松宮園生です。
食育ロボは正式名称を
「アンドリュー77」
といいます。
日本食育大学のロバート・シトピッチャン教授
が開発し、玩具メーカーから発売されました。
少々、
「猟奇的な彼女」
タイプのロボットでしたので、そういう「プレイ」
が好きな人のあいだでヒットしたようです。
どのくらい「猟奇的」だったかについては
以下を参照。
「食育ロボ発進! 前編」
「食育ロボ発進! 後編」
◆◆◆
「なになに、食育ロボット? そりゃ便利なものができたなあ」
そう思ったのは地方自治体に勤める方々でした。
理由はこうです。
2005年に「食育基本法」が制定されました。
この法律により、自治体(県庁や市役所や町役場など)はそれぞれ独自に
「食育推進計画」
を立てることが決められています。
計画を立てたはいいですが、立てたら実行しなくてはなりません。
何を実行するかというと、
* 食育の教室
や
* 食育のイベント
などです。
こういうのは参加する側は「学ぶため・楽しむため」に来たりするわけで、もちろんそれでよいです。
が、開催する側はタイヘンです。
普段から人員不足で忙しいのに、食育までやりなさいと言われても人手が足りません。
ネコの手も借りたいです。
そんなところに、食育専門のロボットが発明されたわけですから、自治体の方々も大助かりというわけです。
さっそく購入し、
「食育料理教室」
の講師をやってもらうこととなりました。
名づけて
「地元の食材を食べよう。食育ロボット、アンドリュー先生のちょっぴりエスな料理教室(副題:ちょっぴりじゃないけど)」
◆◆◆
ところがです。
料理教室の当日の朝、トラブルがありました。
アンドリュー77が1人で開講準備をしていると、地元の食育ボランティア団体が文句を言いに教室までやって来たのです。
団体の代表と称する女性が、腕組みしてふんぞり返りながら言いました。
「あなたが食育ロボットね。わたくしは『食育の大切さを考える母の会』代表、佐久間象子です。管理栄養士です。管理栄養士であると同時に、栄養教諭の免許をもっており、フードコーディネーターの資格も持っています」
「管理栄養士であり、栄養教諭であり、フードコーディネーターでもある佐久間象子ですね」相槌をうつアンドリュー先生。
「それだけではありません。食育必死講座1級でもありますし、食育プリーチャーの資格も取っています」
「食育必死講座1級で、食育プリーチャーですか」
「それだけではありません。食育推進士試験はムラサキ合格しています」
「ムラサキ合格」
「ムラサキ合格が最上位です。次がキイロ合格。その次がアオ合格です」
「ムラサキ合格が最上位、次がキイロ合格、その次がアオ合格ですか」
「それだけではありません。炭水化物のソムリエでもあり、日本カルパッチョ協会認定カルパッチョ講師の免状も持っているのです」
「炭水化物のソムリエであり、カルパッチョ講師ですか」
「認定講師です。ただの講師ではありませんから」
「ただの講師ではなく、認定講師ですか」
「そうですよ」
「なるほど」とアンドリュー。「『食育の大切さを考える母の会』代表、管理栄養士、栄養教諭、フードコーディネーター、食育必死講座1級、食育プリーチャー、食育推進士ムラサキ合格、炭水化物のソムリエ、認定カルパッチョ講師の佐久間象子。その佐久間象子が何の御用ですか」
さすがロボット、記憶力は完璧です。
「何の御用ですか、ですって? 決まっているじゃありませんか。ロボットなんかに食育はできないと言いに来たんですよ」
「そうですか。言いに来たのですか。いま、佐久間象子は言いたいことを言いましたね。ということは、これで御用は終わりですか」
「なんですって」佐久間象子の腕に血管が浮き出ました。「あなた、誰にむかって話をしていると思ってるのかしら」
「『食育の大切さを考える母の会』代表、管理栄養士、栄養教諭、フードコーディネーター、食育必死講座1級、食育プリーチャー、食育推進士ムラサキ合格、炭水化物のソムリエ、認定カルパッチョ講師の佐久間象子にむかって話をしていると思っています」
佐久間象子の額から血がぴゅっと飛び出ました。「この出来そこないロボット! 市長に言いつけてやる。わたくしは市長とも話ができるんですからね。市長に話せば、あなたなんてすぐに潰されてしまいますわよ」
アンドリュー77の採用を決めたのはその市長さんなんですけど。
「ようするに佐久間象子はロボットが食育料理教室をするのを嫌っているわけですね?」と、アンドリュー。「いつの時代にも、機械化に反対する人はいます」
「食育の教室が機械化できるわけ、ないでしょう」
「確かに人間にしかできない食育教室はあります。しかしロボットで足りる食育教室だってあるのではないでしょうか」
「そんなの、あるわけありません」
「食育教室が終わったあとの生徒さんの感想を聞いてみてください。『あの先生、素晴らしかった。またあの先生に教わりたい』という感想をロボット講師が引き出すことはたしかに難しいです。人間にしかできません。でも『地元の野菜は美味しいね』という地産地消絶賛型リアクションを引き出すだけなら、わたしのようなロボットでもできます」
「ずいぶんな自信ねえ」
「地産地消を伝えるだけの教室ですから、ロボットでもできるのです。その証拠に、人間が講師をやってもギャラは安いでしょう。ギャラが安いということは、難易度が低いということです」
「あなた、よくもそんなことをヌケヌケと」
理屈で攻められ、いきりたつ佐久間象子。
一触即発の危機です。
映画「エイリアン vs プレデター」を連想したあなた。
その連想はまともです。
どっちが勝っても、人類に未来はたぶんない。
「ちょっとあなた、逃げるるのですか?」
佐久間象子を無視してふたたび料理教室の準備をはじめたアンドリューに対し、無視された佐久間象子が吠えました。
アンドリューは聞こえたのか聞こえていなかったのか、食材の数を数えたりしています。
「まあ。返事もしないなんて。何ですか、あなたは」
「何ですかと言われても困りますが、食育ロボット、アンドリュー77です」
「そんなことは分かっていますよ。なんでロボット風情のあなたがここにいるかと聞いているのです」
「ここで親子料理教室を開くのです。『野菜オムレツのカレー風味』をみんなで作るのです。あなたも参加しますか。2000円です」
「プロのわたしが参加するわけ、ないでしょう。わたしは管理栄養士、栄養教諭、フードコーディネーター、食育必死講座1級、食育プリーチャー、食育推進士ムラサキ合格、炭水化物のソムリエ、認定カルパッチョ講師なのですよ」
「それは知っています。さきほど伺いましたので」
「口の減らないロボットですわね。いったい何様のつもりなのですか」
「食育ロボット、アンドリュー77です。それより、御用がお済みなら帰っていただけませんか? 準備がたてこんでいるのです」
「そうじゃなくて!」佐久間象子はわなわなと震えだしました。「あなたなんかに食育はできないんですったら。食育ならわたくしがやります」
「他人の食育を妨害するつもりはありません。ですので、お構いなくご自由に食育をなさってはいかがですか?」
「食育はわたくしの領域なんです! わたくし以外の者がこの町で食育をすることは許しません。あなたはさっさと片付けて帰りなさい。あとはわたくしがやります」
アンドリューは初めて、佐久間象子の顔をまじまじと見ました。
「なるほど、人間の心理は複雑なものですね。そうですか。あなたはこの町の食育を独占したかったわけですね」
「そんなことは言ってないでしょう!」と佐久間象子。頭が熱を帯びているのか、上空の空気が揺らいでいます。「わたくしが言いたいのは…」
「見苦しいわよ、佐久間さん」
背後から声がしました。
年配の小柄な女性が立っていました。
「谷口先生…」佐久間象子がつぶやきました。「先生、どうしてここに…」
「佐久間さん。今日のところはわたしたちの負けです。いったん退却しましょう」
うなだれる佐久間象子。
谷口先生と呼ばれた謎の年配の女性は、アンドリューにむかって静かに言いました。
「アンドリューとやら。これだけは言っておきますよ。わたしたちに刃向って無事だった人はいないのです。よく覚えておきなさい」
立ち去る谷口先生。
「わたしたちを甘く見るんじゃないわよ」
捨て台詞を残し、それまでうなだれていた佐久間象子も谷口先生の後を追って去ってゆきました。
(以下次号)