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2007.08.14 22:59

バウムクーヘン宣言 その7

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松宮園生です。

前回のあらすじ)
終生の農業ライバル、
葉竹乃木夫さんと多賀安秀夫さん。
その戦いの歴史は、学生運動にさかのぼります。
そして21世紀の今日、アグリドラゴン社のクレーム
処理を巡って2人はふたたび激突。
血で血を洗うバトルが始まったのでした。
果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか?

◆◆◆

2人はアグリドラゴンの会議室で口論をはじめました。

「中国野菜を国産と偽って納めるとは、テメーも落ちたな」葉竹さんは言いました。「潮時だよ。神様が待ってるぞ。ジョン・レノンも待ってるぞ。そろそろ引退したらどうだ」
「そういうセリフはな、中国野菜の知識が足らんやつに限って偉そうに言いやがる」多賀安さんも負けていません。「おめ、中国行ったことあんのか」
「何度も行ってら。行きすぎてパスポートがニセモノになってしまったよ」
これには多賀安さんも吹いてしまいました。

しかし彼はふたたび厳しい顔になって言いました。「だったら分かるだろ。いまの中国野菜はマトモだぞ。オレが調達したやつなんか特にな、日本みたいに硝酸態窒素が過剰なわけでもねえ、草むしりの労働力などなんぼでもあるから除草剤も撒いてねえ。土だって水だって綺麗なもんだ」
「テメーはバカか。毎日なに食ってんだ」と、葉竹さん。「やつらはな、甘っちょろい日本人に見せるための畑を1枚だけ用意しててな、来客を待ってんだよ。テメーが見たのはそれだよ。何のことはない、まともな畑はそこだけだ。テメーはそこに案内されて、すっかり感激して鼻水たらして、中国のいいカモになってるめでたい奴ってわけだ。テメーが見せてもらえなかった大部分のところはな、見るも悲惨なグジャグジャ状態。テメーの顔よりひどいとは言わんが、同じくらいだ」

「ああ」多賀安さんはわざとらしく天を仰ぎました。「これだから情報の古いやつは困る。お前が言ってるのは10年前の中国だ。中国だって馬鹿じゃねえ。学習してんだよ。農薬まみれの手抜き野菜を作ったって日本人は買わないと分かってる。だから日本人が買ってくれるような野菜を作ってんだよ。これは経済原理だ。ケイザイゲンリ。お前には難し過ぎるかな」
「何が経済原理だ。テメーこそ口では言っても、漢字書けるんか? 確かにテメーの言うとおり中国は馬鹿じゃねえ。やつらはな、日本の食料自給率が低いのをちゃんと知ってんだよ。食料を自給できないからな、品質が悪くても、日本は泣く泣く野菜を買うのさ。そのことを中国人は知ってるんだぞ。そんな国が、丁寧に野菜なんか作るわけねーじゃんか」

「よしよし。かわいそうに。そんなに興奮したら硬くなった血管が破裂するぞ。いいか、落ち着いてよく聞け。日本の食料自給率は低いがな、野菜は騒ぐほどには低くない。少なくともお前の知能指数よりはましな数字だ。つまり中国は、安かろう悪かろうの手抜き野菜を日本が買うなんて思っちゃいねえよ。手の込んだちゃんとした野菜を日本人は高値で買うっつーのを知ってる。だからそういう野菜を作る」
「どーだか」
「中国人てのは商売人だ。手の込んだ野菜を作ったほうが高く売れて利益も大きいとなったら、喜んで手の込んだ野菜を作るんだよ。これが経済原理だ。分かるかなー、分っかんねえだろうなー」

とんでもない死語が出ましたね。

「中国人てのは商売人だ」葉竹さんも言い返します。「テメーをだますなぞ、お茶の子さいさい(←これも死語)なんだよ。ま、ウナギ以上の頭があれば、テメーをだますのは簡単だけどな」
「なんかやけに中国人を嫌ってんな。お前、もしかして中国人の女にふられたか?」
「そういうテメーは、品川あたりのチャイナドレスにせっせと貢いでんだろう」
「いいじゃねえか。それが男の甲斐性ってもんだよ、バカめ。つーか、なんで品川なんだよ」
「つーかよ、そもそもこの騒動の原因を作っておきながら、テメーのその態度はなんだ。いいか、テメーのおかげでオレはな、入社初日に客先に頭を下げに行くことになったんだぞ」
「かかか。頭を下げたか。お前の頭にも使い道があると分かってよかったじゃないか」

「あのなあ多賀安。テメまさかそれ、本気で言ってるんじゃないだろうな。だったとしたら、テメーはプロじゃねえぞ」
「なにを言う!」多賀安さんは顔を真赤にしましたが、なんとか自分を押さえました。「そうだな。言い過ぎた」
「分かればいいよ」
このあたりは、なんと2人ともなんだかオトナでした。

「しかしだな」多賀安さんはふたたび鋭い目つきになりました。「おれが選んだ中国野菜に間違いはねえ。そこは信念を持ってやってんだ。品質管理も、おれが自分の目でやってるんだ。葉竹、お前がやるべきことはな、客先に頭を下げることじゃねえ。野菜の品質に心配はいりませんって、客先を説得することだったんじゃねえのか」
「それは違う」葉竹さんは答えました。「はじめから中国野菜を納める話だったら、テメーの言うとおりだ。だが今回は違う。国産を納めますと約束したところに、中国産を納めたところが問題なんだよ。中国産の良い・悪いではねえんだよ」

「なるほど。話の食い違いはそこだな」
多賀安さんはとつぜん穏やかな口調になりました。

会議室には若手社員も何人かいて2人の口論をはらはら見守っていましたが、多賀安さんはその若者たちに向って言いました。
「あんたら、悪いけどちょっと席を外してくれんか。葉竹のおっさんとサシで話したい。そのへんの武器もいらないから、持ってってくれ」

若者たちはぞろぞろと出ていきました。

全員が出ていってドアが閉まるのを確かめた後、多賀安さんは口を開きました。「なあ葉竹。オレもプロのはしくれだ。お前も分かるとおりこのところ国産野菜を集めるのがたいへんなのでな、中国産のいいのを持ってくるからそれでカンベンしてくれ、という話はちゃんと事前に伝えたはずなんだ」
「誰にだ」
「お前のところの社員にだよ。電話して、心配だからメールして、それでも心配だから FAX も送った。メールも FAX も証拠がある」
「どの社員に送ったんだ」
「陽に当たらなくて真っ白な顔をしてる長髪のやつだよ。貞子みたいなのがいたろう」
「あいつか…」
「心配だったからあらためて電話をかけてな、客先に説明するのも忘れんなよ、なんだったらオレが出向いて説明するよ、って念押しまでしたんだぜ」
「ちっ。しょうがねえなあ」

「そういうわけなんでな」多賀安さんは立ち上がりました。「お前に非はないが、お前んところの社員には非がある。オレに落ち度はない。だから、金は返すわけにはいかん」
「くそっ」
「大事なことは、再発防止だ」
「分かっとるわい、テメーに言われんでも」

ふたたびバトルか?

「へー、そうかい。せいぜい頑張りな。オレは帰る」
多賀安さんはそう言い残して、去って行きました。

バトル回避。

ひとり残された葉竹さん。
敗北感に打ちひしがれながら、彼はぽつりとつぶやきました。
「貞子め…」

ホンモノの貞子が聞いたら、怒って井戸を上ってくるだろうな…。

(以下次号)

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