チーフの松宮園生です。
今回は食育でもなんでもないんですが、書きたいので書くなり。
僕の印象では韓国は美人と酒豪の国です。
むかしむかし、韓国の群山(クンサン)というところにイムさんという男がいました。
群山は、首都ソウルから南南西にクルマで3時間ほど走ったところにある、港町です。
このイムさんは、ふだんはある会社の事務員ですが、
「依頼者からの依頼にもとづき、日本から出張してきた若造ビジネスマンを潰す」
という特殊な仕事も担当していました。
潰すといっても、お酒の話です。
昼といわず夜といわず、一緒に酒を飲み、相手が潰れたらイムさんの任務は終わりです。
相手が潰れたあと、イムさんは何事もなかったように事務員の仕事に戻ります。
なんの目的で「潰す」のかは、依頼者によってさまざまです。
単に面白いから、というのもあるようです。
ま、その目的が何であれ、イムさんには関係がありません。
イムさんは依頼された仕事を、ゴルゴ13のように淡々と冷徹にこなすわけです。
潰されまい、と頑張る「標的」もいましたが、結局はイムさんの前に敗れ去るのでした。
さて、とある事情で僕もそのイムさんと「対決」しなければならないことがありました。
イムさんの恐ろしさは知っていたにも関わらず、対決を避けることができなかったのです。
もう10年前のことです。
こちら(日本側)は「アベちゃん」と僕の2名で群山に向かいました。
「アベちゃん」が何者なのかは説明を省略します。
体格のよい男だったので「こりゃ助っ人になる」と思って同行を頼んだのですが、体のわりにトウガラシに弱く、韓国に到着した初日からずっとフラフラ状態です。
どっちかっつーと、お荷物になってしまいました。
そういう使えない人物ですので、もう説明しないことにします。
さて、イムさん(日本語わりと堪能)と我々は、イムさんが仕掛けた罠、じゃなかった、イムさんお勧めのレストランで食事を始めます。
ちなみにランチです。
テーブルの上には、豪華絢爛たる韓国料理がずらり。
僕の大好物である、料理名は忘れましたが、まだ動いているタコの吸盤に韓国海苔を散らして食べる料理もあります。
さらに、韓国焼酎の一種、「真露(JINRO)」のボトルが12本…。
(昼間っから12本ですよ)
アベちゃんが僕の耳元でささやきました。
幸運なことにイムさんはこう言いました。
「じつはさっきから歯が痛くてネ。今日はあまり飲めないかナ」
(やったー! 潰されずにすむかも)
アベちゃんも僕も表情が明るくなりました。
ところがです。歯が痛いはずのイムさんの飲みっぷりの凄いことといったら。
韓国には自分が飲んだ酒を相手に返すという「返杯」システムがあるため、飲めないからといって断ることができません。
その返杯が繰り返されるので、自分と相手はいつも同じ量、飲むことになるのです。
したがい、イムさんが「真露(JINRO)」のボトルを5本空けたとすると、われわれも5本空けた計算になります。
アベちゃんはランチ開始後30分で前後不覚となり、僕もそのうちわけが分からなくなってしまいました。
ハッと気がつくと、ソウルに戻る長距離バスのなかにいました。
イムさんが、乗せてくれたのでしょう。
脳髄の半分がまだ、「真露(JINRO)」に浸っているかのようです。
アベちゃんは、座席2人分に横たわっていびきをかいています。
何も考えられずに呆然としていると、窓の外の景色が変わりました。
それまで田園地域を走っていたのが、ビルが濫立する都会の景色に変わったのです。
交通渋滞も始まりました。
ソウル市内に入ったのでした。
「チョソン・ホテルです」
日本語の案内があり、僕はアベちゃんを揺り起こしてバスから降りようとしました。
時刻は夕方の6時。
「やれやれ、今日は夕食抜きで寝ようか」と僕。
「そうっすね」とすっかり枯れた声のアベちゃん。
ところがです。
後ろのほうに座っていた乗客が、つかつかとやってきて僕の肩をたたきました。
振り向くと、イムさんでした。
ああ、イムさん。
呆然とするアベちゃんと僕にむかい、イムさんはニカッと笑って言いました。
「昼間はいい仕事ができなくて悪かったネ。歯が痛いのもおさまったヨ。これから飲みに行こう。店は予約してあるヨ」