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松宮園生です。
(前回のあらすじ)
なんの前触れもなく突然マンゴーの輸出を禁止したキューバ。
その原因をさぐるために、果物会社のオニイサンと僕はカリブ海へと旅立った。
しかしオニイサンの動機はいまひとつ不純であった…。
◆◆◆
日本からキューバに行くルートは主に2つあります。
ひとつはカナダ経由。
もう1つはメキシコ経由。
アメリカ合衆国はキューバと仲が悪いため、飛行機は飛んでいないのです。
オニイサンと僕はまずメキシコに行き、そこでスペイン語の通訳を雇い、絶妙な味のマルガリータをがぶ飲みしました。
二日酔いで常夏のハバナ(キューバの首都)に入ったのは、その翌日です。
ところで、日本を出るまえにキューバの旅行ガイドを買ったのですが、そこには気になることが書いてありました…。
『この国(キューバ)では、誰に何を聞いたら、何が分かるのか、ということが分からない。観光客は必ず道に迷う。
なぜかというと、人々が自分の国について何も知らないからだ。
たとえば、道行く人を呼びとめ、
「×××を探しているんですが、どこにありますか?」
と聞いたとしよう。
まず間違いなく、誰も答えることができない。
答えたくないとか、答えることを禁じられているのではなく、本当に知らないのだ。
「誰に聞いたら分かりますか?」
この質問すら、答えられない。
ふつうだったら、「あそこに観光案内所があるから、そこで聞きなよ」くらいの答が返ってきそうなものだが、それもない。
観光案内所がどこにあるのか、誰も知らないのだ。
知らないだけならまだいい。
質問された通行人は、その場を乗り切るために、
「ああ、それならあっちにあるよ」
と適当にデタラメを言って、去ってゆくことが多い。
しかも、そのデタラメには悪気がないのだ』
…こんなことが書いてあるのです。
日本でいうと、奈良に到着したガイジン観光客から
「大仏はどこにありますか?」
と聞かれて、地元の人が誰も答えられないようなものです。
またはデタラメに、「それって京都にあるよ」と答えるようなものです。
一抹の不安を抱えたままキューバの首都ハバナに入ったわけですが、通訳がキューバ慣れしていたおかげで、観光地めぐりで道に迷うことはありませんでした。
ちなみに、通訳は日系の人で、磯野波平に少し似ていました。
照りつける太陽のもとで観光したのはこんなところです。
「キューバ危機のときに、核ミサイルを搭載する予定だった発射台」(地下にロシアの秘密基地があるとかないとか)
「アメリカ軍が攻めてきたときに迎え撃つ砲台」
「ヘミングウェイが通ったバー」
このブログは旅行記を書くブログではないので、観光の話はここまでにします。
問題はマンゴーです。
オニイサンと僕はまず、日本の大使館に行きました。
実際には、道行く女性ばかりながめているオニイサンを引きずるようにして、大使館に入ったわけです。
動機の不純なオニイサンでしたが、日本でうまく根回しをしたのでしょう、なんと大使と面会の約束をとりつけていました。
オニイサンと僕は、緊張しながら、あらためて大使にマンゴーの話をし、マンゴーを輸出禁止にした張本人は誰なのか、その人に会いたいと告げました。
すると大使は言いました。
「じつはその、わたしにもよく分からんのです。キューバというのは難しい国で、どの大臣がどんな業務を担当しているのかがよく分かりません。誰に何を聞いたら、何が分かるのか、ということが分からないのです」
「分からないのですか?」
「分からないのです。ほんとにこの国は妙な国です。わたしはここに赴任して2年になりますが、まだカストロに会ったことがありません。ほかの国ではありえないことです」
出発前に抱いた「一抹の不安」は、こんなところで的中しました。
誰に何を聞いたら、何が分かるのか、ということが分からない…。
「とりあえずわたしにできることは」と、大使はいいました。「軍の幹部を紹介することです。たまたま知っていますのでね。キューバの兵士は農家の出身がほとんどです。兵士たちの農地を管轄しているのが、この男です。この男ならなにか知っているかもしれません。いまからこの住所に行ってください。アポイントメント(面会の約束)は取ってあります」
大使に渡された住所をたよりに、オニイサンと僕はその軍隊のエライ人のところへと向かったのでした。
(次回 その3 に続く)
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