松宮園生です。
(前回までのあらすじ)
空気は読めないけど食育に燃える市役所職員、
しとちゃん。
市の「食育推進会議」を開催するために、資格を
もっている人やいろんな業界関係者を39人も
集め、意気揚々。
心配そうに見守る女性職員のメールを通じて、
しとちゃんの活躍を描きます。
◆◆◆
会議が始まって数時間後。
しとちゃんはげっそりした顔で会議から出てきました。
こんな顔のしとちゃんを見るのは初めてです。
「どうしたの」
わたしが尋ねますと、しとちゃんは涙に潤んだ瞳で言いました。
「収拾がつかなくなっちゃって…」
「何があったの」
「じつは…」
しとちゃんは会議の様子を話し始めました。
◆◆◆
しとちゃん「本日はお集まりいただいてありがとうございます。この会合の主旨は、県の食育推進計画を受けて、市としてどのような食育プランを作るか、というものです。よろしくおねがいします」
出席者A「食育の大切さを理解してない人が多いのが問題ですわね」
出席者B「お昼ごはんをコーラとカップラーメンで済ましたりするのよねえ」
出席者A「自分で料理を作れない人も増えてますし」
出席者C「そうそう。母親の味とか、おばあちゃんの味とかが忘れ去られているのよねえ」
出席者A「それもこれも、食育の大切さが理解されていないところに原因がありますわね。政府は何をやっているのかしら」
しとちゃん「あのう」
出席者B(無視して)「ウチの近所の幼稚園もおかしいのよ。おやつの時間にジャンクフードを配って平気な顔をしてるのよねえ」
出席者C「それ、こないだテレビでそういうのやってた」
出席者A「食育の大切さをもっと伝えないと、日本はダメになっちゃいますわよ」
しとちゃん「あのう」
出席者B(無視して)「缶コーヒーをがぶがぶ飲んでるサラリーマンを見てると、ほんと心配になるわね」
出席者C「あれって、糖分がすごく多いのよね」
出席者A「もっと食育の大切さを伝えていかないとねえ、ほんとに」
しとちゃん「あのう」
出席者A「何よ、さっきから」
しとちゃん「ここに集まっている人はみんな、食育の大切さを知ってる人たちだと思うんですけど」
出席者A「だから何よ」
しとちゃん「ここで食育の大切さを力説されても、会議は進まないんですが…」
出席者C「朝ごはんを食べない人が7割以上いる」
出席者B「それがいけないのよ。なによりまず、食育といえば朝ごはん。朝ごはん食べなきゃ」
出席者C「朝ごはん食べない子どもはキレやすくなるのよ」
出席者A「朝ごはん食べない人は犯罪者だって、首相も言ってますわねえ」
しとちゃん「そ、そんなこと言ってましたっけ?」
出席者B「土に触れることが大切なんじゃないの。都会の子は土のことを知らなさすぎ」
出席者D「今の子どもって、落花生は知ってても、落花生の花がどんな形をしているのかを知らない。それって悲しいわよね」
しとちゃん「落花生の花って、どんな形をしてるんですか?」
出席者D「た、たとえばの話よ。あたしが言いたいのは落花生の花がどうとかじゃないの。理解しなさいよ」
出席者E「このあたりではサバがよく獲れるんだ。サバ漁をもっと宣伝してほしいぞい」
出席者F「それを言うなら、この山のほうで放牧されている牛のミルクは美味いんですよ。牛乳も宣伝しなきゃダメね」
出席者G「牛乳は飲まないほうがいいって、いうじゃない?」
出席者F「な、何言ってんのよ。温めて飲めば大丈夫よ。あんたは黙っててよ」
しとちゃん「あのぅ。人の発言を否定するような発言はなるべく控えませんか?」
出席者F「なんですって。わたしが誰の発言を否定したって言うのよ」
出席者E「サバの話はどうなったんだ」
出席者H「有機野菜のおいしさも伝えなくちゃね。安くておいしい有機野菜」
出席者I「ここらの農家は有機農業なんかやってねぇよ。有機野菜なんて宣伝されたって、誰も喜ばんよ」
出席者H「じゃあ、明日から有機農業やりなさいよ」
出席者I「なんだと、このクソババア」
しとちゃん「ちょっと皆さん、穏便に」
出席者J「有機野菜って、高いですよね」
出席者H「そんなわけないでしょう。有機野菜はね、農薬を使ってないから、その分、安いのよ」
出席者K「さっきから黙ってたら、みなさん好き勝手なこと言ってますね。食育で大事なのは栄養学なんですよ」
出席者A「子どもにはまだ早いんじゃないの」
出席者B「そうよそうよ」
しとちゃん「あのー、この会議は食育プランを作る会議なんで、子ども向けの企画を考える会議ではないので…」
出席者B「えーっ、そうなの? 早く言ってよ」
しとちゃん「あのー、最初からそう言ってるんですけど」
出席者E「サバの話はどうなったんだ」
出席者L「残さずに食べるのって、大事よね」
出席者A「そうそう。家族で会話しながらの食事。これも大事」
出席者B「必ずちゃんと、いただきます、ごちそうさまを言う」
出席者C「嫌いなものも、料理のしかたでおいしくなるわよね」
出席者K「そんなことより栄養学ですよ」
出席者A「あんたまだそんなこと言ってるんですか。食育と栄養学を一緒にしないでくださいな」
しとちゃん「あのう。すみません皆さん。食育プランを作る会議ですんで、どんなプランがいいかという話し合いをしませんか?」
出席者A「あんたは黙ってらっしゃい」
出席者E「サバの話はどうなったんだ」
結局、自説を主張する人たちで会議は紛糾。
ようやく選んだ議長も
「それでは、しとちゃんさん、今日の内容を踏まえて次回までに計画書の原案を作っておいてくださいね。…どうしたの? 大変かもしれないけど、これはしとちゃんの仕事でしょ」
言い残して逃げるようにさっさと退出してしまいました。
今日の内容を踏まえて?
呆然とたたずむ、しとちゃん。
◆◆◆
「みんなが賛成してくれる原案なんて作れないよう」ぽろぽろ泣きながら話すしとちゃん。「ぜったい誰かがどこかを気に入らなくて、文句を言うに決まってる」
「文句を言われたっていいじゃない。あなたはあなたの正しいと思うことをするのよ」
「でもそんなことしたら、現場を知らない役人の横暴だって言われるよう」
「かわいそうに」しとちゃんの頭を撫でながら、わたしは言いました。「大変な顔ぶれをメンバーに選んじゃったわねえ」
「やだよう。苛められるよう」
ガキかあんたは。
とも思いましたが、甘えられて悪い気はしませんでした。
わたしたちは飲みに行きました。
翌日、しとちゃんはスッキリした表情に変わっていました。
巻物を手にして言います。
「これ何だか分かりますか」
「何かしら」
「食育基本法の全文です。筆ペンで書き写して、毎日音読してるんです」
お経かい。
しとちゃんは続けました。
「音読すると心が落ち着きます。頑張ろうという気になります」
「そう。それは良いことね」
「あと、夕べのことだけど…」赤面するしとちゃん。
「なあに」
「いえ、何でもないです。ようし、頑張るぞ。食育推進計画を作るのだ!」
緑茶をぐいと飲み干し、予想外の熱さに目を白黒させるしとちゃんでした。
◆◆◆
しとちゃんが受話器を片手にペコペコ頭を下げています。
どうしたの、と聞くと、しとちゃんは困った顔で
「佐久間さんからなんですけど。…あの怖い佐久間さん」
「管理栄養士の?」
「はい。こないだの食育推進会議に市長が出なかったのが許せないとかで」
「市長に直接言えばいいのに。弱いものいじめね」
「佐久間さんにそんな返事したら殺されますよ」
「踏み潰されるね」
「象子だけに、ですか。あはは」
「あはは」
しとちゃんの笑顔は素敵でした。
「でもそういえば変ですねえ。佐久間さんはいつも、直接市長に文句を言う人でしたよねえ」
「そうね。このところ、文句があったらすぐにしとちゃんに電話かけてくるわね」
「不思議です」腕組みをするしとちゃん。
でも、わたしにはその理由が分かるような気がしました。
「まあとにかく」しとちゃんは言いました。「市長は会議に出るべきだと僕も思います。いまから市長に会ってきます」
「いつも気が早いわね」
「性分ですから」
言い終わらないうちに、しとちゃんはピューッと出かけてしまいました。
「おい待てしとちゃん。勝手に席をはずしてはいかーん…」
係長の声が響きましたが、それも虚しく、しとちゃんはすでにエレベーターに乗っていました。
翌朝、しょんぼりしたしとちゃんが現れました。
「どうしたの」
「市長に会いに行ったんですが…」
「うん?」
「全国市町村首長の集まりがあるとかで大阪に出張してました」
「会えなかったのね」
「いえ、大阪まで会いに行きましたから…」
行ったんかい。
「そしたら市長にすっごい怒られて…。食育なんか知らん、お前も消えてしまえと言われちゃったんです」
(以下次号)