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松宮園生です。
この「しとちゃん」シリーズは、とある市役所につとめる食育
ボーイ、しとちゃんが主人公です。
市の食育推進計画を任されたしとちゃんが、やかましい
食育オバチャンや冷たい市長を相手に、丁々発止の戦いを
挑みます。
そんなしとちゃんの活躍を、彼に想いを寄せる先輩職員の
目を通して描きます。
◆◆◆
「しとちゃん、ちょっとええかな。相談があってよ。この時間な、食堂が空いてっから、そこで話そうや。お茶、おごるし」
声をかけてきたのは、同じ市役所職員で、地域振興課の大崎課長でした。
お茶、おごるしって、食堂のお茶は無料じゃん。
つーか、税金でお茶、買ってるじゃん。
と、わたしがツッコミを入れようとしたときには、しとちゃんと大崎課長はすでにぴゅーっとエレベーターに乗りこんでいました。
あまりのスピードに、カマイタチでわたしの髪が数十本、切れてハラリと落ちました。
しばらくして、しとちゃんが戻ってきました。
ニコニコしています。
「どんな話をしたの? 嬉しそうね」
「地域振興課で、地域おこしのために郷土の名物料理を新しく開発するそうなんです。食育推進計画の一環として扱ってくれと言われました」
「どんな料理を開発するの?」
「トマト雑煮です」
「ふうん。それがなんで食育になるの?」
「郷土料理について勉強するのは、食育の一部じゃないっすか」
わたしがさらに質問しようとしたとき、電話が鳴りました。
「はい、食育推進課のしとちゃんです。ああ、大崎課長、さっきはどうも。はい、はい、え? 今からですか? もちろん、行きます。はい、ありがとうございます」
勢いよく受話器を置くしとちゃん。
受話器の一部が、欠けたようです。
「なんの電話?」
「トマト雑煮の件で料理研究家と打合せをするそうです。一緒に来ないかと言われました。行ってきまーす!」
言い終わるが早いか、しとちゃんはすでにエレベーターに乗り込んでいました。
あまりのスピードに風が舞い、下山田係長のコーヒーがこぼれてしまいました。
◆◆◆
市役所職員御用達のバー「ゴマーシオ」で国産白ワインを飲んで待っていると、
「待たせてごめんなさーい」
高らかな声でしとちゃんが入ってきました。
「いいのよ。わたしも来たばかりだし」
「トマト雑煮のレシピ、決まりましたよ」しとちゃんは顔を輝かせて言いました。「いろんな種類のトマトを試したんですよ。ベテルギウスという大玉(おおだま)の赤いトマトが、いちばん雑煮に向いているって分かったんです」
「ふうん」
「料理名は、ズバリ、『トマト雑煮ベテルギウス』」
「マジで?」
「なかなかいいでしょ」自信満々のしとちゃん。「マスター、僕にはブラッディメアリーをください」
トマトつながりだからって、ベタな注文をするしとちゃん。
ブラッディメアリーを差しだしながら、オカマのマスターが言いました。
「なんなのよぉ、そのトマト雑煮って」
「よくぞ聞いてくれました」しとちゃんが、芝居がかって答えます。「こんどね、地域おこしのために郷土の名物料理を新しく開発したんだ。それが、トマト雑煮」
「面白そうだわねぇ。トマト味の、お雑煮ってこと?」
「そうなんです。郷土料理として、華々しくデビューさせるんですよ」
「しとちゃんのアイデア?」
「そうです、って言いたいところだけど、これは大崎課長のアイデアなんです」
「地域推進課の?」
「うん。でもいいんだ。だれのアイデアだって僕は構わない。食育ができればいいから」
どこかで聞いたようなセリフです。
しかし、オカマのマスターは首をかしげています。
「ねぇん」マスターは意を決したように言いました。「トマト雑煮がなんで郷土料理なわけ?」
「え?」
「郷土料理って、新しく作ったものじゃなくて、むかしからある伝統料理のことを言うんじゃないのぉ?」
「そ、それは…」
みるみる青ざめるしとちゃん。
気を落ち着かせるためなのか、下を向いてなにかぶつぶつ唱えはじめます。
小声で、食育基本法の条文を唱えているのでした。
読経かい。
「大丈夫よ、100年後に伝統料理になればいいじゃない」
意味不明なフォローをしながら、わたしはしとちゃんの頭を撫でました。
◆◆◆
新規開発された「トマト雑煮ベテルギウス」は、
それって伝統料理じゃないんじゃね?
という批判にもかかわらず、商品化され、市の郷土料理として正式に認定されました。
凹(へこ)んでばかりもいられません。
地域振興課と食育推進課が共同作戦で、この料理のPRを始めます。
市のウェブサイトで紹介されたのはもちろんのこと、地域興しのイベントや、食育のイベントで、「トマト雑煮ベテルギウス」が市民に振舞われました。
「このベルギー、おいしいね、ママ」
「ベルギーじゃなくて、ベテルギウスよ、ひろし。そのボケ、あんまり面白くないわよ」
「このべったら漬け、おいしいわね、パパ」
「べったら漬けじゃなくて、ベテルギウスだよ、京子。ずいぶん苦しい言い間違えだなあ、はははは」
親子連れにも、おおむね好評でした。
当初の予定通り、親子食育料理教室のテーマにもなりました。
市役所の食堂の定番メニューにもなりました。
道の駅にあるレストランでも、「トマト雑煮ベテルギウス」は人気メニューになりました。
市内のコンビニで、フリーズドライ商品が売り出されました。
大崎課長も、しとちゃんも、大満足。
面目躍如といったところです。
快進撃をつづける「トマト雑煮ベテルギウス」。
テレビ局から番組出演依頼があり、大崎係長としとちゃんが生放送に出ることになりました。
◆◆◆
「こんばんは。『きびしく食育を語る』の時間です。本日は、このあたりで有名な『トマト雑煮ベテルギウス』を開発した、地域振興課の大崎課長と食育推進課のしとちゃんに、スタジオにお越しいただいています。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「さっそくですが、ベテルギウスってなんですか?」
「ベテルギウスは、トマトの一種です。真っ赤で、大玉(おおだま)のトマトです。ベテルギウスという赤い星にちなんで、そういう名前がついているそうです」
「ベテルギウスといえば、オリオン座にある星ですよね。たしか大きさが太陽の500倍もあるとか」
「そのベテルギウスにちなんで、名づけられたトマトです」
「なるほど」
「お雑煮にはぴったりのトマトです。これ以上のものはないでしょう。市では、トマト雑煮ベテルギウスを郷土料理として家庭に普及させたいと考えています。食育の一環なんです」
「食育の一環ですか」
「はい。地元の料理を大切にする心を、育てたいですね」
「なるほど。地元料理は文化ですものね。おっしゃるとおりですね。地元料理というからには、ベテルギウスというトマトは地元産なのですか?」
「へ?」
「…ですから、地元では、ベテルギウスを作っている農家が多いんですか?」
「そ、それは…」
焦る大崎課長としとちゃん。
ベテルギウスが地元産なのかどうか、確認するのを忘れていたようです。
しとちゃんピンチ!
そのテレビ番組をわたしは市役所の食堂で見ていました。
おろおろするしとちゃんに、わたしは思わずハンカチを握りしめます。
同じく食堂でテレビを見ていた農政課の岸部課長代理が、ぽつんとつぶやきました。
「ばっかだなあ。一言、おれに相談してくれりゃあよかったものを。市内でベテルギウスを作っている農家なんかいねえよ。そもそも県内にもいねえよ。気候が違うから…。ベテルギウスは△※県の特産物なんだよなあ…」
伝統料理でないだけじゃなく、地産地消でもないなんて…。
そんな料理を食育のつもりで開発しPRしてしまったしとちゃん。
「食育の、道は遠いよ、しとちゃん」
字足らずで季語もない俳句を涙ながらに口ずさむ、わたしなのでした。
(以下次号)