チーフの松宮園生です。
浮気農家のジョン・ソイビーンはアイダホ州で
トウモロコシを作っています。
もとは大豆を作っていたのですが、このところ
バイオエタノールの需要がすごく、
食用でなくエネルギー用としてトウモロコシが
売れるので、ジョンも去年あたりから
トウモロコシを作り始めました。
それがけっこう儲けになったので、今年から
完全にトウモロコシ栽培に切り替えたの
でした。
しかし、本格的にやってみるとナカナカ
たいへんでした。
なによりトウモロコシ栽培は大量の水を
使うらしく、水を確保するのに設備やら
なにやら、いろいろお金がかかったそうです。
「バイオエタノールはエコっぽいエネルギー源だと思うでござろう、松宮殿?」と、ジョンはあるとき僕に言いました。「しかしでござる。この水の消費量をみたら、貴殿も考えなおすでござろう。ま、作っている拙者が申すセリフではござらんが」
さて、アイダホのこのあたりには牛も多く、なぜか放し飼いにされています。
規模の大きな有機酪農家が、なにか独自の理論、たとえば名づけて「放任無頓着農法」みたいなことでもやっているのかもしれません。
(そんな農法があるかどうかは知りませんが)
よく、散歩している牛と道ですれ違います。
行儀のよい牛ばかりらしく、畑作物を食べられたりすることは全然ないそうで。
で、村の人々はそれぞれの牛にアレキサンダーだのライディーンだのゴルゴーンだの、勇ましい名前や怖い名前を勝手につけて親しんでいました。
◆◆◆
ある旅行者がこの地域を通過している途中、クルマが動かなくなってしまいました。
なんとかしようとこの旅行者、悪戦苦闘しましたが、どこに原因があるのか分かりません。
そこへ、牛が通りかかりました。
牛はフンと鼻を鳴らし、「あらンお兄さん、いい男ね。さしでがましいようだけど…キャブレターをチェックしたほうがいいんじゃないかしら?」
旅行者はびっくり仰天(←死語)。
ひいい、と甲高く叫ぶと、クルマを置いて逃げ出しました。
しばらくすると、彼は道端でビールを飲んでいるジョン・ソイビーンに出会いました。
旅行者はどもりながら、いま起きた出来事をあたふたと説明しました。
するとジョンはニヤニヤしながら「嘘でござる。そんなはずはござらん」
「ほほほ、本当なんです! たしかに牛が、キャブレターをチェックしろと言ったんです」
「どの牛でござる? 今時分に散歩しておるのはチムールか、それともエカテリーナか」
「名前言われたって分かるわけないじゃないですか、僕はここの人間じゃないんだから」
「斑(ぶち)は黒だったでござるか、茶色だったでござるか?」
「そんなこと、覚えていませんよ」
「それはそうでござる。ちょっと待つでござる」
ジョンは携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけました。
「…チムールはそちらにいるでござるか? 左様か、かたじけない」
そういって彼は電話を切ると、旅行者に向き直って
「貴殿が出会ったのはエカテリーナでござる」
と言いました。
「だから何なんですか? エカテリーナでもなんでもいいです!」旅行者は両手を広げてわめきました。「いいですか。牛がですよ、キャブレターをチェックしろと僕に言ったんですよ」
「そんなはずはござらぬ。貴殿もしつこい御仁でござるな」
「本当ですったら!」
その真剣な眼差しを見て、ジョンは表情を変えました。「本当でござるか?」
「本当です」
「嘘だったら腹を切るか?」
「切ります」
「そこまで申すなら…」ジョンは腕組みをして言いました。「しかしでござる。エカテリーナは機械が苦手でござる。クルマのことはいつ勉強したのでござろうか?」