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2007.12.15 01:04

ビッグイーター 前編

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松宮園生です。

今回と次回は今までとちょっと毛色の
違う話です。

◆◆◆

イボンヌ朝最後の王、イル16世。
彼は非常な大食漢(大食い)としても
知られています。
そもそもイボンヌ朝は豪華絢爛を
きわめた王朝でした。
歴代の王のもと、毎晩、宮廷で
酒池肉林がくりひろげられました。
食文化も発達し、大食いであることは
自慢できることでもあったようです。
なかでもイル16世の食欲は群を
ぬいていました。

ピエールという男がいます。
イル16世と同年同日に生まれたということもあり、5歳のときに遊び相手としてイル16世に仕えることになりました。
どうして貴族でも裕福な商家でもなく「平民」の生まれであったピエールが、イル16世の遊び相手に選ばれたのかはよくわかりません。
しかし彼は生涯の友としてつねにイル16世のそばにいたようです。
イル16世から絶大な信頼を得ていましたが、決して政治にかかわることはありませんでした。
そのピエールの自伝を読んでいたら、不思議なことが書かれていたのでご紹介します。

イル16世は子どものころ、食が細かったそうです。
ほとんどの料理には手をつけずに残してしまいますし、味に工夫をこらした甘いお菓子にもあまり興味を示しませんでした。
宮廷での毎晩の宴会も、彼にとっては苦痛でしかありませんでした。
当然、当時の宮廷人とは思えないほど痩せていました。
王と妃は王子のことをたいへん心配しました。

ところがある日を境に、それが一変します。

イル16世(当時はイル王子)が7歳のとき、2人は貴族の子弟数人を交え、宮殿の広大な庭でかくれんぼをしていました。
貴族の子弟の1人が鬼(探す役)で、王子とピエールは連れだって花壇の裏に隠れました。
ピエールがふと振り向くと、今の今まで一緒にいた王子がいなくなっています。
ピエールは王子を探し始めました。

すると、別の花壇のかげから
「ずずずず、ずずずず」
という音がします。
本能的に危険を感じたピエールは、音をたてないようにこっそり、音のするほうに這っていきました。

花壇の隙間から奥をのぞきこんだピエールは、息をのみました。
王子が気を失って倒れています。
そこに得体の知れない黒いぶよぶよの塊が、覆いかぶさっていました。
王子よりも大きな、黒い塊です。
王子の口は大きく開かれています。
黒い塊は、王子の口から体内に入ろうとしているのでした。
「ずずずず、ずずずず」
という音は、その音だったのです。
ピエールは震えが止まらなくなりました。

やがて黒いぶよぶよは、王子の体に完全に入ってしまいます。
あんな大きなものが入ったにも関わらず、不思議なことに王子の体型は変わりませんでした。
王子は目をさまし、何事もなかったかのように平然と起き上がりました。
「腹が減ったな」
王子はつぶやきます。
腹が減った、という言葉を王子が口にしたのは、おそらくこれが人生の最初でしょう。
彼はかくれんぼのことなどすっかり忘れた風情で、宮殿のほうに歩きだしました。

◆◆◆

王子が変貌したのはそれからでした。
それまで食が細かったのが、とつぜん食欲の権化にようになりました。
出された料理を次から次へと平らげ、とどまるところを知らなかったのです。

急激な変化に周囲は驚き、医者の診察まで受けましたが特に変わったことはありませんでした。
それまで食の細さを心配していた王も王妃も、今度は王子の異常な食欲を心配するようになります。

王子は眠っているとき以外は、ほとんど絶え間なく食べ続けました。
宮廷での宴会でも、人々が目をみはるような食べっぷりでした。
当然、みるみる太りました。

当時の宮廷人は、宴会で美食を追及するために大食いをしていました。
大食いなのはイル16世だけではなかったのです。
大食いを続けるために、
「食べては吐き、吐いては食べる」
ということをするのが普通でした。
王子も食べたり吐いたりを繰り返すようになります。
吐いてはいますが、それでも体は太ります。

ピエールは引き続き、王子の遊び相手として仕えています。
あのとき花壇で目撃したことを、彼は誰にも言いませんでした。
怖くて言えなかったのです。
王子にも。

10年が過ぎました。

17歳になったとき(=ピエールも17歳)、王子は結婚をしました。
相手は隣国からやってきた、1歳年上の美女、マリー・パトリシアです。
王子の結婚をきっかけに、ピエールは王都プリウスの一角に大きな屋敷を与えられ、そこに住みながら宮殿に通うようになりました。

それまでピエールは宮廷の外に出ることがまったくありませんでした。
5歳のときに宮仕えを始めて以来、一度も出たことがなかったのです。
外に出てみて、ピエールは驚きました。
あれほど豪華絢爛な宮廷の様子に比べ、プリウスの市民のなんと貧しいことか。
王侯貴族や一部の恵まれた商人をのぞけば、そこにあるのは貧窮でした。
人々はボロ雑巾を身にまとい、今日の食べ物を求めて市内を徘徊していました。
イボンヌ王朝に対する無言の怨嗟の声も、ピエールには聞こえてくるように感じました。

数ヶ月後、父王が亡くなりました。
王子は即位してイル16世になります。
王となった彼は、ますます食べるようになりました。
国家予算を使って食べるわけですから、生半可なものではありません。
来る日も来る日も豪勢な宴会をもよおし、食べては吐き、食べては吐きを繰り返しました。
国の政治は臣下に任せ、自分は食べること以外にあまり関心を示さないようになります。

妃のマリー・パトリシアは食べてばかりの夫を軽蔑しはじめます。
さっさと寝室を別々にし、美しい宝石と、高額な衣装と、イケメン貴族との浮気にうつつを抜かすようになりました。
民衆の間でが貧困と食料不足が広がっているという話を聞いたときに
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」
というセリフを彼女が言ったという話は有名です。
本当に彼女が言ったのかどうかは分かりませんが、このセリフがプリウス市民のあいだにうわさとして伝わると、市民はますますイボンヌ王朝を憎悪するようになりました。

(以下次号)

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