松宮園生です。
(前回までのあらすじ)
有識者を集めたら各自が好き勝手を主張するばかりで
収拾のつかない食育推進会議。
いまいち協力的でない市長。
やっと念願かない食育の仕事ができると喜んだサワヤカ市職員のしとちゃんでしたが、多難な日々が続きます。
この「しとちゃんシリーズ」では、しとちゃんに母性本能をくすぐられた先輩職員を通じて、主人公しとちゃんの苦闘の日々をお伝えします。
◆◆◆
勇躍して市長室に飛び込んだしとちゃんでしたが…。
1時間後、職場に戻ってきたしとちゃん。
肩が、落ちています。
ココリコの田中さんに似ているしとちゃんは、ひょろっと背が高くナデ肩なので、肩を落とすと1本の棒のように見えます。
「ダメだったのね」
わたしが声をかけると、しとちゃんの目から涙がこぼれました。
わたしには何となくこうなるような予感がしていました。
用意しておいたハンカチで、そっとしとちゃんの目を拭います。
そのために思いきり背伸びしなければなりませんでした。
どんだけ背が高いねん。
心を落ち着けるためなのか、しとちゃんはなにやらぶつぶつ唱えはじめます。
目をつむって、必死につぶやいています。
よく聞くと、食育基本法の条文を、唱えているのでした。
読経かい。
ぶつぶつ唱えるのが終わったころ、わたしはセント・ジョンズ・ワートのお茶を出しました。
セント・ジョンズ・ワートはハーブの一種で、気持ちを整えるのに役立つと言われています。
お茶を一息に飲み干すしとちゃん。
勢いあまって、むせかえります。
げほげほげほ。
市長室で起きたことを、しとちゃんが話しはじめたのは、その咳が治まってからでした。
◆◆◆
「アポイントなしで来るなと言ったろう。一介の職員が何様のつもりだ。…ったく」
さっそく市長に叱られるしとちゃん。
しかし、市長の機嫌じたいはさほど悪くありませんでした。
プライベートでなにか嬉しいことがあったのでしょうか。
機嫌がよい証拠に、市長はしとちゃんをすぐには追い返しませんでした。
「まあ、一介の職員でこんなことを平気でするやつは、しとちゃんくらいのもんだ。で、何の用だ」
しとちゃんはニコニコして答えました。
「食育推進計画の叩き台を作ったので、持ってきました」
「食育推進計画? ああ、あれ」
気のない返事の市長にしとちゃんが書類を手渡すと、市長は眉をしかめました。
「しとちゃん、キミね。オレに見せる書類に手書きはないだろう、手書きは」
「すぐに見て欲しかったんです」
「ふん…。まあいい」
しかし、市長の気のない態度は書類を見ても変わりませんでした。
「これ全部、やるというのか」
「食育推進会議で出た意見ですから」
「なにが食育推進会議だ。オバさんたちの井戸端会議だろ」
「は?」
「あははは。しとちゃんだって、そう思うだろ」
返答に窮するしとちゃん。
「ふうん」書類を眺めながら市長は言いました。「なあ、しとちゃん。オレは決して国や県の食育推進計画をバカにしているわけじゃないんだ」
「はあ」
「しかしながら、問題がある。分かりやすく説明するために、順番にいこう。最初に『農業体験』って書いてあるな」
「はい」
「市には『農業推進計画』というのがすでにあってな、都市農業を守るために農政課で進めている。この計画のなかに、子ども向け農業体験も、大人向け農業体験も、親子農業体験も、全部ある」
「すでに、行われているということですか?」
「そのとおり。2番目に『料理教室』って書いてあるな」
「はい」
「市の『農業推進計画』には料理教室も含まれている。地元の農産物を使った、地産地消型の料理教室というわけだ。子ども向けも、大人向けも、親子のも、全部やってる」
「すでに、行われているんですね」
「そのとおり。3番目に書いてある『メタボ教室』もそうだ。市には『健康市民21』という政策が以前からある。とうに一昨年からメタボ教室もやっている」
「すでに、行われているんですね」
悲しそうな表情のしとちゃん。
市長は続けます。
「市内の小学校の給食も、市役所の食堂も、以前から自給率を高める活動をしている。『農業推進政策』の一環だからだ」
「すでに、行われているんですね」
「キャラクターだってある。農業を応援する『アグリちゃん』と、健康を応援する『ゲンキジャー』だ。農業ソングも作ってあるし、健康ダンスもある。いまさら新しくキャラクターだの、歌だの、踊りだのを作ったら、市民が混乱するぞ」
「はあ」
「ゲンキジャーは、あちこちで『朝ごはんを食べよう』『早寝早起きをしよう』というキャンペーンをしている」
「何もかも、すでに行われているんですね」
「子育て支援だってそうだ。食育推進会議の連中に言われなくったって、市の保健課でやっとる」
「そうなんですか…」
「分かったか?」市長はしめくくりました。「要するに、いまさら食育推進計画のために、新しくやることは特にない。分かったら、いい加減オレの邪魔をするのをやめて、ぼちぼちデスクに戻りたまえ」
◆◆◆
以上が、しとちゃんの話でした。
「そうなの。食育推進会議の人たちに言われなくても、ちゃんと手を打ってあったのね」わたしは言いました。「市長って、案外、しっかりやっているのね」
「そうなんです。僕もそう思いました」
「でもどうするの? だからって、何もしないわけにはいかないんでしょ?」
「それもそうなんです。こんな話、食育推進会議の人たちにそのまま言うわけにはいかないし、県庁からも怒られちゃうし」
「困ったわねえ」
「困りました」
「どうするの?」
わたしたちは向かい合ってコーヒーを飲んでいましたが、そのとき目があいました。
そのままじっと、お互いを見つめたまま、時間が過ぎました。
沈黙を破ったのはしとちゃんでした。
「それでも僕は、食育がしたいんです」
「そうよね。しとちゃんは、食育がしたくて公務員になったんだものね」
「絶対、食育をやってみせます」
そういうと、しとちゃんは興奮して立ち上がりました。「僕は負けません。食育、やってみせます!」
「食育するぞ!」
大声で叫び、歩きだすしとちゃん。
周囲の人が驚いているのを知ってか知らずか、
「食育するぞ。食育するぞ!」
と、連呼しながら、まるで某国の軍隊パレードのような足取りでエレベーターのほうに去っていきました。
(以下次号)
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しとちゃんにはひきつづき頑張ってもらうとして、オフ会のお知らせです。
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