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2007.08.29 08:28

アゴヒゲ その2

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松宮園生です。

前回のあらすじ)
食育好きの駄目ビジネスマンをターゲットに、
「食育バンザイ」という役に立たない本を2500円で
売りつける商売をしているアゴヒゲ。
あわよくばそのまま「押しかけコンサルタント」として
相手の事務所に居座ろうとする、困ったオジサンでした。
しかし松宮園生は「食育バンザイ」を買ってしまいます。
3000円出して500円のおつりを受けとるはずなのに、
アゴヒゲは小銭がないから次回持ってくるという。
アゴヒゲの来訪に怯える毎日が、始まったのでした。

◆◆◆

事務所で食事をしているところに、アゴヒゲが現れました。
「あーっ」
と、アゴヒゲは指さして言いました。
「あんた、こないだ言ってたアミダラ姫の漬物っていうのは、それか?」

「さみだらのはさご漬け」
僕はぶっきらぼう(←死語)に答えました。
「美味だけど、あんたに食わせるほどたくさんはないよ。それより、こないだのおつりの500円はまだなの」

食事はほとんど終わるところでした。
さみだらのはさご漬けはまだタッパーウェアにたくさん入っていましたが、僕はこれ見よがしにふたを閉め、冷蔵庫に入れてしまいました。
「つり銭500円、早く返してよ」

「ケチだな、あんた。客に漬物も出さんのか」アゴヒゲは言いました。「まあいい。アミダラ姫は好みのタイプじゃないんでな」
「何しに来たんだよ。500円、早く返してよ」
「まあまあ落ち着け。500円なんて、コイン1個だろ? それより、今日はいいものを持ってきてやったんだ」

アゴヒゲが鞄から取り出したのは、水の入ったペットボトルでした。
「ミネラルウォーターだ。けどそこんじょそこらのミネラルウォーターと一緒にするなよ。ほら、ラベルを見なよ。『真のミネラルウォーター』って書いてあるだろ? そうなんだ。これは真のミネラルウォーターなんだ」
「で?」
「鈍いなあ。あんたはこれをオレから仕入れるんだよ。1本50円で売ってやるから、あんたがこれをネットワークで100円で売れば、儲かるじゃないか」
「買えっていうの?」
「確かに世の中にはミネラルウォーターは何種類もあるよ。でもな、日本産に限っていうと、本物はこれだけなんだ」
「本物って、どういうこと?」
「よくぞ聞いてくれました」アゴヒゲは芝居がかった口調で言いました。「他のミネラルウォーターはな、ミネラルウォーターというのは名ばかり。実態は、浄水器でろ過したものばかりなんだよ。日本にはもう天然の水源というのがなくなっているんだよ。ただ1か所、富山県にあるだけでな、富山県の氷見市というところだ。この水はな、その富山県の氷見市の水源から取れた貴重な水なんだよ。…ちょっと待て」

いったん言葉を切り、アゴヒゲは資料の束を取り出しました。
「××大学の××教授がな、この水を分析してみたんだ。ほれ、ここだ。カシュー値というのが100を超えているだろ。カシュー値は滅多に50を超えないんだが、それが100もあるんだ。すごいだろ」
「カシュー値ってなに? その数字が大きいと、何がいいわけ?」
「えっ、あんたカシュー値を知らないのか?」
「知らないよ」
「いま話題になっているじゃないか。カシュー値が高いと、健康にいいんだよ。あきれたね。当然知ってるものだと思ってたから、説明資料を持ってこなかったよ」
「聞いたことないよ。ホントに話題になってるの?」

「あのな」
アゴヒゲは、怖い顔をして言いました。
「ビジネスで成功したかったら、もっと情報収集をしなきゃいかんよ、あんた。今どきカシュー値を知らないとはねえ。まあいい、カシュー値の分からんやつに、いくら説明しても無駄だからな」

アゴヒゲは、鞄から別のペットボトルを取り出しました。
「神話水」と書いてあります。

アゴヒゲが言いました。「これはな、別名、『天照大神ウォーター』と呼ばれている有名な水だ」
「誰が?」
「誰が、とは?」
「誰が、『天照大神ウォーター』って呼んでるわけ?」
「そりゃあんた、タレントとか、もう少しでノーベル賞候補と言われてる博士とかだよ。そうそう、思いだした、イチローが帰国したときに必ず行く有名な超高級お好み焼屋が四谷にあってな、そこの店長も飲んでるんだぞ」
「ふーん」
「感情表現の下手な人だね、あんた。もっと感心しなきゃ。天照大神が実在したという話は、知らんだろう?」
「知らない」
「実在したんだよ。島根県で本物の化石が見つかっている。化石を分析したら、紀元前8000年のものだと分かったんだ。その化石が発見されたところから、この水が取れる」
「そんな話、聞いたことないなあ」

アゴヒゲは僕の肩をポンと叩き、優しい目をしました。
「聞いたことがないのは無理もない。発見されたのは2002年のことだ。天照大神の全身の化石が見つかった。全身の化石だぞ。あまりにセンセーショナルなために、情報は公にされなかった。実物や写真は、国会図書館の地下12階の倉庫に納められている。国会図書館の地下12階というのはな、本来は日本の防衛機密が隠されるところなんだ。そこに納められたということが、どんなにスゴイかわかるだろ? 化石を発見したのは××大学の女子学生なんだが、国から情報の隠匿するように言われたのを拒否したために、殺されている。××市のストーカー殺人を覚えているか? あれの真犯人は、政府に雇われた殺し屋(←死語)だよ」
「ほんとかなあ」
アゴヒゲは僕の言葉を無視しました。「化石の発見されたところの地層がな、特殊な地層なんだ。調べてみたら、恐竜を全滅させたといわれる隕石の成分が大量に含まれていることが判明した。その地層を流れている水が、これだ」
「で?」
「で、とは?」
「その地層を流れている水の、どこがいいわけ?」
「よくぞ聞いてくれました」アゴヒゲは嬉しそうに言いました。「恐竜を全滅させたくらいの隕石だから、すごいパワーを持っていたのは明らかだ。そのパワーはな、本来は、恐竜を全滅させるのに使われたパワーの何倍もあったことが分かっている。ということはな、隕石のパワーはまだ全開していないんだ。余力があるんだ。使われずに秘められたパワーがまだ残っている。そのパワーを身につけたのが、天照大神だ。地層にもそのパワーが残っている。そのパワーを吸収した水が、これなんだよ。どうだい。仕入価格は1本48円にしといてやるよ。あんたはこれを100円で売るといい。何本ほしい? ちなみに1000本単位で注文を受けてる」
「ふーん」

「ふーんって、感動の薄い人だね松宮君。日本にこんなミネラルウォーター、これだけだよ」
「でもさっきあんた、本物のミネラルウォーターは富山県にしかないって、言ってなかったっけ?」

アゴヒゲは立ち上がりました。
「今日はこんなところで許してやろう。松宮君。あんたは独立したばかりだから少しアレだし、しょうがない部分もあるけど、もっと心の耳で人の話を聞くように心がけたほうがいいよ」

捨て台詞を残し、去っていきました。

「あっ、500円」
叫んだときには、アゴヒゲの姿はなくなっていました。

(以下次号)

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