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松宮園生です。
駄目ビジネスマンを相手に2流、3流の商品を売りつけるのを生業にしている
人物がいます。
その人物の名は、「アゴヒゲ」。
かつてはどこぞの中堅企業で営業企画みたいな仕事をしていたそうですが、
現在はフリーランスのセールスマンです。
アゴヒゲは僕のまわりによく出没します。
ということは、彼から見ると僕は駄目ビジネスマン。
僕から見ると、彼は貧乏神っつーか、なんかそんな存在です。
アゴヒゲがなぜ駄目ビジネスマンを狙うかというと、駄目ビジネスマンは脇が甘いので、いろいろ丸めこみやすいからだそうです。
要するに、チョロイということで。
駄目ビジネスマンを相手にしているということは、彼の持つ顧客リストは、
「丸めこみやすいチョロ系ビジネスマンのリスト」
なわけですね。
その名簿、欲しがっている人、多かったりして。
◆◆◆
「うぉーい、また来たぞ」
アゴヒゲが僕のオフィスに入ってきました。
最近はノックもしません。
また来やがった…。
ま、本人もそう言ってるけど。
「喜べ。いいもの持ってきてやった」
座るなり、アゴヒゲはカバンの中から商品を取り出しました。
複雑な柄の、布袋でした。
「ほてい」ではありません。
「ぬのぶくろ」と読んでください。
「布袋をどうすんの?」
「説明はあとだ。この暑い中を歩いてきたんだ。冷たいお茶でも出してくれよ」
「あんたに出すお茶なんか、ないね」
「ジュースでもいいのだが…」
「ねえよ!」
「そうかい、じゃあしょうがない。自分のを飲むか」
アゴヒゲはカバンの中からお茶のペットボトルを取り出しました。
よく冷えているらしく、ペットボトルに水滴がついています。
それをごくごく飲み、ぷはー、と吐息。
「で、この布袋だが」ペットボトルをしまいながら、アゴヒゲは言いました。「ただの布袋じゃない。玄米を使った健康グッズだ」
「玄米? 健康グッズ?」
「そう。ここに玄米を入れてだな、このロープでぶら下げる。玄米、持ってねえか?」
「事務所に玄米なんかあるか、普通?」
「そうかい、じゃあしょうがない。自分のを使うか」
アゴヒゲはカバンの中から玄米の入ったビニール袋を取り出しました。
玄米を、布袋にザザーッと移しかえます。
「で、口をしばってこうやってぶら下げるわけだ。何に見える?」
「玄米の入った布袋」
「そのまんまじゃねえか。そうじゃなくて、サンドバッグに見えないか」
「サンドバッグ?」
「ボクシングの練習に使う、あれだよ。この商品は、砂の代わりに、玄米を入れるのさ。言われてみりゃ、サンドバッグに見えるだろ」
「サンドバッグねえ」
「そうだよ。これは家庭用の玄米サンドバッグだ。健康器具として使ってもらう。これを天井からぶら下げて、パンチやキックをするわけだ。いい運動になる」
アゴヒゲは今度はカバンの中から薄っぺらい本を取り出しました。
「しかしだ、ガムシャラに殴ったり蹴ったりするよりも、ちゃんとした運動マニュアルに沿って使ったほうがいい。そう思うだろ? というわけで、そういうのも作った。これが、玄米サンドバッグを使った運動マニュアルだ。読みたいか?」
「べつに」
「素直じゃねえ奴だな。まあとにかく読め。この通りに運動すれば、メタボ解消にもなるし、ストレスも発散される。つまりこれはメタボ解消商品であり、メンタルヘルス商品でもあるのだ」
アゴヒゲが差し出した本には
「楽しみながら健康に! 玄米ボコポコ運動」
と書いてありました。
「気をつけろよ。それはボコボコと読むんじゃなくて、ボコポコだからな。玄米ボコポコ運動」
「ボコポコ?」
「前半がボコで、後半がポコだ。ボコとポコで『玄米BP運動』ともいう。おれはネーミングには徹底的にこだわる性質(たち)なのでね」
徹底的にこだわって、そのネーミングかい…。
僕が本をいい加減な手つきでパラパラとめくっているのを見て、アゴヒゲはつけ加えました。
「あんまり感心してなさそうだから言うが、その運動マニュアルは新大塚国際大学の瓦谷教授が監修したものだぞ」
「ふーん」
「瓦谷教授を知らんのか?」
「さあ、知らないねえ」
「そうか、知らないのか。情けない奴だ」ガイジンみたいに肩をすくめるアゴヒゲ。「まあ、おれも最近まで知らなかったがな」
◆◆◆
うんざり顔の僕は言いました。「サンドバッグったって、家庭のどこにぶら下げるわけ?」
「そんなの、どこだっていいだろう。好きなところにぶら下げりゃいいじゃねえか」アゴヒゲはバカにしたように答えます。「それよりな、玄米サンドバッグでトレーニングをすると、おまえの好きな食育になる。ここがまた良いのだ」
「は? 食育?」
てか、僕は別に食育が好きとか、嫌いとか、そんなんじゃないけど。
「そうさ。おまえの大好きな食育だ」玄米の入った布袋を拳で叩きながら、アゴヒゲは言いました。「サンドバッグを一撃するごとに中の玄米が擦れてだんだん白米になる。精米されるというわけだ。な、きわめて食育だと思わんか」
「それのどこが食育なんだよ」
アゴヒゲはそれには答えず、「白米じゃなくて玄米で食べたい人は、玄米のまま食べればいい。これは健康グッズであると同時に、食育商品でもあるということだ」
「で、値段だが」アゴヒゲは続けました。「これは会員制になっててな。入会金10万円、月年会費が3万円。サンドバッグとマニュアル本はタダだ。で、玄米が毎月送られてくる。玄米は食べてもいいし、サンドバッグで精米しても構わん。どうだ、魅力的だろう」
「ふーん」と僕。「要するに、布袋をネタに玄米を売りたいわけね」
「とんでもない。何を言う」語調が荒くなるアゴヒゲ。「いいか、これはおまえの好きな食料自給率にも関係があるのだぞ」
「は? 食料自給率? てか、食料自給率に好きとか嫌いとか、あんのかい」
「玄米や白米を食べれば日本の食料自給率が上がるだろう? これは自給率アップ商品だ」
アゴヒゲはカバンの中から書類を取り出しました。
「これは入会申込書なんだが…。ボールペン、貸してくれないか?」
「あんたに貸すボールペンなんかねえよ」
「万年筆でもいいのだが…」
「ねえっつうに!」
てか、そもそも入会しないし。
「そうかい、じゃあしょうがない。自分のを使うか」アゴヒゲはポケットからボールペンを取り出しました。「必要事項は全部書いといたから。ここに、自筆のサインをしてくれたら、申込完了だ」
「いや、入会しないから」
「言い忘れたが、この布袋は無料で進呈する」
「さっき言ったじゃん、それ。てか、いらないし」
「そうだったな。だがもう1つ言い忘れてたことがある。今回説明につかった玄米も無料で進呈だ。よかったなあ、松宮」
よかったなあ、じゃねーよ。
僕は手にしていた本をアゴヒゲに投げ返しました。「いらないから、もう帰ってくれ」
「いいのか? 布袋もロープも、オーガニック素材で作られてるんだぞ。おまけに、このデザインは小学生の食育絵日記コンテストで佳作に選ばれた絵が使われている」
「優秀賞じゃなくて佳作かい」
「このロープも無料でつけよう。細いロープだが、首をつっても切れない丈夫さだ」
「いや、マジでいらないから。帰ってくれ」
すると、アゴヒゲは大げさに目を丸くしました。「こいつは驚いた! 欲しくないのか? だっておまえにピッタリの商品じゃないか。そのメタボも治るし、食育にもなるし、自給率もアップするというのに!」
「いや、結構」
「日本国民として、自給率アップに貢献する気は、ないのか?」
「それとこれとは話が違うだろ」
「いいか、この商品はな、内閣府の食育推進会議に申請書を出す予定なんだぞ。申請すれば、審査には絶対合格する。落ちる理由はないからな。合格したら、国が推薦する商品になるんだ。それを欲しがらないとは、おまえも先見の明がないねえ」
「申請書を出すって、何の申請書?」
「何をって、おまえ、決まってるじゃないか。『食育・メタボ・自給率ブランド認定』を受けるための申請書だ」
「はあ?」
「知らないのか? 食育にもなり、メタボ改善にもなり、自給率アップにもなる、そんなトリプル商品を認定する制度だ。審査に合格したら、認定マークがもらえる」
「えっ? 知らなかった。そんな認定制度があるなんて…」
アゴヒゲは再び肩をすくめました。
「うむ。じつは、残念ながらまだない。なので、まずそういう制度を作ってくれという嘆願書をもってこれから国会議員に陳情するつもりだ」
(おしまい)