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2008.08.30 17:50

食育セールスマン奮闘記 その1

 

松宮園生です。

駄目ビジネスマンを相手に2流、3流の商品を売りつけるのを生業にしている
人物がいます。
その人物の名は、アゴヒゲ。
かつてはどこぞの中堅企業で営業企画みたいな仕事をしていたそうですが、
現在はフリーランスのセールスマンです。

アゴヒゲは僕のまわりによく出没します。
ということは、彼から見ると僕は駄目ビジネスマン。
僕から見ると、彼は貧乏神っつーか、なんかそんな存在です。

    「アゴヒゲ その1」
  http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/07/1_15.html

  「アゴヒゲ その2」
  http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/08/2_17.html

アゴヒゲがなぜ駄目ビジネスマンを狙うかというと、駄目ビジネスマンは脇が甘いので、いろいろ丸めこみやすいからだそうです。
要するに、チョロイということで。
駄目ビジネスマンを相手にしているということは、彼の持つ顧客リストは、
「丸めこみやすいチョロ系ビジネスマンのリスト」
なわけですね。

その名簿、欲しがっている人、多かったりして。

◆◆◆

「うぉーい、また来たぞ」
アゴヒゲが僕のオフィスに入ってきました。
最近はノックもしません。

また来やがった…。
ま、本人もそう言ってるけど。

「喜べ。いいもの持ってきてやった」
座るなり、アゴヒゲはカバンの中から商品を取り出しました。
複雑な柄の、布袋でした。
「ほてい」ではありません。
「ぬのぶくろ」と読んでください。

「布袋をどうすんの?」
「説明はあとだ。この暑い中を歩いてきたんだ。冷たいお茶でも出してくれよ」
「あんたに出すお茶なんか、ないね」
「ジュースでもいいのだが…」
「ねえよ!」

「そうかい、じゃあしょうがない。自分のを飲むか」
アゴヒゲはカバンの中からお茶のペットボトルを取り出しました。
よく冷えているらしく、ペットボトルに水滴がついています。
それをごくごく飲み、ぷはー、と吐息。

「で、この布袋だが」ペットボトルをしまいながら、アゴヒゲは言いました。「ただの布袋じゃない。玄米を使った健康グッズだ」
「玄米? 健康グッズ?」
「そう。ここに玄米を入れてだな、このロープでぶら下げる。玄米、持ってねえか?」
「事務所に玄米なんかあるか、普通?」
「そうかい、じゃあしょうがない。自分のを使うか」
アゴヒゲはカバンの中から玄米の入ったビニール袋を取り出しました。

玄米を、布袋にザザーッと移しかえます。
「で、口をしばってこうやってぶら下げるわけだ。何に見える?」
「玄米の入った布袋」
「そのまんまじゃねえか。そうじゃなくて、サンドバッグに見えないか」
「サンドバッグ?」
「ボクシングの練習に使う、あれだよ。この商品は、砂の代わりに、玄米を入れるのさ。言われてみりゃ、サンドバッグに見えるだろ」
「サンドバッグねえ」
「そうだよ。これは家庭用の玄米サンドバッグだ。健康器具として使ってもらう。これを天井からぶら下げて、パンチやキックをするわけだ。いい運動になる」

アゴヒゲは今度はカバンの中から薄っぺらい本を取り出しました。
「しかしだ、ガムシャラに殴ったり蹴ったりするよりも、ちゃんとした運動マニュアルに沿って使ったほうがいい。そう思うだろ? というわけで、そういうのも作った。これが、玄米サンドバッグを使った運動マニュアルだ。読みたいか?」
「べつに」
「素直じゃねえ奴だな。まあとにかく読め。この通りに運動すれば、メタボ解消にもなるし、ストレスも発散される。つまりこれはメタボ解消商品であり、メンタルヘルス商品でもあるのだ」

アゴヒゲが差し出した本には
「楽しみながら健康に! 玄米ボコポコ運動」
と書いてありました。

「気をつけろよ。それはボコボコと読むんじゃなくて、ボコポコだからな。玄米ボコポコ運動」
「ボコポコ?」
「前半がボコで、後半がポコだ。ボコとポコで『玄米BP運動』ともいう。おれはネーミングには徹底的にこだわる性質(たち)なのでね」

徹底的にこだわって、そのネーミングかい…。

僕が本をいい加減な手つきでパラパラとめくっているのを見て、アゴヒゲはつけ加えました。
「あんまり感心してなさそうだから言うが、その運動マニュアルは新大塚国際大学の瓦谷教授が監修したものだぞ」
「ふーん」
「瓦谷教授を知らんのか?」
「さあ、知らないねえ」
「そうか、知らないのか。情けない奴だ」ガイジンみたいに肩をすくめるアゴヒゲ。「まあ、おれも最近まで知らなかったがな」

◆◆◆

うんざり顔の僕は言いました。「サンドバッグったって、家庭のどこにぶら下げるわけ?」
「そんなの、どこだっていいだろう。好きなところにぶら下げりゃいいじゃねえか」アゴヒゲはバカにしたように答えます。「それよりな、玄米サンドバッグでトレーニングをすると、おまえの好きな食育になる。ここがまた良いのだ」
「は? 食育?」

てか、僕は別に食育が好きとか、嫌いとか、そんなんじゃないけど。

「そうさ。おまえの大好きな食育だ」玄米の入った布袋を拳で叩きながら、アゴヒゲは言いました。「サンドバッグを一撃するごとに中の玄米が擦れてだんだん白米になる。精米されるというわけだ。な、きわめて食育だと思わんか」
「それのどこが食育なんだよ」
アゴヒゲはそれには答えず、「白米じゃなくて玄米で食べたい人は、玄米のまま食べればいい。これは健康グッズであると同時に、食育商品でもあるということだ」

「で、値段だが」アゴヒゲは続けました。「これは会員制になっててな。入会金10万円、月年会費が3万円。サンドバッグとマニュアル本はタダだ。で、玄米が毎月送られてくる。玄米は食べてもいいし、サンドバッグで精米しても構わん。どうだ、魅力的だろう」
「ふーん」と僕。「要するに、布袋をネタに玄米を売りたいわけね」
「とんでもない。何を言う」語調が荒くなるアゴヒゲ。「いいか、これはおまえの好きな食料自給率にも関係があるのだぞ」
「は? 食料自給率? てか、食料自給率に好きとか嫌いとか、あんのかい」
「玄米や白米を食べれば日本の食料自給率が上がるだろう? これは自給率アップ商品だ」

アゴヒゲはカバンの中から書類を取り出しました。
「これは入会申込書なんだが…。ボールペン、貸してくれないか?」
「あんたに貸すボールペンなんかねえよ」
「万年筆でもいいのだが…」
「ねえっつうに!」

てか、そもそも入会しないし。

「そうかい、じゃあしょうがない。自分のを使うか」アゴヒゲはポケットからボールペンを取り出しました。「必要事項は全部書いといたから。ここに、自筆のサインをしてくれたら、申込完了だ」
「いや、入会しないから」
「言い忘れたが、この布袋は無料で進呈する」
「さっき言ったじゃん、それ。てか、いらないし」
「そうだったな。だがもう1つ言い忘れてたことがある。今回説明につかった玄米も無料で進呈だ。よかったなあ、松宮」

よかったなあ、じゃねーよ。

僕は手にしていた本をアゴヒゲに投げ返しました。「いらないから、もう帰ってくれ」
「いいのか? 布袋もロープも、オーガニック素材で作られてるんだぞ。おまけに、このデザインは小学生の食育絵日記コンテストで佳作に選ばれた絵が使われている」
「優秀賞じゃなくて佳作かい」
「このロープも無料でつけよう。細いロープだが、首をつっても切れない丈夫さだ」
「いや、マジでいらないから。帰ってくれ」

すると、アゴヒゲは大げさに目を丸くしました。「こいつは驚いた! 欲しくないのか? だっておまえにピッタリの商品じゃないか。そのメタボも治るし、食育にもなるし、自給率もアップするというのに!」
「いや、結構」
「日本国民として、自給率アップに貢献する気は、ないのか?」
「それとこれとは話が違うだろ」
「いいか、この商品はな、内閣府の食育推進会議に申請書を出す予定なんだぞ。申請すれば、審査には絶対合格する。落ちる理由はないからな。合格したら、国が推薦する商品になるんだ。それを欲しがらないとは、おまえも先見の明がないねえ」
「申請書を出すって、何の申請書?」
「何をって、おまえ、決まってるじゃないか。『食育・メタボ・自給率ブランド認定』を受けるための申請書だ」
「はあ?」
「知らないのか? 食育にもなり、メタボ改善にもなり、自給率アップにもなる、そんなトリプル商品を認定する制度だ。審査に合格したら、認定マークがもらえる」
「えっ? 知らなかった。そんな認定制度があるなんて…」

アゴヒゲは再び肩をすくめました。
「うむ。じつは、残念ながらまだない。なので、まずそういう制度を作ってくれという嘆願書をもってこれから国会議員に陳情するつもりだ」

(おしまい)

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2008.08.26 01:28

食育至上主義人民共和国 その8

 

松宮園生です。

富国強兵のため、食育を重んじる国、ザイオン共和国。
http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/10/post_81.html

日本のとある中学校で生徒会長をしている柴田カイコさんは、成績も学年トップです。
その彼女が、夏休みを利用してザイオン共和国にホームステイしました。

以下はザイオン共和国から帰国した柴田カイコさんの、夏休み自由研究発表です。

◆◆◆

「ザイオン共和国の小学生の遊びスタイル」 3年2組 柴田カイコ

わたしは夏休みにザイオン共和国に行ってきました。
ザイオン共和国は日本をモデルに食育による国づくりを目指しています。
モーフィアス大統領はむかし日本に留学し、日本の食育を勉強したそうです。

ザイオン共和国の子どもたちはどんな遊びをしているのでしょうか?
それを調べてきたので、まとめてみました。


<地産地消ごっこ>

(遊び方)
スーパーマーケットにでかけ、店員さんに向かって大声で質問する。
「この××(品物)って、地産地消ですかあ?」
店員がにこやかにうなずいたら2点
「地産地消ではないんだよ」と答えたら、「なーんだ。地産地消じゃないんだ」と聞こえよがしに言う。
そこで店員が「面目ない」と頭をかいたら1点。
じゃなくて怒って追いかけてきたら逃げる。0点。
地産地消かどうか、店員が知らなかったら0点。
…これをあちこちのスーパーマーケットで繰り返し、市単位で集計する。
最も点数の高かった市の勝ち。

(感想)
「ごっこ」なのに市単位で勝負するのかよ…。


<三角食べごっこ>

(遊び方)
給食の時間を利用した遊び。
「必殺、三角食べ!」
と叫んでみんなの注目を集め、三角食べをする。
カッコよく三角食べができたらお代わりをもらえるし、クラスの人気者にもなれます。

(感想)
「カッコいい三角食べ」というのを初めて見ちゃいました。
いまの日本人にはとってもできない、ファンタスティックな箸さばきです。
むかしインド人が右手だけを使って優雅な手つきでカレーを食べているのをみたときはその優雅さに感動しましたが、あのときに負けず劣らず感動しました。


<フードマイレージ当て>

(遊び方)
赤組・白組の2チームに分かれて競う。
準備としてチームで買いだしに出かけ、スーパーマーケットに行くなどして食品(ただし輸入品に限定)を集める。
準備ができたら両チーム向き合い、「せーの」でお互い1つずつ食品を出す。
出された食品を比べ、フードマイレージの小さいほうが勝ち。
フードマイレージは審判が判定する。
勝ったほうは負けたほうの食品を戦利品として没収する。
最後に戦利品の多いチームの勝ち。

(感想)
審判がすごいと思いました。


<メタボ予防ごっこ>

(遊び方)
2人で遊ぶ。
じゃんけんか何かで役を決める。
1人が「アンドリュー」となり、もう1人が「マツミヤ」となる。
アンドリュー役はマツミヤ役の日常生活を四六時中つけまわし、監視する。
マツミヤが運動をサボったり背脂たっぷりのラーメンを食べたりすると、アンドリューが激しくなじり、罵倒する。

(感想)
首都ネブカドネザルあたりでは罵倒するだけですが、地方では踏んだり蹴ったりのバイオレンスがルールとして認められているところもあります。
この遊びはいつ終わるのか、選手交代はするのかしないのか、など、細かいところがいまいちよく分かりませんでした。


<有機ごっこ>

これは遊びというより、ザイオン共和国の子どもたちのあいだにある「階級制度」のようなものです。
生まれてからずっと有機食材だけを食べて育った子は、国から「有機認証」をもらいます。
この認証を持っている子どもは、「有機」と呼ばれ、階級が1番上です。
みんなで遊ぶときも、1番威張っています。
「有機」でない子どもは、「慣行」と呼ばれ、階級が下です。
遊ぶときはいつも下っ端です。
「慣行」が「有機認証」をもらうためには、3年間、有機食材だけを食べ続けなければなりません。
この3年間は、「転換中」と呼ばれています。
つまり、
有機:最上級
転換中:2番目
慣行:3番目
という階級になります。

「有機」なのに、有機食材じゃないものを食べた人は、「偽装」の烙印を押されます。
もう誰も遊んでくれません。

(感想)
士農工商みたいだなと思いました。


<朝ごはんごっこ>

(遊び方)
「朝ごはんは体に良い」と思う人
「朝ごはんは食べないほうが良い」と思う人
両者が集まって激しく口論をします。

(感想)
朝ごはんの是非は、ザイオン共和国の学校で「ディベート」というものの訓練をするときに必ず使われるテーマだそうです。
ものすごく白熱するそうで、インターハイの種目にもなっているとか、なっていないとか。
  参考文献:「食育BOOK大戦 その1」
  http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/01/post_112.html


<いただきますごちそうさまごっこ>

(遊び方)
「いただきます!」と言いながら誰かを指さします。
指さすときに、こまわり君(ガキデカ)の「死刑!」ポーズをとる人もいて、あまりの懐かしさに目撃した日本人観光客(中年)が腰を抜かすと言われています。
指さされた人は、反射的に「ごちそうさま!」と言い返さなければなりません。
しかも同じポーズで。
躊躇したり、恥じらいをみせたり、噛んだりしたら、負けです。

(感想)
登下校中の小学生がよくこの遊びをしています。
合コンでも行われているそうですが、わたしは中学生ですので、合コンと言われても何のことやら。
同じく、わたしは平成生まれですので、こまわり君と言われても何のことやら。


以上で夏休み自由研究の発表を終わります。

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2008.08.24 09:59

エレファント・ウーマンの憂鬱 その2

 

松宮園生です。

(前回のあらすじ)
僕の前にあらわれた、魅力的な怪力の女性、田口弥生。
しかしその正体は、あの佐久間象子の妹でした…。

(前回→http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/08/1_28.html

◆◆◆

「姉の名は佐久間象子といいまして…」

その言葉にコーヒーカップが僕の手から離れ、床に落ちました。
カップは割れませんでしたが、飲み残しのコーヒーは見事にこぼれてしまいます。
ティッシュペーパーを取るために、僕はあわてて立ちあがりました。

「ご、ごめんなさい」平謝りする田口弥生。「コーヒーってフードマイレージが大きいんですよね。それなのにわたしったら、台無しにしちゃった」
彼女は彼女なりにこぼれたコーヒーを何とかしようと思ったのでしょう、いきなり自分の着ていたブラウスの袖をびりびりと引き裂き、それで床を拭きはじめます。
ティッシュペーパーの箱を持ったまま、あっけにとられる松宮。

床を拭きおわると、彼女はさっきまでブラウスの袖だった布を屑かごに捨て、椅子に座りなおしてバツが悪そうに下を向きました。
床を拭くために屈んでいたせいで、田口弥生の髪は少し乱れています。
顔は上気しています。
ブラウスの袖が痛々しく破れています。
三拍子揃った、妙な色っぽさでした。

でもこれ、人が見たら絶対に誤解するなあ…。

「驚かせちゃって、ごめんなさい」再び謝る田口弥生。「いつも、どのタイミングで姉のことをカミングアウトしようか、困るんです。ホントにごめんなさい」
「いや、いいんです」僕は無理に笑いました。「その、佐久間象子さんというのは、あの佐久間象子さんのことですか」
「はい。こわもて管理栄養士の佐久間象子です。でも本人にそう言うと、『わたしはただの管理栄養士ではありません』と怒りだします。姉は栄養教諭の免許に加え、フードコーディネーターの資格も持っているのが自慢なんです。そこも褒めてあげなければいけません」
「それ、聞いたことあります」
「それだけではありません。食育必死講座1級でもありますし、食育プリーチャーの資格も取っています。それも自慢なんです。そこも褒めないと、機嫌が悪いんです」
「なんかよく分かりませんけど、すごいですね」
「それだけではありません。食育推進士試験はムラサキ合格しています」
「ムラサキ合格」
「ムラサキ合格が最上位です。次がキイロ合格。その次がアオ合格です」
「はあ」
「それだけではありません。炭水化物のソムリエでもあり、日本カルパッチョ協会認定カルパッチョ講師の免状も持っているのです」
「はあ」
「こういうのが、全部自慢なんです。全部褒めるまで、許してくれないんです」
「はあ…。聞きしにまさる大変さですね。そんな佐久間象子さんに、あなたのような妹さんがいたなんて」
「初対面の人は似てないって驚くんですけど、わたしの握力が右で85キロ、左で90キロあると知ったら、みなさん納得してくれます」

その点はナットク。

「で、ご相談というのは、お姉さんのことですか」
「ええ」
「そうですか…。佐久間象子さんのことでしたら、僕みたいなスケールのちっこい男に相談するより、もっと相談相手がいるんじゃないですか」
「おっしゃりたいことは分かります」田口弥生の瞳が潤んできました。「佐久間象子と関わらずに平和な人生を全うしたいと思っている人って、きっと多いでしょうし」
「いや、そこまで言わなくても…」
「いいんです。メタボ指導をしている姉の評判は知ってますから。松宮さんが嫌がる、というか怖がるのも分かるんです。でも、わたしを助けると思って聞いてもらえませんか?」
潤んだ瞳の田口弥生は、身をのりだし、袖の破れた手で僕の手を握りしめました。

ボキボキボキ!
あまりの痛さに、僕はギャーッと悲鳴をあげました。

「ご、ごめんなさい! またやっちゃった」
慌てて手を話す田口弥生。

「いやいいです。気にしないで」僕も別の意味で涙目になりながら「じゃあ、話だけ聞きましょう。でも、僕がお姉さんのことで何か手助けができるとは、考えないでください」
「分かりました」田口弥生は椅子に座りなおすと、神妙な面持ちで言いました。「姉が、食育をやめたいと言い出しました。あれほど強気だったのに、信じられません」
「食育をやめる?」
「虚しくなってきたようなんです」
「虚しくなってきた?」
「なんだかよく分からないんですけど、人が変わったように無気力になりました」

(以下、次号)

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2008.08.21 23:36

保健指導ナウ! その5

 

松宮園生です。

この春から始まったメタボ検診(=特定検診)。
「メタボ」
「メタボ予備軍」
と判定されたら、あなたを待ち受けるのはメタボ指導
(=特定保健指導)です。

メタボ指導はどのように行うのかというと。

あなたとメタボ専門家とで、1回あたり20分くらいの面談を繰り返します。
面談を通じて、あなたはプチ洗脳されます。
プチ洗脳されて生活習慣が改善、腹回りも縮んでゆくのです。

テーブルのむこうには、あなたの腹回りを縮めたい専門家。
対するは、今までどおりグータラしたいしラーメンも食べたいサラリーマンのあなた。

「専門家と向かいあっての20分洗脳バトル」
が展開されるわけです。

今回はそのシリーズ、第5話です。

◆◆◆

メタボというと
「まあ何となく体型に問題のあるオジサン」
というイメージですが、実際にはどんな人をメタボというのでしょうか?
つまり、メタボの基準って、何なのでしょうか?
実をいうとこの基準、これまで国によってバラバラでした。

それが最近になって
「メタボの基準を国際的に統一しよう」
という話が盛り上がり、もうすぐ国際基準ができるそうです。
で、新しくできる国際基準では、腹回りが何センチかということはあまり重要じゃなくなるらしい。

困ったのは日本です。
日本のメタボ検診では、「腹回り85センチ(男性)」というのがシンボルみたいになっちゃってますから。
どうする、日本?

で、もし日本も国際基準に従って「腹回り85センチ(男性)」を捨てるとなったら、どうなるの?
ちょっと想像してみました。

◆◆◆

日本が「腹回り85センチ(男性)」を捨てた日 (1)
<山中伸治さん(40代 サラリーマン 既婚)のケース>

日刊ウエルネス新聞の1面に、
「腹回り85センチ、今日から廃止」
という記事がデカデカと載りました。

朝刊を広げた山中さんはその記事を食い入るように見つめます。
その目からは大粒の涙が…。
「つまり、オレのメタボ、治ったんだ」
喜びに身を震わせる山中さん。

治った、ていうのとは違うんじゃね?

そんな僕のツッコミも届かず、山中さんは晴れ晴れした気分で出社します。
「新聞、見たかい」さっそく隣の課の飯沼課長(女性)に話しかけます。
山中さんと飯沼課長は同期入社ですが、出世に遅れた山中さんはまだ課長代理です。
「新聞見たかいって、何のこと?」
「腹回りが85センチを上回っても、もうメタボとは言わないんだってさ。オレはもうメタボじゃない!」
「ふうん」飯沼課長は冷めた声で返しました。「でも山中君がビール腹で、若い子にモテないのは同じないんじゃない」

「そ、それはそうなんだけど」
狼狽して肩を落とす山中さん。

そこへ電話が鳴りました。
「山中課長代理、電話です」
山中さんは受話器を取りました。
「もしもし山中です」
「銀座アルカトラス・クリニックの佐久間です」

山中さんの顔から、サアッと血の気が引けました。
「佐久間…象子…」
「山中さん。今日は保健指導の日です。サボってはいけません。確認のため、電話しました」
「で、ですが」
「山中さん、まさか今朝の新聞を見て、もう保健指導は受けなくていいと思っているのではないでしょうね」
「違うんですか」

「確かに山中さんは『法定メタボ』ではなくなったかもしれません。しかし、法が許しても、わたくし佐久間象子は許しません」
「ひ、ひぇー」
「なお、『法定メタボ』ではなくなった場合、保健指導料の割引はなくなります。定価をいただきますから、そのつもりで」
「ね、値上がりするんですか」
「逃がしませんよ」
電話が切れました。

◆◆◆

日本が「腹回り85センチ(男性)」を捨てた日 (2)
<市川光雄さん(40代 サラリーマン 1人暮らし独身)のケース>

郵便ポストにハガキが届いていました。
ハガキにはこう書いてありました。
「市川様。新聞等でご存じと思いますが、メタボの基準に腹囲85センチは必須条件ではなくなりました。よかったですね。これで市川様も辛く堅苦しい保健指導から解放されます。好きなもの食べてください。今まで銀座アルカトラス・クリニックをありがとうございました。これからの市川様の健やかな日々をお祈りいたします。ごきげんよう。管理栄養士ナオコ」

好きなもの食べてください、って何だよ…。
市川さんの目から、涙がはらはらとこぼれました。
ナオコと過ごした保健指導の日々が、走馬灯のようにまぶたの裏を駆けめぐります。

このまま自然消滅していいのか?
先だって火傷をした市川さんの耳は、まだ完治していませんでしたが(※)、痛みをこらえて電話をかけました。
「銀座アルカトラス・クリニックでございます」
「あ、あの。市川と申しますが、ナオコ先生をお願いします」
「もうしわけごさいません。今週は非番でごさいまして」
「そ、そうですか…」
「ナオコに何か? 保健指導のご相談でしたら、今日は佐久間が担当しております」

「さ、佐久間…象子…」
市川さんの顔が恐怖に歪みます。
衝撃で、耳が、ぽろっと落ちました。
仰天しましたが、よく見ると耳が落ちたのではなく、耳に被せてあった包帯が落ちたのでした。

電話の相手は、淡々と続けます。「佐久間につなぎましょうか?」
「い、いえ、結構です。さいなら」
あわてて電話を切りました。

どうしようもない失望感をもてあます市川さん。
フラれたのとクビになったのが同時に来たような、そんな気分でした。
「ナオコ先生」
弱々しくつぶやきます。
その足元で、腹を空かせた飼い猫のタイコが「どうでもいいけど、ご飯まだ?」という意味でニャーと鳴きました。

  (※)市川さんが両耳を火傷した事情については →「保健指導ナウ! その4」
  http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/08/4_24.html

  佐久間象子、管理栄養士ナオコについては →「登場人物紹介」
  http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/03/post_127.html

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2008.08.20 09:28

エレファント・ウーマンの憂鬱 その1

 

松宮園生です。

食育ロボット「アンドリュー」の生みの親、
ロバート・シトピッチャン教授の講演会に
行ったときのことです。

講演会のテーマは
「食卓の関ヶ原。メタボ予防が勝つか、
自給率アップが勝つか」
でした。
ようするに、
同じ食育といっても、「健康のための食事」と
「自給率を高める食事(地産地消型)」とは
必ずしも内容が一致しない。
バナナは体にいいから食べなさいと言われても、たいがい輸入品だよ。
大豆だってそうだ。
あなたはどっちを優先するのか。
それによってこの国の行先は変わってくる。
…という内容のようでした。

◆◆◆

居眠りしているうちに講演会は終わってしまいましたが、その後、ある人に声をかけられました。
ヒールの高い靴をはいた女性がつかつかとやってきて、
「ひょっとして、松宮先生ではありませんか?」
と、鼻にかかったような声で言ったのです。

差し出された名刺には、
「株式会社3E(スリーイー) 代表取締役 田口弥生」
と書いてありました。

「田口さん、とおっしゃる?」
「はい。わたし、松宮先生のファンなんです」
「へ?」
「このあと、お暇があるようでしたら…」
上目遣いの彼女。

大変残念なことに、その日の仕事はこれで終わりではありませんでした。
「そうなんですか」女性は悲しそうに言いました。「いちど先生のオフィスにお伺いしてもいいですか? 相談に載っていただけると嬉しいな」
「は、はい」
「良かった」
彼女はなんと僕の手を両手で握りしめました。

ボキボキボキ!
あまりの痛さに、僕はギャーッと悲鳴をあげました。

「あらごめんなさい。大丈夫ですか? ついうっかりしちゃって」握る力を緩める彼女。「わたし、男性より力があるんです。気をつけるようにしているんですけど」
「あははは。だ、大丈夫です」
目に涙を浮かべながら返事をする松宮。

「いつオフィスにお邪魔したらいいかしら…。じゃあ、あとでメールしますね」
手を離し名残惜しそうに去ってゆく彼女を、松宮は呆然と見送るのでした。

◆◆◆

翌日。

「あとでメールしますね」
と彼女は言ったけど、どうせ社交辞令かもしれないな。
メールなんて来ないだろう。
期待したらバカを見る。

と思いつつ、でも気になるので、もらった名刺を眺めてみたりして。
(仕事しろよ)

田口弥生の名刺の裏には、こんなことが書いてありました。
「3E(スリーイー)とは、
* Eat(食)
* Easy(簡単)
* Escape(逃げる)
を表しています」

は?
食い逃げの会社か?

首をかしげていると、なんとメールが来ました。
「松宮先生。3E(スリーイー)の田口弥生です。覚えててくださるといいけど…。明日の夕方、お時間いただけませんか?」

返事を書きました。
「分かりました。17時にお越しください」

文面こそ落ち着いていますが、心臓はバクバクです。

◆◆◆

次の日。

オフィスのドアノブが、音をたてて壊れました。
見ると、田口弥生がちぎれたドアノブを手に、ばつが悪そうに立っていました。
「そっと回したつもりなんですけど、取れちゃって」

「き、気にしないでください。ははははは」僕は軽く受け流しました。「そろそろ買い換えようと思ってたんです」

「それに、早く着いちゃってごめんなさい」と、彼女。「待ちきれなくて」
時計を見ると、時刻は16時50分でした。

ヒールの高い靴。
スカートの丈が心なしか短く見えるのは、僕の勘違いでしょうか。
彼女の足から目を反らすようにして、僕は椅子とコーヒーを勧めました。

「素敵なオフィスですのね」
「そ、そうすか」
「1人でお仕事されてるんですか?」
「いちおう。ホントは仕事を大きくして社員を雇いたいんですけどね。商売下手なもんで、なかなか」
「ご謙遜ね。秘書が欲しくなったら、声をかけてくださると嬉しいな」

ドキン。

「えっ。田口さんが秘書をしてくれるんですか」
「弥生って呼んでくださいな。わたしが秘書じゃ、ダメですか?」

ドキドキドキドキ。

「だ、ダメなわけないです。大歓迎です」僕は目のやり場に困りました。「で、ご相談があるとかおっしゃってませんでしたか?」
「ええ。相談というのは、姉のことなんです」
「お姉さん」
「松宮さん、心臓疾患はお持ちですか?」
「は? そういうのはありませんが…」
「ならよかった」田口弥生は言いました。「実は、あの。わたしの姉は、佐久間象子といいまして…」

(以下、次号)


追伸:初めて読まれた方へ。
このコラムの常連キャラ、佐久間象子については、「登場人物紹介」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/03/post_127.html
を参照してください。

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2008.08.18 09:17

ターザン栄養学 その12

 

松宮園生です。

このシリーズ、これで12回目です。
なぜシリーズ名を「ターザン栄養学」にしたのかはここを
クリック。

「ターザン栄養学 その2」
http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/04/2_2.html

◆◆◆

ビタミンについて昔から疑問に思っていることがあるので、ここに書いてみます。

<ビタミンについての疑問その1>
ビタミンAとかビタミンBとか、「ビタミン+アルファベット」で命名するのって、誰が決めたんでしょうね?
その人、「アルファベットって、26文字しかない」ということをちゃんと意識してたのかな。
ビタミンが27個以上みつかったら、どうするつもりだったんでしょうか?


命名した本人(たち)に聞かないと分からないけど、ひょっとして
「アルファベットを使い切ったら、漢字にしよう」
なんて思ってたりして。

たとえば
* ビタミン有(ダルビッシュ有、みたい)
* ビタミン竜(ヤクザの綽名みたい)
* ビタミン炎(こう書くと、病名みたい)
* ビタミン君(誰?)

または、セットで意味が出てくるケースもあるかも。

* ビタミン士
* ビタミン農
* ビタミン工
* ビタミン商
食料自給率がアップし、循環型社会ができそうな組み合わせです。

* ビタミン景
* ビタミン気
* ビタミン向
* ビタミン上
総理大臣が毎日飲むかもしれない組み合わせ。

◆◆◆

<ビタミンについての疑問その2>
ビタミンA、ビタミンB、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE…。
この5個はよく耳にします。
あと、ビタミンKというのがあります。
じゃあ、EとKのあいだ、つまりF、G、H、I、Jはどうなっているの?
それ以降のアルファベットは、どうなっているんでしょうか?


調べてみたらこうでした。
ビタミンF、ビタミンG、ビタミンH、ビタミンI、ビタミンJはかつてはあったそうです。
ところが、あとで検証してみると、厳密にはビタミンではないことが判明。
なので、それらは今は「ビタミン様物質」と呼ばれているらしい。

かつてはビタミンだと思われていたが厳密ではビタミンではないと判った「ビタミン様物質」は他にもあります。
* ビタミンL
* ビタミンN
* ビタミンP
* ビタミンQ(コエンザイムQ10のことです)
* ビタミンT
* ビタミンV
* ビタミンU
などなど。

厳密にはビタミンでない、とはどういうことかというと…。

ビタミンは、定義上こうなっているみたいです。
「重要な栄養素なのに、人間の体内で作ることができない化合物」
なので、たとえば「人間の体内で作ることができる」場合は、ビタミンにはならないらしい。

そういう意味では、たとえばビタミンQ(コエンザイムQ10)は人間の体内で作ることができるので、ビタミンにはならないわけです。

◆◆◆

さて前回、チイタッタ先生に血液型サプリの処方箋を書いてもらいましたが、
http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/06/11_3.html
真似して僕もいろんなサプリを考えてみました。

* ビタミンA
* ビタミンE
* ビタミンK
* ビタミンQ
* ビタミンU
以上を組み合わせる。
商品名は「QUAKE」
地震のときの、サバイバルサプリ。

* ビタミンB群
* ビタミンD
* ビタミンE
* ビタミンU
以上を組み合わせる。
商品名は「DEBU」。
太りたい人のためのサプリ。

* カルシウム(Ca)
* ビタミンE
* ビタミンK
以上を組み合わせる。
商品名は「CaKE」。
甘いものが食べたくなったときのための、ごまかしサプリ。

* ビタミンB1
* ビタミンB7
* ビタミンB9(葉酸)
* ビタミンB12
以上を組み合わせる。
商品名は「足したらB29」。
爆撃系サプリ。

* ビタミンA
* ビタミンB群
* ビタミンE
以上を組み合わせる。
商品名は「ABE」。
全国の阿部さん、安部さんのためのサプリです。

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2008.08.15 12:10

アゴヒゲ その6

 

松宮園生です。

(前回までのあらすじ)
「アゴヒゲを退治してほしい」という依頼をうけた松宮。
すっかりゴルゴ13気分で松宮が考えた計画は、学園都市
筑波に棲む有名な「食のクイズ魔」とアゴヒゲとを対決させ、
どうせアゴヒゲは負けるのだから、それによってアゴヒゲの
プライドを失墜させようというものでした。
その「食のクイズ魔」とは、
食品魔術研究所のサマンサタバサ所長です。
運命の対決の火ぶたが、切って落とされました。

前回→ http://www.shokuiku-pro.com/production/2008/05/5_9.html

◆◆◆

最初の質問をクリアしたご褒美に、お茶が運ばれてきました。

食品魔術研究所のサマンサタバサ所長は、ソファにふんぞり返ったまま鷹揚に言いました。
「で、わしに用件というのは何かな」
「食に関する研究会を開いているのですが」アゴヒゲが答えました。「先生の薫陶を受けたいと思って参りました」
「どんな研究会だ」
「メタボリック・シンドロームを防ぐ食品を、科学的に開発しようという研究会です」

「ふーん、言葉だけは立派だな。では茶をすすっているあんたに聞くが、メタボリック・シンドロームとは何だ」
言うやいなや、サマンサタバサ所長は、僕を指さしました。
「さあ答えなさい。メタボリック・シンドロームとは?」
僕はゲホゲホと咽(むせ)ながら「そ、それはですね…。腹回りが85センチと90センチで、血圧が…。血糖値が…」
「何たるざまだ。しどろもどろではないか!」怒りだすサマンサタバサ所長。「それにだ、そもそもあんたが語っているのは、メタボリック・シンドロームかどうかを判定する基準にすぎん。わしの質問はそんなことを聞いておるのではない」

サマンサタバサ所長は卓上の内線電話を手にしました。
「あーもしもし。わしだが。来客の片方がクイズに失敗した。こやつの茶を下げてしまってくれ」
飲みかけだった僕のお茶は、無情にも取り上げられてしまいました。
おまけに、来客なのに「こやつ」扱いです。

サマンサタバサ所長は今度はアゴヒゲに向かって言いました。「同じ質問をあんたにも問うぞ。メタボリック・シンドロームとは何だ。答えなさい」
アゴヒゲは答えました。
「内臓脂肪が蓄積されることにより、さまざまな病気が引き起こされやすくなった状態のことです」
「うむ。でかした。その通りだ。あんたは本物のようだな」
「恐れ入ります」
アゴヒゲは得意げに頭を下げました。

サマンサタバサ所長は卓上の内線電話を手にしました。
「あーもしもし。わしだが。来客のもう片方がクイズに正解した。お茶菓子を持ってきてくれるか」
アゴヒゲのところにだけ、香りのよいミルフィーユが運ばれてきました。

「こーりゃうまそうですなあ。おーほほほ」
素っ頓狂な(←死語)笑い声をたて、ミルフィーユにかぶりつくアゴヒゲ。
「悪いなあ松宮。オレだけ食べて。欲しいか? うらやましいか? だがお前には、やらんぞ」
「べつにいらねえよ」
僕は吐き捨てるように返しました。

参ったな。
アゴヒゲがクイズに勝つと、ちょっと困ったことになります。
アゴヒゲの株が上がり、退治できなくなるからです。
当初「ま、どうせアゴヒゲはクイズに負ける」とタカをくくっていた僕でしたが、アゴヒゲの意外な健闘に、焦ってきました。

そこへ、「次の質問だ」と、サマンサタバサ所長。
「ぼ、僕ですか?」
「交互に質問しておるのだから、次はあんただろ。他に誰がいる」
「はあ」
「日本の歴史上、最初のメタボ男性は誰だ?」
「あ、それ聞いたことがあります。ふ、藤原道長だったかな…」
「正解、と言いたいところだが、50点だ。藤原道長より前の時代については、メタボはいたかもしれないが確かな文献がないんだよ。文献がある、という条件なら、藤原道長は正解になる。そういう正確な答え方をしないと、科学とは言えん」
「はあ」

サマンサタバサ所長は卓上の内線電話を手にしました。
「あーもしもし。わしだが。さっきクイズに失敗した来客が今度は正解した。50点なんだが、オマケしておこう。茶を持ってきてくれるか」
お茶がやってきました。

「どんどんいくぞ。次の質問だ」
所長はサディスティックな喜びに目を輝かせながら、アゴヒゲに向きなおりました。
「世界3大ヌードルとは?」

◆◆◆

つづく小1時間のあいだに、アゴヒゲは4つのミルフィーユを平らげ、僕のお茶は運ばれたり取り下げられたりしました。
飽きもせずミルフィーユをほおばるアゴヒゲを、僕は肘で突きました。
「あのさ、食い意地が張ってるのはいいけどさ、あんたなんで自分がここにいるのか、分かってるよね?」
「ミルフィーユは、やらんぞ」
「いらねーよ! そうじゃなくて」
「分かってるさ。この所長を口説いて、あの研究会の顧問になってもらうんだろう」
「そーだよ。あんたの仕事は、それだからね。分かってるなら、さっさと進めて」

「所長」アゴヒゲがおずおずと言いました。「クイズはまだ続くのでしょうか?」
「ん?」
「そろそろ本題に入りたいなあ、なんて」

サマンサタバサ所長は、しかし夢を見ているような顔をしています。
アゴヒゲの言うことが飲み込めないようでした。
「心配せんでも大丈夫だ。クイズはまだいくらでもあるぞ」
「いえ、そういう意味ではなく」
所長は聞いていませんでした。「次はあんたのほうだったな。日本以外に、自給率の低い先進国を2つ、挙げてみなさい」
「い、いや所長。われわれはクイズを楽しむために来たんじゃないんです」
「愚か者めが!」

所長のどなり声に、アゴヒゲも僕も、カメのように首をひっこめました。
「心配せんでもいいと言っておろう。クイズはまだいくらでもある。お茶菓子だってまだまだあるのだ」
「はあ」
「逃がしはせんぞ」所長はニヤリと笑いました。「こんな機会はめったにないからな」

◆◆◆

その後どうなったかというと。

腹痛で顔面蒼白になったアゴヒゲが救急車で運ばれたのは、数時間後のことでした。
6個のミルフィーユ、5個のモンブラン、スイカを3切れ、野沢菜のおやきを2個、かき氷を3杯食べ、お茶を7杯、コーヒーを4杯飲んだあげくのことです。

つーか、出されたもの全部、食ったんかい。

そのまま彼は入院。
サマンサタバサ所長に「新世紀エバンゲリ食品研究会」の顧問になってもらうという話は、雲散霧消してしまいました。
図らずも、僕のアゴヒゲ退治作戦は違う意味で成功したわけです。

僕自身は、どうなったかというと。
不正解が連続してしまい、怒ったサマンサタバサ所長に建物からさっさと追い出されてしまいました。
それはそれで、トホホでございました。

(このシリーズ、終わり)

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2008.08.14 15:01

昭和魂

 

あらかじめ言っときますけど、今日はオチは
ねーけん。
よしなしごとを、つれづれ日記風に書きます。

◆◆◆

ある医学博士の先生が、ワークサイト・ヘルス・
プロモーションの勉強会を不定期にやってまして。
僕もメンバーでたまに参加していました。
たいがいは教室みたいなところでやっていたのですが、今回は都内のある旅館で行われました。
泊まりではなく、日帰りです。
(夜の10時が、チェックアウトタイムでした)
いまどき少ない20世紀風情のひなびた和室で、「食事つき+ビールつき+風呂つき」の癒しチック勉強会となりました。

 ワークサイト・ヘルス・プロモーションについては→
 「食育は英語で何というの? その4」
 http://www.shokuiku-pro.com/production/2007/04/_4.html

旅館のことがだいぶ気に入ったので、すこし紹介すると…。
東京のこのへんには「知る人ぞ知る旅館」というのがいくつかあるらしく、ここもそうでした。
女将の話によると、
* 最近、ある有名な映画の撮影の舞台になった
* 漫画家がときどき逃げてくる(何から?)
* いま北京で戦っている某有名オリンピック選手が、こないだ精神修養のために泊まりにきた
…なのだそうです。

こんなことを自分の手柄のように嬉しそうに書く僕も、恥ずかしながらミーハー(死語)ではある。

しかし女将の話でもっとも印象に残ったのはこのセリフでした。
「ウチはxx大学が近くにあるせいで、受験生がよく泊まりにきます。最近の受験生はアレルギーのひどい子が多くて。食事を出すのが大変なんですよ。だって食事のせいで受験に失敗したなんて、絶対嫌でしょう?」

テレビで食物アレルギーの話題が出るときは、もっぱら子どもが出てたけど、大学受験生のような年齢でもそうなのか。
僕が受験生のときはアレルギーなんて誰も騒いでいなかった。
今の受験生は、アレルギーがあるのが普通?

それはともかく、なかなか癒される旅館でしたし、値段もなかなか癒されるレベルでしたので、個人的にもまた来ようと思った僕でした。

◆◆◆

この旅館から歩いて10分くらいのところに、あるお寺がありました。
じつをいうと、僕は昭和の終わりごろ、その近所に住んだことがあります。
故郷のテケテケ村を脱出して、東京に移り住んだ、最初の場所でした。

そこには2年くらい、いました。
なぜそんな場所を選んだかというと、お寺の墓掃除のバイトをするためです。
人手不足のおり、時給が高く、なかなか実入りのよいバイトでした。
毎日やると、結構なお金になりました。

なぜ人手不足かというと、そのお寺にはあるお姫様のお墓がありまして、このお墓の掃除を手抜きすると死ぬからです。
そういう呪いがかかっていました。
歴代の「掃除人」がこのバイトにチャレンジし、あたら命を落としていました。

…という噂があったものですから、不人気なバイトだったわけです。
田舎からぽっと出の僕みたいな、世間知らずじゃないかぎり、やりたかないですよね。

というわけで、死と隣り合わせの墓掃除は僕の思い出の1つとなっています。
思い出はもう1つありました。
「クコ爺(じじい)」
です。

お寺の近所に
「クコ爺」
と呼ばれる老人が住んでいました。
木造の古い一軒家に住んでいたのですが、玄関前に
「クコは世界を救う」
と書いたどでかい看板を立て、さらに家の外壁を
「クコを甘くみるな」
「クコをなめるな」
「人の世はクコに始まりクコに終わる」
といった貼り紙で埋めつくしていたので、
「クコ爺」
と呼ばれていたのです。

クコというのは、薬草の一種のあのクコです。
実は食用です。

クコ爺はしかし、クコを販売しているわけではありませんでした。
これだけクコを宣伝しているわけだから、クコを売っていると思いますよね普通?
ところがクコを買いにこの玄関をくぐると、
「なにやつじゃ。勝手に人の家に入ってきおって」
「いえ、あの、クコを買いにきたんですけど」
「そんなものウチにはない。不法侵入にならんうちにとっとと帰(けえ)れ」
と追い出されてしまいます。

だったらクコ爺は何のためにあれほどクコの味方をしていたのでしょうか?
なにを主張したかったのでしょうか?
誰にも分からぬまま、世は21世紀を迎えてしまいました。

以上、回想シーンでした。

◆◆◆

旅館での勉強会は夕方のスタートでした。
早めに現場に到着した僕は、足をのばし、かつて住んでいたあたりを散策してみることにしました。

超久しぶりに例のそのお寺の前を通り…。
中をのぞくと、どこかの若造が必死の形相で墓掃除をしています。
箒の動きにあわせて、砂煙があがっています。
おー、やっとるやっとる。
死ぬなよー。
懐かしさがこみあげてきます。

しかし昔と同じだったのはそこまでで、周囲の景観は、ずいぶん変わっていました。
なんだか違う町に来たようです。

「クコ爺はどうしてるかな」
クコ爺のいたあたりに足を向けてみると、そこにはもはや一軒家はありませんでした。
コンビニになっていました。

クコ爺は何のためにあれほどクコの味方をしていたのでしょうか?
なにを主張したかったのでしょうか?
ある意味どーでもよかったこの疑問は、とうとう解かれることなく、すべてがコンビニ化してしまったのでした。

時の流れをしみじみ、感じたものです。

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2008.08.11 09:59

イートウェスト 第2話

 

松宮園生です。

カリフォルニアのド田舎を鼻歌運転中、ドライブスルーの
サンドイッチ・ショップを発見し、急に食欲が湧いて車を
寄せました。
「ハーイ。お元気?」
「オレ元気。あんたは」
「元気よ。ご注文をお伺いします」
「(メニューを見ながら)シーフード・サンドイッチとコーヒーを
お願いします」
「まず魚を選んでください」
「魚を選ぶの?」
「そうです。どの魚にしますか」
「どの魚って…。選択肢は?」
「ツナまたはハリバットです」
「じゃあツナ」
「すみません、ツナは品切れで」
「なんだよ。だったら初めから選ぶ必要ねえじゃん」
「ほんとにハリバットでいいのですか」
「だってツナはねーんだろ!」

(ハリバット:白身魚の一種。デカイ。無理やり日本語でいうと、「オヒョウ」だそうです)

「ハリバットには天然ものと養殖ものがありますが」
「えっ、そうなの?」
「価格は同じです」
「じゃあ、天然もの」
「太平洋ものと、大西洋ものと、カリブ海ものがありますが」
「どう違うの?」
「産地が違います」
「そりゃそーだろ! 産地なんてオレ的にはどうでもいいんだけど。適当に決めて」
「そうはいきません。お客様に決めていただかないと」
「じゃあ、太平洋もの」
「すみません、太平洋ものは品切れで」
「じゃあ大西洋もの」
「それも品切れです」
「カリブ海ものしかねえじゃんか!」
「それも品切れです」
「ねーのかよ!」

「1マス戻りましょう。養殖ものならあります」
「1マス戻るって、あんた双六(すごろく)じゃねえんだから」
「養殖ものでよろしいですか?」
「それしかねーんだろ。で、養殖ものもまた細かい選択肢があったりすんの?」
「養殖ものは1種類しかありません」
「ほっ、よかった。じゃ、それで頼みます」
「味つけはどうしますか」
「味つけ?」
「タイ風味と、ケイジャン風味と、テリヤキ風味がありますが」
「ケイジャン風味がいいなあ」
「辛さを指定してください」
「辛さを指定?」
「1ヒー、2ヒー、3ヒーと3段階あります」
「そんな単位があるんかい! しかもそれ、なんか日本語っぽくねえか?」

(ケイジャン:アメリカ南部の料理の一種。スパイシーなのが特徴)

「辛さはどうしますか」
「じゃあ、2ヒーで」
「分かりました。ハリバットのケイジャン風味、辛さは2ヒーですね。野菜はどうしますか。レタスとタマネギとトマトがありますが」
「全部入れてください」
「地産地消ものと遠方もの、どうしますか」
「地産地消もので」
「レタスは遺伝子組換えです。プラス25セントで、遺伝子組換えでないものにできますが」
「遺伝子組換えでいいです。個人的にはこだわらないので」
「いいんですか? 遺伝子組換えですよ。不安じゃありませんか」
「そう言われたら怖くなるだろ!」
「不安に打ち勝って、遺伝子組換えのレタスを選択されるわけですね」
「だかろその言い方、やめろって」

「タマネギは、プラス25セントで、ワラワラ・オニオンに替えることができますけど?」
「あ、ワラワラは好きだな。ワラワラがいいです」
「ワラワラだと、地産地消じゃなくなりますけど?」
「(うるせーと思いながら)ワラワラにします」
「ワラワラ・オニオンは生のものと、焼いたものがありますが」
「へえ、焼いたものもあるんだ。じゃあ焼いてください」
「焼き方はどうしますか? レア、ミディアム、ウェルダン…」
「肉かい!」

(ワラワラ・オニオン:ワシントン州ワラワラで生産されるタマネギ。甘く、生でも食べやすい)

「で、焼き方はどうすんのよ」
「あんたがイライラすんなよ。…じゃ、レアにしてください」
「トマトは、プラス25セントでオーガニックにすることができますが」
「オーガニックで」
「皮は剥きますか。それとも皮つきにしますか」
「そんな細かいことまで聞くの? じゃあ皮つきで」
「了解しました」
「ねえ、お姉さん。こんな細かい質問いつまで続くの」
「サンドイッチに関しては終わりました」お姉さんは明るく答えます。「はい、ではここまでのご注文を整理させていただきます。シーフード・サンドイッチ。魚はツナがなかったのでしかたなくハリバット。天然ものがなかったので養殖もの。ケイジャン風味の2ヒー。レタスは不安だけど遺伝子組換え。タマネギは地産地消じゃないにも関わらずワラワラ・オニオンをレア焼きで。トマトはオーガニックの皮つき。これで間違いありませんか?」
「間違いないと思うよ。なんか余計な修飾語がいろいろついてるけど」

「ではコーヒーに移ります。すごく熱いのと、ほどよく熱いのと、ぬるいのがあります」
「熱さも指定するわけ?」
「指定してください」
「じゃあ、すごく熱いのをお願いします」
「すごく熱いのをご指定の場合は、『こぼれて火傷をしても訴えない』という書面にサインをいただくことになっています」
「そういう事件が昔あったのは知ってるけどさ、書面にサインなんてメンドクサイのはやめよーよ!」

「書面は規則ですから」
「じゃあ、すごく熱いのは撤回! ほどよく熱いのにする」
「分かりました。ほどよく熱いのですね。次は豆を選んでいただきます。ナイジェリアの豆とジャマイカの豆がありますけど」
「どう違うの」
「ナイジェリアのほうが人気がありますけど、ジャマイカのほうがフードマイレージは小さく済みます」
「そう言われたら環境に配慮せざるを得ないよね。フードマイレージの小さいジャマイカものにします」
「環境に配慮? さっきは地産地消じゃないのにワラワラ・オニオンを選びましたね。なのに今回はジャマイカを選ぶのですか」
「いいじゃんよ。放っといてくれ」

「分かりました。ジャマイカの豆ですが、航空便で運ばれてきたものと、船便で運ばれてきたものとがありますが」
「それって違うの?」
「お客様の好みですね」
「好みって言われても。じゃあ、なんとなくだけど、航空便」
「アメリカ航空と、ノースウェスト航空と、ユナイテッド航空がありますが」
「その違い、意味あるんかい!」

長時間に渡るやりとりでヘトヘトになった僕。
サンドイッチとコーヒーを受け取ったときは食欲もだいぶ失せていました。

◆◆◆

こういう例は極端だとしても、アメリカの飲食店で注文するときに、いろいろ細かく尋ねられて
「いいからそっちで決めてくれよ!」
と叫びたくなった経験のある方、多いんじゃないかなと思います。
「適当にみつくろって」
という発想がアメリカ人にはないので、こういう状態になるわけです。

ところが、日本食がアメリカ人のあいだで市民権を得るようになった昨今、少しばかり様子が変わってきました。
寿司バーなどのメニューに普通に載っている
* OMAKASE (おまかせ)
という言葉が、英語として普及しつつあるようなのです。

* TSUNAMI (津波)
* TERIYAKI (照り焼き)
が英語化したのと同様です。

ウィキペディアの英語版で、OMAKASE と入れてみたら、ちゃんと説明が出てきました。
アメリカ人も、いちいち細かく自分で指定しなくちゃいけない注文の仕方に、ウンザリしているのかもしれませんね。

ちなみに、KAROSHI (過労死)も、日本語発ですが、英語になりつつある言葉のようです。

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2008.08.09 00:10

童話 くだもの戦争

 

まつみやそのうです。

むかーし、むかし。
ひとびとは、いろんなくだものを、たべていました。
リンゴ。
ミカン。
バナナ。
イチゴ。
ナシ。
モモ。
スイカ。
カキ。

でも、あまりくだものをたべないひとも、いました。

あるひ、「だいがくきょうじゅ」のAせんせいが、こんなはっぴょうをしました。
「リンゴにふくまれるポリフェノールには、メタボよぼうこうかがある!」
それをマスコミがせんでんしました。
そのひから、ひとびとは、ほかのくだものをたべるのをやめ、リンゴばかりたべるようになりました。
あまりくだものをたべなかったひとも、きそってリンゴをかいました。

べつのあるひ、「だいがくきょうじゅ」のBせんせいが、こんなはっぴょうをしました。
「ミカンにふくまれるベータクリプトキサンチンにも、メタボよぼうこうかがある!」
それをマスコミがせんでんしました。
それまでリンゴばかりたべていたひとびとのうち、はんぶんくらいがミカンをたべるようになりました。
もともとあまりくだものをたべなかったひとは、リンゴにあきて、ミカンをかうようになりました。

さらにべつのあるひ、「だいがくきょうじゅ」のCせんせいが、こんなはっぴょうをしました。
「バナナにはとうぶんをぶんかいする『こうそ』がほうふで、たいしゃをたかめてしぼうをねんしょうさせるから、メタボよぼうこうかがある!」
それをマスコミがせんでんしました。
そのけっか、ひとびとはリンゴ、ミカン、バナナをきんとうにたべるようになりました。
もともとあまりくだものをたべなかったひとは、ミカンにあきて、バナナをかうようになりました。

さらにべつのあるひ、「だいがくきょうじゅ」のDせんせいが、こんなはっぴょうをしました。
「イチゴにはべんぴをふせぐペクチン、えんぶんのとりすぎをふせぐカリウムなどがバランスよくふくまれている!」
それをマスコミがせんでんしました。
これをきいたひとびとは、リンゴ、ミカン、バナナ、イチゴをバランスよくたべるようになりました。
もともとあまりくだものをたべなかったひとは、バナナにあきて、イチゴをかうようになりました。

さらにべつのあるひ、「だいがくきょうじゅ」のEせんせいが、こんなはっぴょうをしました。
「ナシにふくまれるソルビトールは、エネルギーになりにくいため、ダイエットにもいい!」
それをマスコミがせんでんしました。
そのひから、ひとびとは、リンゴ、ミカン、バナナ、イチゴにくわえて、ナシもたべるようになりました。
もともとあまりくだものをたべなかったひとは、イチゴにあきて、ナシをかうようになりました。

さらにべつのあるひ、「だいがくきょうじゅ」のFせんせいが、こんなはっぴょうをしました。
「モモにはクエンさんがふくまれているから、ひろうかいふくによい!」
それをマスコミがせんでんしました。
そのひから、ひとびとは、リンゴ、ミカン、バナナ、イチゴ、ナシにくわえて、モモもたべるようになりました。
もともとあまりくだものをたべなかったひとは、ナシにあきて、モモをかうようになりました。

さらにべつのあるひ、「だいがくきょうじゅ」のGせんせいが、こんなはっぴょうをしました。
「スイカには、げどく(デトックス)さようのあるグルタチオンや、りにょうさようのあるシトルリンがあるから、からだをきれいにするのにやくだつ!」
それをマスコミがせんでんしました。
それをしったひとびとは、ふたたびスイカもたべるようになりました。
もともとあまりくだものをたべなかったひとは、モモにあきて、スイカをかうようになりました。

さらにべつのあるひ、「だいがくきょうじゅ」のHせんせいが、こんなはっぴょうをしました。
「カキのビタミンCとタンニンがアルコールをはいしゅつしてくれるから、ふつかよいにはカキがきく!」
それをマスコミがせんでんしました。
そのひから、ひとびとは、ふたたびカキもたべるようになりました。
もともとあまりくだものをたべなかったひとは、スイカにあきて、カキをかうようになりました。

いまでは、ひとびとは、いろんなくだものを、たべています。
リンゴ。
ミカン。
バナナ。
イチゴ。
ナシ。
モモ。
スイカ。
カキ。

もともとあまりくだものをたべなかったひとは、カキにもあきて、くだものをたべなくなりました。
マスコミは、つぎのネタをさがしてどこかへいってしまいました。

なにもかも、もとどおり。
めでたし、めでたし。

しかし、だいがくきょうじゅのせんせいがたは、ぼやきました。
「おれたちのけんきゅうは、いったいなんだったんだ?」

いえいえ、このよにはムダなけんきゅうというものはありません。
いつかきっと、そのけんきゅうがやくにたつひがきますよ、せんせ!

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2008.08.07 00:22

イート・エンド・ラン

 

松宮園生です。

理由(わけ)あって、過去に一度だけ、食い逃げ
をしたことがあります。
ま、食い逃げと言いきれるどうかはビミョー
なんだけど。
今回はそれを、カミングアウトします。
聞いてくだせえ。

学生のころだったと思います。
仲良くなりかけていた女の子と食事(夕食)にいくことになりました。

背伸びして流行りのレストランを予約したのですが、行ってみたらなぜか予約が入っていなかった。
焦りましたが、仕方がありません。
レストランと言い争いをしても解決しないし、そんなキャラでもないし、言い争いしてたらせっかくのデートも気分台無しになるし。
それより、彼女に「応用のきかないやつ」と思われないように、素早く次の手を打たなきゃ。

焦る頭脳をむりやり回転させ、近くに飛び込みで行けそうな店がないか記憶を辿ります。
すると、女の子のほうが助け船をだしてくれました。
「前から行きたかった店が近くにあるの。行ってみない?」
僕の失敗を優しくカバーしてくれる、ありがたい提案でした。

◆◆◆

その店は繁華街から奥に入った、住宅街の一角にありました。
1階から上がマンションになっている建物の、地下がフレンチ・レストランになっていたのです。
客の入りもほどよく混んでおり、第1印象は悪くありませんでした。

「素敵なところね」
彼女も満足げです。

メニューを見ながら何にしようか彼女と相談しているとき。
ふと見回すと、客数がさっきの半分くらいになっていました。
いつの間に去っていったのか、全然気がつきませんでした。

メートルというのかギャルソンというのか分からないけど、給仕の人がやってきました。
「ご注文は決まりましたか? メニューについて、なにか御質問ありませんか?」
料理に詳しくない僕はとくに質問を思いつかなかったのですが、彼女は質問をしていました。
どんなソースを使っているかとか、そういう質問だったと思います。
注文は、彼女がてきぱきと決めてくれました。

そのあとソムリエがやってきて、ワインの説明をしました。
こっちは学生ですので、あんまり予算もありません。
それを正直に話すと、ソムリエのほうでコストパフォーマンスの良い白ワインを勧めてくれました。
なんというワインだったかは聞かないでください。
さっぱり頭に残っていないので。

「オーダーする」という緊張の手続きを終え、ふとあたりに目をやると…。
客が、すっかりいなくなっていました。
彼女と僕の、2名だけです。

心なしか、照明も弱くなっているようでした。

◆◆◆

白ワインが運ばれてきました。
「テイスティングしますか?」
とソムリエが聞いてきました。
あまりよく分からなかったので、どうしようかと思っていると、
「わたし、やってみたーい。いい?」
またもや彼女が助け舟を出してくれました。
ほっとしました。
その後すぐに前菜が運ばれてきました。

ワインを持ってきたソムリエと、前菜をもってきたメートル(またはギャルソン)が立ち去ったあと、彼女が言いました。
「ねえ、なんだか静かすぎない?」
たしかに静かでした。
さっきまでかかっていたBGMが、もう流れていないのです。
遠くに見える厨房からも、音は聞こえてきませんでした。
おまけに、一段とまわりが暗くなったような気がします。

「でも、このテリーヌ、すごくおいしい」
前菜をひと口、口に入れた彼女が、嬉しそうにいいました。
その言葉が、僕にはなんとも救いでした。

ですが、そのあとは会話もなく。
周囲の静けさに気押されたかのように、2人は黙々と前菜を食べました。
フォークやナイフが皿と触れ合う音だけが、やけに響きました。

せっかくのデートも、雰囲気がおかしくなってきました。
気分をもりあげようと気の利いたことを言いたかったのですが、そんなセリフが出るわけもなし。
ときどき顔を見合せて、目が合ったらニコッと笑うくらいしか、コミュニケーションはありませんでした。
そのうち、目を合わせても彼女は笑わなくなりました。

このデートは失敗だ…。
僕は覚悟(←何の覚悟?)を決めました。

前菜を食べ終わったころ、メートル(またはギャルソン。まあどっちでもいいけど)が次の料理を運んできました。
どこからかソムリエも現れて、残り少なくなったグラスに白ワインを注ぎ足していきました。
メートルとソムリエが去ると、ふたたび静寂が訪れます。

あたりはいっそう暗くなりました。
天井の照明は消えていました。
テーブルの上にはキャンドルが立てられているのですが、このテーブルのキャンドルだけに火がついていました。
要は、これが唯一の灯りだったのです。

◆◆◆

「なんか変だね。暗いね」
僕が思い切って口を開くと、彼女も黙ってうなずきました。
「もう少し、明るくしてもらおうか」

それを店員に伝えたかったのですが、見回しても誰もいません。
奥に引っ込んでしまっているようです。

店員を呼ぶために立ち上がろうとする僕を、彼女が止めました。
「いいの。どこにも行かないで」
「え?」
「お願いだから、ここにいて」
驚いたことに、彼女の声は、震えていました。
半腰だった僕は、椅子に座りなおしました。

沈黙。

さっきから、彼女の様子がどうもおかしい。
「どうしたの? 気分でも悪いの」
首を横に振る彼女。

沈黙。

しばらくして、彼女が口を開きました。
「ねえ」
「うん?」
「わたしのこと、好き?」
「え?」
「答えて」その声は、まだ震えていました。「わたしのこと、好き?」

唐突な質問にあっけにとられました。
いきなり告白タイムか?

「答えて。お願いだから、答えて」
「う、うん」僕は答えました。「まあ、好きじゃなかったら食事に誘わないし…。誘ったということは好きだということで…」
よくある少年漫画の主人公みたいな「あたふたした」セリフです。

すると彼女が言いました。
「わたしもあなたのことが好き」
「え?」
「あなたのことが好き」
「まじ?」

このデート、失敗したと思ってたらそうじゃなかった…。

「だから約束してくれる?」
「約束?」いきなり両想いになった喜びを感じながら、でも不安な面持ちで「どんな約束?」
「何があっても、わたしを置いていかないって、約束して」
「どうしたの」
「早く約束して。何があっても、わたしを1人ぼっちにしないって、約束して」
その声は涙声に変わっていました。

「わ、分かったよ。約束する」僕は言いました。「約束するよ」
「絶対? 絶対約束だよ」
「うん。絶対、約束だ」
すると、彼女は自分の足元のほうを指さしました。
「テーブルの下、どうなってるか見てほしいの」
「テーブルの下?」
「いいから、見て」

キャンドルの光が届いているのはテーブルの上だけです。
テーブルの下は真っ暗でした。
僕はキャンドルを持ち、2人の足元を照らしました。
目をこらすと…。

床から2本の腕が伸びて、彼女の両足を掴んでいるのが見えました。

◆◆◆

それからどうなったかは記憶があいまいです。
人通りのない夜の住宅街を、泣きわめきながら走ったという記憶がぼんやりとあるくらいで。
どうやって家に帰ったかも、うろ覚えです。

その後、彼女とは一度も会っていません。

 

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