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チーフの松宮園生です。
(前回までのあらすじ)
日本人の常識が通用しない国キューバに、
マンゴーを求めて潜入した2人。
もがきつづける彼らに、果物会社から連絡が入った…。
◆◆◆
日本で買ったガイドブックはなかなか秀逸でした。
「この国の人は自分たちの国のことをほとんど知らない」
「誰に何を聞いたら何がわかるのか、がわからない」
ということはガイドブックにちゃんと書いてあったのです。
読んどいてよかったです。読まずに来てたら神経症になってたかも。
ハバナの繁華街を歩いていると、道行く人々がさかんに声をかけてきます。
「チノ!」「チノ!」
と叫ぶのです。
ガイドブックにはこのことも書いてありました。
それによると、
* 「チノ」とは中国人のこと。
* 彼らキューバ人は東洋人を全員チノだと思っている。
* チノを見ると声をかけずにいられない。意味なく「チノ!」と叫ぶ。
* 声をかけたからといって、とくに用があるわけではない。我々チノは手をふって挨拶すればよい。
だそうです。
◆◆◆
100回くらいチノチノチノチノ言われたころ、オニイサンと僕(と通訳の人)は目的の果物輸出会社にたどり着きました。
果物会社の社長は流暢な英語を話すアメリカ人でした。
アメリカはキューバと敵対しています。
そのため、キューバで社長をしているこの人物は、もう母国に帰れないそうです。入国が許されないらしいのです。
彼はそういう人生を選んだのでした。
挨拶もそこそこにその果物社長の口からでた言葉は、われわれの期待を裏切るものでした。
「キューバへようこそ。しかしマンゴーの輸出はたぶんもう無理だ。あきらめたほうがいい」
「それを言うためにおれたちを呼びつけたのか?」といきり立つオニイサン。「何とかならんのかよ。ここまで来るのにいくらかかったと思う?」
「おれだって困っている」果物社長は言いました。「あんたよりおれのほうが深刻だよ。死活問題だからな。何ヵ月もかけて八方手を尽くした。それでもダメだった」
「ふざけんじゃねえ」とオニイサンが叫ぼうとしたとき、絶妙のタイミングで社長秘書が飲み物を運んできました。その美貌に目を奪われたオニイサン。
そのすきに、果物社長は話題を変えてしまいました。
「これ、なんだと思う? 今日はこの話をしたかったんだ」
美人秘書が運んできたのは飲み物だと思ったのですが、よく見るとハチミツ入りのボトルでした。
「オーガニックのハチミツだよ。ウチの商品だ。なめてみるかい」
果物社長が合図をすると、美人秘書がスプーンを差し出しました。
2時間後。果物会社からの帰り道。
通行人がチノチノチノチノ、チノチノチノチノ言ってます。
オニイサンはすっかりハチミツが気に入り、あれから商談に入ってしまったのです。
そしてとうとう、帰り際にコンテナ1個分の注文を出してしまいました。
「いいんですか、カンタンに注文しちゃって」
「いいんだよ」オニイサンは上機嫌で答えました。「マンゴーはあきらめよう。でもあのコは美人だったから、あのハチミツはきっと儲かるぞ」
ハチミツが儲かるかどうかということと、秘書が美人かどうかということは、関係ないんじゃないかなあ。
僕は心のなかでそうつぶやきました。
結局、マンゴーの件はどうにもならないままでした。
輸出禁止を解除してもらうことは、できませんでした。
われわれの旅は、徒労に終わったのです。
まあでも、マンゴーの失敗を、ハチミツで取り返すことができるんだったら、オニイサンとしては、それはそれでいいのでしょう。
◆◆◆
マンゴーの旅はこれで終わりです。
その日、オニイサンの頭のなかはハチミツのことでいっぱいのようでした。
僕はといえば、果物会社からの帰り、ヘミングウェイが通ったと言われるバーに偶然通りかかり、通訳と一緒にマルガリータを飲みまくりました。
アルコールの回りが早く、明るいうちからデキアガッテしまいました。
そのあいだにも、何人もの通行人が店のなかをわざわざのぞきこみ、飲んでいるわれわれに向かってチノチノチノチノチノチノチノチノ、チノチノチノチノチノチノチノチノ言ってます。
詳しく書きませんでしたが、通訳の人はなかなかのナイスガイで、われわれのあいだには友情が芽生えていました。
バーカウンターで通訳がしみじみと言いました。
「あした帰国便ネ。さみしくなるネ。元気でネ」
「あんたも元気でね」
「キューバの感想はどう?」
「そうだね…。楽しいとこだけど、分かりにくいとこだな」
「分かりにくいネ? あんたがた同じ共産主義の国でも、分かりにくいのか?」
「は? 同じ共産主義…? それって中国のことだろ。オレは日本人だよ」
「えっ? あんたチノじゃなかったのか?」
通訳はこの瞬間まで、オニイサンと僕のことを中国人だと思っていたのでした。
(あんた、ずっと日本語の通訳してたやんけ…)
(ヘミングウェイ農業 終わり)