走ったという記憶がぼんやりとあるくらいで。
どうやって家に帰ったかも、うろ覚えです。
その後、彼女とは一度も会っていません。