チーフの松宮園生です。
僕がテケテケ商事を退職して自分の事務所を構えたばかりのある日、
アゴヒゲにスーツ姿のオジサンが事務所にやってきました。
オジサンは言いました。
「あんた、独立したのに仕事がなくてヒーヒー言ってるそうじゃないか。情けないのお。じつはオレもそうなんだ。そこでどうだろう、情けない駄目ビジネスマンどうしで組まないか。一緒に傷をなめあおう」
「ししし失礼な」僕は憤激のあまりどもってしまいました。「ここここう見えても、ししし仕事が山積みなんだぞ。ああああまりに忙しくてでででデートもできないくらいなんだぞ」
「それはあんたに相手も金もないからでしょ」アゴヒゲは落ち着いて言いました。「さっきから電話だって鳴らないじゃないか」
「そそそれはだ、さささサイレントモードにしてるからなんだぞ」
すると、電話が鳴りました。
「あはは。何がサイレントモードだ」
「ななな何を。ででで電話が鳴らないと言って笑ったのはそそそそっちだ。電話が鳴ったからぼぼぼ僕の勝ちだぞ」
なにが勝ちなんだか。
しかし久しぶりに鳴った電話は母親からで、
「さみだらのはさご漬けがうまくできたからお前にも送る」
という平和な内容でした。
アゴヒゲがニヤニヤしながら言います。
「なんだあんた、ママに仕送りしてもらってるんかい」
「ちちち、ちがわい(←死語)」
「まあいいさ。いろんな親子がいるからな。でもあんた、母親のことをマミーと呼ぶのはやめといたほうがいいよ」
呼んでません。
アゴヒゲは憐れむような目をして言いました。
「オレはあんたを助けたいんだ。あんたはオレの若いころにそっくりなんでねえ」
「おおお、大きなお世話だい」
しかしアゴヒゲは聞こえないフリをして
「そうかそうか。喜んでくれてオレも嬉しいよ。ではお近づきの印だ」
そう言って、彼は本を一冊、取り出しました。
「食育バンザイ」
そんな題名の本でした。
表紙の写真のなかでは、たすきをかけたオバチャンたちが、たわわに実った田んぼのまわりに集まってバンザイをしています。
「定価3000円だが、著者割引で2500円にしてやる。よかったなあ、あんた」
「に、2500円?」
「あんたね。まともな人間で21世紀に生きてるんだったら、チザイにはちゃんと金を払うもんだぜ」
「ち、チザイ?」
「知的財産のことだよ。とにかく2500円だ。もうあんたに渡すつもりで、ほーら見ろ、サインもしてあるよ」
アゴヒゲが本のカバーをめくると、なんだか安っぽい字で
「松宮園生くんへ。アゴヒゲより」
と書いてありました。
僕から受けとった(奪いとった)3000円を財布にしまいながら、アゴヒゲは言いました。
「いまお釣りがなくてな。明日渡すから勘弁な」
「あ、明日?」
しかしアゴヒゲはまたもや聞こえないフリをして「それにしてもこの本、ぜんぜん売れなくてなあ。役に立たない内容らしいんだ」
役に立たないのに、それ、チザイなのか?
「でも金は返さんぞ」アゴヒゲは言いました。「その代わり、あんたとは仲良くしてやるよ。コンサルタント料金も格安にしておこう。月20万円でいいよ。よかったなあ、あんた」
「ひー」
「契約書も用意しておいたんだ。ほーら見ろ、サインもしておいた」
「ひー」(←ベタな叫び)
さすがに月20万円のコンサルタントは断りました。
不満そうに立ちあがりながら、アゴヒゲは言いました。「ふーんあんた、それでオレから逃げることができたと思うなよ。あんたのマミーの作った、アミダラ姫をはさんだ漬物とやらが届いたころに、また来るよ。じゃな」
だからマミーじゃない、っつーに。
アゴヒゲが去って呆然としていると、またドアが開きました。
アゴヒゲでした。
「ひとつ聞くのを忘れていたよ」アゴヒゲは言いました。「このへんにさ、カモっつーか、あんたみたいな食育好きの駄目ビジネスマン、ほかにいない?」
(以下次号)