松宮園生です。
日本を見習い食育立国を標榜(ひょうぼう)する
ザイオン共和国のサラリーマン生活を見てみましょう。
(ザイオン共和国についてはここをクリック)
ある日のこと。
会社で課長に呼ばれました。
「何でしょう」
「松宮君は朝ごはんを食べているかね」
「もちろん食べてます。早寝早起き朝ごはん、モーフィアス大統領の命令ですからね」
「嘘をつくな」課長が机をドンと叩きました。「食べてないだろ。ネタはあがってるんだぞ。お前のやってることはすべてまるっとお見通しだ」
「それ、『トリック』で主人公の山田奈緒子が言うセリフじゃないですか」
「馬鹿もん。そんなことを言ってるんじゃない。なぜ朝ごはんを食べないのだ」
「ど、どうして僕が朝ごはんを食べていないことが分かるんですか」
「これを見ろ」
「何ですか、この紙」
「よく読め」
「はあ。えっと、社員の朝ごはん摂取状況に関する内部調査? あ、僕の名前が出てる」
「お前はこの1ヶ月、朝ごはんを2回しか食っとらんな」
「はあ。実はそうですが。何で分かったんですか」
「それは言えん。ていうか、わたしも知らん」
「まさか盗聴とか」
「だからそんなことは知らんよ。問題なのは、松宮君、ザイオン共和国の国民であるきみが、朝ごはんを食べてないということだ」
「はあ」
「モーフィアス大統領もたいへん心配しておられる」
「はあ」
「とはいえ、大統領も、無理やり朝ごはんを国民に強制するつもりはないそうだ。ちゃんと納得したうえで、心から喜んで食べてほしいとおっしゃった」
「それはどういうことで…」
「これから食事指導を受けたまえ」
「食事指導?」
「食事指導を受けて、朝ごはんの大切さを学んでこい」
「今からですか?」
「今からだ。嫌がると給料下げるぞ」
「し、しかしこれから打ち合わせがあるんですけど」
「キャンセルしたまえ!」
◆◆◆
「あーめんどくせー。朝ごはんが大切だなんて耳にタコができるほど聞いてるよ。おれに朝ごはんを食べさせたかったらだな、キャメロン・ディアスみたいな女の子が『園生さん、朝ごはん食べてね。はい口をあけて。あーん』って言ってくれれば食うんだよ。こんな音楽室みたいな部屋で食事指導を受けるなんて、やってられっかよ。早く終わらせて帰ろ。あ、誰か来た」
「松宮園生さんですね。わたしが管理栄養士の佐久間象子です。モーフィアス大統領に招かれ、日本から来ました」
「ども」
「それだけではありません。わたしは管理栄養士であると同時に、栄養教諭の免許をもっており、フードコーディネーターの資格も持っています」
「はあ。すごいですね」
「それだけではありません。食育必死講座1級でもありますし、食育プリーチャーの資格も取っています」
「はあ。なんかよく分かりませんけど、すごいですね」
「それだけではありません。食育推進士試験はムラサキ合格しています」
「ムラサキ合格」
「ムラサキ合格が最上位です。次がキイロ合格。その次がアオ合格です」
「はあ」
「それだけではありません。炭水化物のソムリエでもあり、日本カルパッチョ協会認定カルパッチョ講師の免状も持っているのです」
「はあ」
「そんなわたしですけど、なにか?」
「は?」
「ですから、そんなわたしですけど、なにか?」
「いや、なにかと言われても…」
「あなた、松宮さんとおっしゃいましたね。このわたしをご指名で、相談ごとがあっていらっしゃったんでしょ? 相談ごととはなんですか?」
「いやあの。指名した記憶はなくて、それに相談ごともあるわけじゃなくて、ていうか、会社からここに来いって言われてやってきたんですけど」
「まあ」
「食事指導を受けろと上司に言われまして、しかたなく…」
「あらまあ。自主性のない方ねえ、あなた。人に言われていやいや食事指導を受けても、効果はありませんよ」
「そうスよね。自主性がないと効果でないスよね。よく分かりました。では帰って自主性をきたえて、また出直してきます。今日はもう失礼します。ごきげんよう」
「待ちなさい」
「はあ?」
「逃げようたって、そうはいきませんよ。わたしが帰っていいと言うまで帰れないのはご存知? ドアの向こうにはガードマンが控えています。食育ガードマン協議会の認定ガードマンです」
「なんですか、その食育ガードマンって」
「食事指導中によこしまな思いを抱くメタボ男性から、かよわい管理栄養士を守るためのガードマンです。とにかく、あなたは逃げられません。まだ帰るのは早いのです。言っときますが、逃げられないからって、わたしを襲ったら直ちにガードマンが入ってきますからね」
「この人を襲いたいと思う男は、この世にはいないと思うけど…」
「なにか言いましたか」
「いえいえ、独り言です」
「ではまず、レッスンのプログラムを説明します」
「レッスン?」
「まず、歌を暗唱してもらいます」
「う、歌?」
「歌です。わたし佐久間象子が作詞作曲した世紀の名曲『朝食賛歌』。これを完璧にマスターしてもらいます。次に、この歌には振付がありますから、振付もマスターしてもらいます」
「な、なんでまたそんなことを…」
「今までの平均で言うと、歌と振付をマスターするのに、たぶん6時間くらいは七転八倒するでしょうね。わたしのレッスンは厳しいから」
「ろ、6時間? 七転八倒?」
「そう。これを 6-7-8 の法則といいます」
「はあ?」
「わたしの『朝食賛歌』を歌いこなすには羞恥心を消さないといけません。『大の大人がなんでこんなレトロなこっぱずかしい歌を歌わなくちゃいけないんだ』と思っているうちは、絶対に歌いこなせません。羞恥心を捨て去り、心から歌詞とメロディに身を任せるのです」
「はあ?」
「羞恥心があったら食育なんてできません。食育標語を作ったり、食育カルタを作ったり、食育紙芝居を作ったりするのに、羞恥心は邪魔です。いまが21世紀であることを、忘れなくてはならないんですよ」
「とほほ…」(←死語)
「この『朝食賛歌』をマスターしたら、とてもすがすがしい気持ちになりますよ。他人にも地球にもやさしい人間になれるんですよ。そのあと、作文を書いてもらいます」
「作文?」
「作文を書いてもらいます。朝ごはんを毎日食べるために、あなたは今日からどんな工夫をしようと思いますか。2000字程度で書いてもらいます」
「2000字も!」
「100点満点です。80点以上とれたら、今日は帰っていいですよ」
「と、とれなかったらどうなるのですか?」
「映画を見てもらいます。日本の農林水産省が作った『めざましごはんのススメ』です(※)。優香さんが出てるから、あなたみたいな即物的な人でも楽しめますよ。そのあとまた、同じ作文を書いてもらいます。この繰り返し」
「はらほれひれはれ…」(←死語)
(※)http://www.maff.go.jp/j/soushoku/kakou/mezamasi/about.html
◆◆◆
ドアが開き、女性が2名、男性が1名、入ってきました。
女性のうち1人は、ピアノの前に座りました。
あとの2人(男女)は、佐久間象子の両側に立ちました。
背筋がピンとしており、タイツをはいています。
「わたし佐久間象子が作詞作曲した世紀の名曲『朝食賛歌』。今から歌と振付のお手本を見せますからね。よく見て、よく聞くのですよ、松宮さん。一緒にすがすがしい気持ちになりましょう」
ピアノの鍵盤が叩かれ、『朝食賛歌』の歌と踊りが始まりました。
ほどなく、あまりの恥ずかしさに耐えかねた松宮園生は「やめてくれ。助けてくれ」と叫びながらドアを何度もたたきはじめます。
ドアはびくともしません。
『朝食賛歌』がサビの部分に入ると、松宮園生は七転八倒し、泣きだし、失禁し、気絶してしまいました。
曲が終わりました。
すがすがしい表情でたたずむピアニストと2名のダンサー。
湯気をたて、床に横たわりピクピクうごめく肉塊となった松宮園生を見下ろしながら、佐久間象子は悪態をつきました。
「そりゃわたしの作った『朝食賛歌』はアンタみたいなやつからみりゃ恥ずかしい歌かもしれないけどさ、ここまでひどい反応されたら、ムカつくわね。あんたたち、こいつをやっておしまい!」
やっておしまい、って、ど、どうなるの?