松宮園生です。
(前回のあらすじ)
日本食育大学が開発した食育ロボット「アンドリュー77」。
その「使い心地レポート」のようなものを、
川口恵太という人が僕にメールしてくれました。
この物語は、川口恵太氏とアンドリューの、
心暖まる交流を描く叙情詩である。
◆◆◆
(もらったメールの続きです。「わたし」というのは
川口恵太氏のことです)
「川口、早起きの時間です。目覚めに取り組んでください」
耳もとでアンドリューが大声を出し、わたしは飛び起きました。
「早寝早起き朝ごはん」アンドリューが言いました。「早寝早起き朝ごはんは日本の政府の重点目標です。早寝早起き朝ごはん専門の、全国組織もできているのです。ですから、早起きの次は朝ごはんに取り組みましょう」
わたしは大あくびをしながら「いま何時だよ」
「5時です」
「5時?」耳を疑いました。「なんでそんなに早いの」
「川口は朝ごはんを作る宿命です」
「作る?」
「自分で作ることに取り組んでください」
「アンドリュー、お前が作るんじゃないのかよ」
「川口が作るのです」
「だって昨日はお前が作ったじゃんよ」
「今日からは川口が作る宿命です。自分で作り、食べものの有り難さを感じながら食べましょう」
「アホクサ。だったらメシなんかいらねえよ。寝る」
「許されません。早寝早起き朝ごはん。早寝早起き朝ごはん。全身全霊、日本の未来のために取り組むことが宿命です」
「やだね。おやすみ。ギリギリまで寝るから、時間がきたら起こせよ」
ベッドに戻るわたし。
プシュー!
水蒸気を激しく噴き出すアンドリューの両耳。
狂ったように点滅するアンドリューの両眼。
「呪います。ちちんぷいぷい。川口は眠れない。川口は眠れない。ちちんぷいぷい。呪いました。呪い、セット終了」
「ふざけろよ」今風に(?)つぶやいてわたしは布団にもぐりこみます。「ばーか」
ん?
左手がビミョーに冷たくぬるぬるしたものに触れました。
あわてて布団をはがしてみると、いつのまに仕掛けたのか、そこには潰れたトマトがいくつも…。
「なんじゃこりゃあ」
使い古しのセリフを思わず叫んでしまいました。
手の先もトマト果汁まみれになっています。
「てめえ、アンドリュー!」わたしは毒づきました。「食育ロボットのくせに、食べものをこんなに粗末にしていいのかよ」
アンドリューは黙ったまま、椅子に座って新聞を読んでいます。
わたしはアンドリューの椅子に蹴りを入れてから、洗面所に行きました。
ハンドソープで手を洗いながら「てめえがやったんだからな。てめえがベッドを掃除しろよ」
それからついでに軽くうがいをするために、置いてあったマウスウォッシュを口に含みました。
うぎゃあ!
口の中で爆弾が破裂したようでした。
反射的にマウスウォッシュを吐き出し、咳こむわたし。
「呪い、完了です」背後でアンドリューの淡々とした声が響きます。「川口は眠れない。それはマウスウォッシュではなく、ハラペーニョと胡椒のたっぷり入ったラー油です」
◆◆◆
何度もうがいをして疲れ果て、ぜーぜー肩で息をしているわたしに、アンドリューが言いました。
「どうですか川口。朝ごはん、取り組む気になりましたか」
「このくそったれ。いやだと言ったらまた何かするんだろう…げほげほげほ」
「そうですか、取り組む気になりましたか。素晴らしい。称賛します。正しい行いは、すがすがしいものです」
水蒸気がやみ、点滅がおさまりました。
アンドリューは胸にあるポケットから1冊の本を取りだしました。
『日本食育大学監修 それゆけ朝ごはん けだるいレシピ全集』
という本です。
「川口はどうせ料理したことありませんね? 大問題です。その解決の第1歩として、まずはレシピを見ながら作ることに取り組みましょう。さあ、どのレシピに取り組みますか?」
「何だっていいよ」投げやりなわたし。
「では『超オーガニック・トムヤム定食』にしますか」アンドリューはレシピ本をぱらぱらくりながら言いました。「凝り性の趣味男性向けレシピと書いてあります。レシピの説明だけで20ページあります。今から取り組めば、明後日の夕方にはできあがるでしょう」
「明後日の夕方? 何だそりゃ。そんなムチャクチャなもの、作れるわけねえだろ。つーか夕方にできたら朝ごはんじゃねえじゃねえか」
「確かにそうですねえ。材料を買うために山梨県と長野県と鹿児島県に行かなくてはなりませんし」
「極端なことをさりげなく言うなよ」わたしは言いました。「もっとマシなのはねえのか」
「それでは『スペイン風オムレツ』にしましょう。野菜もあるし、タマゴもあるし、川口でも作れる簡単さです」
しかし実際には、調理は悪戦苦闘で、朝ごはんを食べることができたのは出発時刻も迫る、8時頃でした。
アンドリューは手伝いもしません。
しかもオムレツは形が崩れまくり、「正体不明の黄色く温かい何か」としか形容できない状態になっています。
「では食べることに取り組んでください」アンドリューは言いました。「いただきますを忘れないように。いただきますごちそうさまは愛言葉。この標語を知っていますか。いただきますごちそうさまは愛言葉。これは、平成19年の食育推進の標語として日本政府から選ばれたものの1つです」
アンドリューは新聞を読んでます。
わたしは黙々と食べました。
明日もまた5時にたたき起されて、朝食を作らなければならないのでしょうか。
やってられません。
わたしは決心しました。
父親に言って、アンドリューを返品するのだ。
そう考えると、少し元気が出てきました。
「ごちそうさま」わたしは言いました。「じゃあ出かけてくる」
「待ちなさい」新聞をおろしてアンドリューが言いました。「ごちそうさまと言ったことは評価します。しかし後片づけには取り組まないのですか?」
「は?」
「川口は次は食器を洗うことと、テーブルの上をきれいにすることに取り組んでください。東京の世田谷区の公式食育かるたのなかに『ごちそうさま すすんでやろう あとかたづけ』という句があります。そのくらい、後片づけは重要なのですよ」
「なに言ってんだよ。そんなことしてたら遅刻するじゃねえか」
「後片づけは重要です」
「遅刻しないことも重要なんだよ」わたしはアンドリューをにらみつけました。「てめえが、やればいいじゃん。ベッドもきれいにしとけよ」
プシュー!
アンドリューの両耳から勢いよく噴き出す水蒸気。
両眼がまるでウルトラマンのカラータイマーのように点滅しはじめます。
「呪います。ちちんぷいぷい。川口は出かけない。川口は出かけない。ちちんぷいぷい。呪いました。呪い、セット終了」
「いい加減にしろ!」わたしは喧嘩腰に「てめえのくだらない意地悪に関わってる時間はないんだよ。遅刻したくねえんだよ」
吐き捨てるように言い、ランドセルを背負って玄関から飛び出しました。
父親に言おう。
アンドリューを返品するのだ。
「返品だ」
「返品だ」
独り言をいいながら、わたしは学校に向って歩きはじめていました。
◆◆◆
「えっ、ランドセル? 学校?」
メールを読んでいた僕(松宮)は思わずつぶやきました。
この人、こんな文章書いていながら、小学生だったんだ…。
◆◆◆
(メールに戻ります)
松宮さん。
書き忘れていましたが、わたしの両親は離婚しています。
わたしは平日は父親と、週末は母親と過ごしています。
父親は出張の多い仕事をしているので、わたしは1人で過ごすことが少なくありません。
そんなわけで、父親は食育ロボットを買ってくれたのでした。
とはいえ、父親の善意は分かるのですが、あのロボットはもうまっぴらです。
返品だ。返品だ。
家を飛び出して数分後、無意識にポケットに手を入れると、何かがありました。
昨日コンビニで買ったチョコレートの食べ残しでした。
わたしの体温で、少しやわらかくなっています。
食べちゃお。
とくに疑いもせずそれを口に放り込みました。
すぐには何も起きませんでした。
すこしたったところで…。
うぎゃあ!
お分かりですね。
ご想像のとおり、それはアンドリューが仕掛けた激辛チョコレートでした。
ご丁寧にも表面は甘いままで、中心にハラペーニョの種が大量に仕込まれているという芸の細かさでした。
わたしは火のついた口から大量のよだれを垂らしながら、悲鳴をあげて家に駆け戻りました。
アンドリューが待ち構えていました。「テーブルの上にお茶を用意してあります。体温と同じ温度です。辛さを和らげるのに効果的な温度だと言われているんですよ」
しかし、わたしにはお茶の匂いをかぐだけの余裕が、まだありました。
匂いをかいでみると、思ったとおり、それはお茶というよりマスタード・ドリンクでした。
「こんなの飲めるか」わたしは悪態をつき、冷蔵庫を空けました。
あいかわらず新聞を読んでいるアンドリュー。
冷蔵庫にはミネラルウォーターがありました。
ですが、油断はできません。
昨夜、ミネラルウォーターでひどい目に遭っているのです。
ミネラルウォーターの隣に、オレンジジュースがありました。
さっき朝食を食べたときに飲んだオレンジジュースです。
これなら大丈夫か。
待てよ。
アンドリューのことだ、あれからオレンジジュースになにか仕込んだかもしれない。
やめだ、やめだ。
ミネラルウォーターも、オレンジジュースも、信用できねえ。
「だまされねえぞ」苦痛と戦いながら、わたしは何も取り出さずに冷蔵庫を閉めました。「水道水を飲んでやる。これなら大丈夫だ。ざまあみろ」
水道水の蛇口をひねり、水をゴクゴク飲みました。
うぎゃあ!
ガホゲホガホゲホ!
アンドリューは新聞を置き、穏やかな声で言いました。
「呪い、完了しました。そのコップの内側には、ハバネロとワサビを混ぜたものをたっぷり、塗ってあったのですよ…」
(完)